地上波サッカー中継における実況解説のあり方

昔アベンジャーズ/エンドゲームを劇場に見に行ったことがある。家族に誘われて見に行ったのだが、冒頭から置いてけぼりをくらってしまった。なぜか人類が半分になっており、その元凶となった敵は隠遁生活を送っていたのだ。「いや、前作のインフィニティウォーを見ていたら理解できるだろ」そういう声がきこえてきそうだが、申し訳ない。私は前作を見ていなかったのだ。それどころかMCUシリーズについては何も知らなかった。個々の作品は勿論、アベンジャーズですら1作目を金曜ロードショーか何かで少し見かけた程度であった。ほとんど知らないキャラクターとストーリーを3時間眺めていたのだ。

しかしそれでもこの映画は面白かった。映像を見ているだけでもワクワクした。最終戦で味方が駆けつけるシーン、出てくるキャラクターはほとんどわからなかったが、キャプテン・アメリカのセリフは鳥肌がたった。3時間という長丁場をほとんど感じさせないほど退屈しなかった。

しかしMCUファンにはこう思う方がいるかもしれない。
「もったいない」と。
おそらく、というか確実に私は本作品の面白さを半分も味わっていないだろう。過去作や個々のヒーローの作品を見ていれば、もっと面白いと感じる場面が多かっただろう。実際本作品を見終わった後、その他の作品を見て、もう一度エンドゲームを見直そうと強く思ったのだ。

現在私はエンドゲーム以外のMCU作品を未だに1つも見ていない。理由は単純に作品の数が多くて気圧されたのと、周りにMCUファンの人が少なかったからである。
今も興味はあるのだが、MCU作品以外に見たいものがたくさんあり、エンドゲームを見た当時ほどの熱意が今はないのだ。
少し前にMCUファンの知り合いができ、この事を喋ると「一緒に見よう」と言ってくれたのだが、実際にそうはなっていない。勿論私の熱意の問題で。


ここまでダラダラとMCUの話をしてきたが、本題はここからである。

サッカーにも同じことが言えるのではないか。

最近よく、このままでは日本のサッカー人気は下がり続けていくのではないかと考えることがある。プレイする人ではなく見る人がである。

私はサッカーの試合を見るのが好きで、面白いと感じる。しかし多くの人はそう感じてないのではないか。正確にはサッカーの持つ面白さを一部しか味わってないのではないか。ゴール、華麗なドリブルで相手を抜く、キーパーのビックセーブ、勝敗、誰がミスした、そういったハイライトで流れるようなところにしか面白さを感じていないのではないか。嫌な言い方をすれば、「情報」にしか興味がないのではないか。しかしこういったものは究極的には試合を見ていなくても味わえるものである。例えば日本代表戦であれば、試合後にTwitterのタイムラインを少し覗けば、90分試合を見ていなくても、次の日に学校や職場で話をするのに支障はない程度に「情報」を得れるであろう。仮に誰かのミスで失点をしていた場合、試合を全く見ていなくてもバズってるツイートやトレンドを見ればそれにのっかりその選手を叩くこともできるであろう。

話が少し逸れたが、もちろん私がサッカーに興味を持ったのはそういったわかりやすい面白さからである。ハイライトで流れるようなシーンはサッカーのわかりやすい面白さであるが、一つの側面である。おそらく先ほど述べた「情報」にしか興味ない人たちというのは、サッカー自体の面白さを知らない、気付いていないだけなのだ。サッカーの試合は90分あり、ハイライトシーン以外でも面白いことが多く起こっている。得点にはなっていないが、プレスを躱し敵陣深くまでボールを運べたシーン。マイボールにはならなかったが、プレスがうまくハマって相手に苦し紛れのロングボールを蹴らせたシーン。ある一つのプレーをとっても、個人の技術、チームとしての狙い、そういったものが垣間見えることが多々ある。しかしそれらを理解するにはある程度の知識や考える力が必要になってくる。勘違いしないでほしいのだが、だからにわかファンはダメなのだということを言いたいのではない。要は楽しみ方の幅の問題である。せっかく90分という長い時間試合を見るのだから、見どころは多い方がいいだろう。

では、サッカーは玄人でないと楽しめないものなのか。戦術や理論を勉強してないとダメなのか。冒頭のアベンジャーズの話でいう、他の作品全てを見ないと面白さを味わいきれない、初心者お断り的なスポーツなのか。
確かに前提としての知識や考え方を持っている方が楽しめる要素は多い。サッカーに興味がない人たちが楽しめる部分はある程度限られる。しかしサッカーには実況解説というものがある。

私が先ほど、「サッカーを観る人」の人口が減っていくのではないかと述べた一つの要因はこの実況解説の部分である。

サッカーの試合(というか多くのスポーツ)には解説がつくことがほとんどである。なので、たとえ何も知らずに一人で試合を見ていたとしても解説の人が説明してくれる。あとで詳しい人に聞いたり、検索しなくても、今教えてくれるのだ。ここでは地上波で流れる日本代表戦のような試合を想定するが、テレビで試合を見ている、そこまでサッカーに興味がない人達にサッカーの面白さの幅を伝えられるのは実況解説の人たちなのだ。
にもかかわらず、地上波で解説する人の多くは、実質的に何もいってないような解説、状況をふんわり伝えるだけでそのプレーの原因や狙いを伝えていない、中継を盛り上げるだけのトークが目立つ。(断っておくが、これは特定の個人を指しているわけでない)
端的に言えば、「サッカー」に甘えているのではないかということだ。

