当事者と歴史家・研究者たちの協力活動が現実政治を動かし、最後のタブーを打ち破る―『ヒトラーの脱走兵 裏切りか抵抗か、ドイツ最後のタブー』(對馬達雄・中公新書)

第二次世界大戦のドイツ軍の脱走兵は他国に比して圧倒的に多く30万人。しかもナチス軍司法は3万人以上に死刑判決を下している。
本書は、ナチスの軍法や軍法会議、そこに関わった司法官と戦後の復権、脱走兵として裁かれた兵士や庶民、その苦しい戦後、さらには復権を目指す運動、その人々に協力した研究者や政治家、一方で脱走兵の復権に抵抗した政治家や司法関係者などの考えと行動、そして「改正ナチス不当判決破棄法」を成立までの動きを丁寧に辿っている。

特に印象に残るのは、本書の中心となる脱走兵だったルートヴィヒ・バウマンの生涯(著者は、その活動記録のスクラップを直接提供されている)。そして彼の復権運動を助けた、ナチスの軍司法を正当化する当時の司法界に挑む歴史家で法律家でもあるマンフレート・メッサーシュミットと戦時下の弟の死に疑問を抱き、経営者を引退したのちにその調査に乗り出したフリッツ・ヴュルナーの二人だ。
なかでもヴュルナーは、歴史家でも法律家でもなく、しかも69歳近くになってから関係文書資料の発掘と調査活動を始め、メッサーシュミットと共著を出しただけではなく、さらには単著も刊行し、それまでの学会で認められていたナチスの軍司法の正当性を覆した。
さらに、国家軍法会議で裁判官も務めたヴェルナー・リュベン中将の娘イルマガルト・ジナーの復権運動への参加には驚かされた。日本ではなかなか見られないケースだ。

本書にも登場するフリッツ・バウアーの評伝『フリッツ・バウアー』(ローネン・シュタインケ著)で指摘されていたが、西ドイツの戦後司法は、かならずしも過去の清算に積極的ではなかった。本書は、その部分がさらに具体的に示されている。また、脱走兵たちの復権にかかわる「改正ナチス不当判決破棄法」成立過程でもその成立の邪魔をしようとする議員の存在や法案を巡る泥仕合にも触れられている。そういった意味では、「あとがき」にあるようにドイツの過去の清算が「表層のレベルにとどまってきたこと」は事実だろう。
しかし、その「表層」を打ち破り、深い部分に到達しようとした当事者や市民、さらには政治家や学者の働きがあり、「政治の世界」で本当の「清算」について語られるようになったことも事実だ。では、著者は日本の状況についてどう考えているのだろうか。それは「あとがき」に書かれている。

凄い本だし、素晴らしい本である。


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