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書評03_『迷走する教員の働き方改革 変形労働時間制を考える』内田良・広田照幸・髙橋哲・嶋﨑量・斉藤ひでみ

    2019年12月4日に「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下,「給特法」と略記。)の一部改正法が成立しました。これにより2021年度から,自治体単位で公立学校において「1年単位の変形労働時間制」(以下,「変形労働時間制」と略記。)が導入可能になります。
    この制度改正は果たして教員の長時間労働の問題を解消するのでしょうか?本書は5名の著者それぞれの立場から教員の働き方改革の現状と課題を考察しています。


 本書は全5章からなっており,第1章では,教育社会学を専門とする内田良氏(名古屋大学大学院)が各種調査を基に,現状の教員の勤務実態を「見える化」しています。変形労働時間制は恒常的な時間外労働がないことを前提とした制度でありながら,2016年度の教員勤務実態調査によると,平日における平均労働時間は小学校で11時間15分,中学校で11時間32分と,時間外労働を余儀なくされている現状を指摘します。また,石川県,名古屋市等の月別残業時間のデータから,教員には閑散期とみなせる時期がないこと,さらに年休も十分に消化できていない現状を記述します。


 第2章では,同じく教育社会学者の広田照幸氏(日本大学)が教員の労働問題の主要因を歴史的に整理しています。教員も労働基準法の考え方でとらえるべき労働者であり,超過勤務についても労基法に従って超過手当を支給すべきであるとの見解が示されながらも,「教師は一般労働者とちがう」(自民党文教部会)とされ,労基法適用除外,教職特別手当で対応とされた過程を記述しています。ちなみに,教職調整額の4%加算の「4%」という数字は1966年度の勤務状況調査における小学校では1時間半,中学校で2時間半の超過勤務分から算出されており,現在も不変というのは驚きでした。
 こうした制度的問題に加え,個性重視の原則,学習指導要領の改訂,学校教育法改正など教員の業務量が増加してきた経緯も整理し,長時間労働が蔓延した状況を指摘します。


 第3章では,教育法学を専門とする髙橋哲氏(埼玉大学)がそもそも給特法の問題点がどこにあるか,労基法の一般ルールと比較して解説しています。労働法学における「労働時間」の概念を説明したのち,教員の校務への使用者の関与,指揮命令の関係,業務性の程度という観点から,超勤4項目以外の業務をめぐる文科省の解釈と運用の問題点を鋭く指摘します。


 第4章では,弁護士の嶋﨑量氏が変形労働時間制の制度とその問題点について論じています。はじめに,変形労働時間制は残業代を抑制させる制度に過ぎず,長時間労働を改善したり休日を増やしたりする制度ではないことを指摘します。よって,休日のまとめ取りという政府の導入目的に対して,さほど意義はなく,みせかけの残業時間を減らすだけの愚策と一蹴します。さらに,国立大学附属学校等の先行事例について調査研究を行うなど,長時間労働の解消に資するものか,その効果や弊害の検証がほとんどなされぬまま法改正に至った点も大きな問題であると主張しています。


 第5章では,現職高校教員の斉藤ひでみ(本名;西村祐二)氏が自身の活動を紹介しつつ,現場から改革の道筋を提案しています。変形労働時間制の撤回を求める署名活動に寄せられた現職教員や教員を志望する学生の声を紹介し,制度改正が政府の導入目的とは裏腹に,教職の魅力低下をもたらしていることを指摘します。では,給特法をどう見直すのか?斉藤氏は,自発性・創造性が期待される授業準備は教員の特殊性ととらえ教職調整額を支給する一方,それ以外は超過時間に応じた残業代を支払うという制度の両立を提案します。


 個々の教員の善意による青天井の残業に支えられた教育システムは見直し,教員の業務削減はもとより,給特法の枠組みを改め,超過労働への対価を適切に支払い,教職員定数を大幅に増加させることこそが教員の長時間労働を解消する道ではないでしょうか?
 さて,教員を養成し,現職教員の研修機能を担う教員養成大学には何が求められ,どのような課題解決のアプローチが可能なのでしょう??

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