例えば、センターライン付近でボールが奪われたとする。
「よくない失い方ですね」「こういったところでのミスは気をつけたいですね」
見たらわかる。
そうではなく、なぜミスしたのか。ボールを受ける位置が悪かったのか。体の向きが良くなかったのか。周りのコーチングが足りなかったのか。プレスがかわせなかったのはなぜか。選手の配置やビルドアップのしかたに問題はないのか。どうすれば防げたのか。

例えば、日本がボールを支配して攻め込んでいるが得点を奪えてないとする。
「いい流れなので今のうちに点をとっておきたいですね」
なぜいい流れなのか。なぜボールを保持できているのか。敵陣まで入れているのになぜ点が入っていないのか。

極端なことを言えば、ゴールシーンやスーパープレーのシーンなんかは黙ってたっていいのである。なぜならそれはサッカーについて何もわからなくても、既に面白い場面だからだ。もちろんそこには個人の技術やチームとしての狙いがあった上で起こっていることなので、深掘りできるならしてほしい。しかしそういったシーンが毎試合多く起きるわけではない。
特別なことが起きていない場面こそ実況解説が必要なのだ。そういった場面の面白さを伝えられるのは、実況解説の人しかいないのである。小難しい戦術論や技術論はどうせ理解されないから言わないのかもしれない。とりあえず90分雰囲気を壊さない様に盛り上げればいればいいのかもしれない。しかし理解されないから説明しないのは怠慢ではないのか。サッカーの面白さを余すところなく伝えたいとは思わないのだろうか。
しっかり伝えた上で理解されない、特に面白いと思ってもらえないのは仕方ない。楽しみ方は人それぞれなのだから。

だからこそ実況解説の人にはしっかりとしたサッカーの知識や考え方を持っている人にやってもらいたい。勘違いしてほしくないのだが、戦術的な話をしろ、悪いプレーは指摘しろ、ミスした選手や監督を責めろと言っているのではない。試合で何が起きているのかは毎分毎秒変わるものである。それをしっかりと言語化し、視聴者に面白さを伝えてほしいのである。

サッカーのチーム作りにおいて選手が素材で、戦術は調理法と言われることがある。同じように試合は素材で、実況解説は調理法なのである。今は日本代表戦という素材だけでも見てもらえているかもしれないが、将来的にはしっかり調理しないと見てもらえない時が来るのだ。それは、素材としてサッカーが面白くなくなるということではなく、そのほかのスポーツの人気があがってきて、相対的にサッカーを見ることにさかれる時間が少なくなるということである。そしてせっかくなら素材を生かした調理法をしてほしい。「みんなで盛り上がる」といった味付けはサッカーでなくても味わえるはずだ。

コンテンツ過多の時代、より短い時間で多くの快楽を得ることを求めている。コスパ良く楽しめる、良くも悪くもみんなで盛り上がれるものばかりがシェアされていく。そういった時代に合わせて適応していくことは大事だと思う。しかし同時に、いかに90分間の試合を楽しんでもらえるのかを考えることも重要だ。
先ほど実況解説が大事だと述べたが、欲を言えばサッカー中継という番組作りから考えて欲しい。人気テレビタレントを起用してみんなで盛り上がることがダメということではない。そういった目的であっても試合を見てもらえるのはいいことである。大事なのはそこで見てくれている人たちにどうやってサッカーが面白いことを伝えられるかである。

「〇〇が楽しそうにしてたからよかったけど、試合はゴールや盛り上がるシーンがなくてつまらなかった」

そう言われてもいいのか。
試合が悪かったのか。選手のプレーが良くなかったのか。監督の采配が良くなかったのか。知識のない受け手が悪いのだろうか。違う。面白さを届けられなかった伝え手に問題があるのだ。起こるかどうかわからないゴールやスーパープレーに期待するのではなく、90分間飽きないような工夫をすることがサッカーを見る人を増やしていくことに繋がるのではないか。それが試合前のプレビューや試合後のレビューになればとてもいいのだが、地上波の番組の尺では難しいのかもしれない。だからこそ実況解説である。90分は試合を見てくれているのだから、そこでできるだけ多くのものを届けてほしいのである。

今や検索すれば、TwitterやYouTubeに詳しい試合解説やファンコミュニティは山ほどある。しかしそこに辿り着くのはすでにサッカーに興味を持った人である。リーチすべきはなんとなくテレビで代表戦を見ている人である。先述したように、内容を知るには別に試合自体を見る必要はない。というか90分、ハーフタイムも含めると約2時間近く拘束される事を考えると、ハイライト動画やタイムライン、ネットニュースでいいとなるのはわからなくもない。おそらく試合を90分見ている人もサッカーが面白いから、見たいから見ているわけではなくて、みんなと一緒に盛り上がりたいから見ているという人が多いのだろう。これは別に嫌味とかではない。そういった楽しみ方も当然ある。しかしサッカーをコミュニケーションの手段として消費するだけではもったいない。

もちろん日本代表のサッカー自体が面白いのかどうか問題はある。がそれは一旦置いておく。それは見ている側や中継をする側がどうこうできる問題ではないからだ。魅力的で面白い試合が行われることと、サッカーの面白さを伝えられるかどうかは別問題だ。たとえ試合自体が退屈だったしても、90分しっかり見てもらえるような仕掛けが必要なのだ。そしてそれはサッカーの外側(みんなで一緒に盛り上がる)を楽しむ形ではなく、サッカー自体を面白いと思ってもらえるようなものであってほしい。


好きなものを語るときに早口で饒舌になる人がいる。所謂オタクである。
ネガティブな意味で使われることが多いが、人を惹きつける上で重要なのは、内容が面白いか、知らない情報か、話し方が上手いか、ではなく、いかにその人が熱意を持って必死に話しているかどうかだと思う。


今地上波サッカーの実況解説に必要なのは、
”みんなを盛り上げてくれる陽キャ”ではなく"早口なオタク"だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?