「世界一キライなあなたに」あらすじ兼感想


「言っとくけど、また奇声を発したりしたら、貴方を歴代の元カノたちに預けて私は帰る」
後にも先にもそんなことを言ってのけるのはルーしかいなかっただろうな、と、映画を観終わって思った。

脊髄損傷に伴う四肢麻痺を患ったウィルの元に表れたのは介護のかの字も知らないような、若くて、ウィルの趣味とはかけ離れたハツラツとした女の子。だからこそ拒絶するようにわざとふざけて困らせたり、訪れる度に嫌味なことを言い続けていじめたり。その甲斐? あってか十日で音を上げるルーとそれじゃあ困る、と止める妹のカトリーナ。カトリーナがもう一度大学に通うためにはお金が必要で、ルーの稼ぎがなければ家計はどうにも回らなかった。父親も失業中だし。
それに観念して働き続けるルーがいつものようにウィルの家に行くと、ウィルの母親であるカミーラが友人が来ると伝える。それはかつて事故にあう前のウィルと付き合っていた彼女と、当時の親友。その二人がなんと現在は付き合っていて、近々結婚するという報告だった。冷静になってみても本当に二人の神経が信じられない。碌に顔も見せず、ウィルと向き合うことを諦めていたくせに、いざ自分たちが幸せになる時は一丁前に報告に来る。やっぱりその神経が信じられない。頭おかしいんじゃないの?
作中でアリシア(元カノ)が「事故の後、ルパートは私をずっと支えてくれたの」って言った時には本気でぶん殴りたかった。じゃあ、ウィルに支えが必要な時テメーはどこで何してたんだ? 現実問題、自分が不安定な時に人に寄り添えないのはわかる。けど、百歩譲ってそうだったことをウィルに伝えるのはダメでしょう。それを聞いてウィルが手放しで納得して結婚を祝うとでも思ったんか?
帰り際にアリシアが「何か月も通ったけどウィルはずっと私を避けてた。助けてほしいと思わない人を助けられない」って言ってたけど、何か月そこらで諦めんじゃねぇよ。やる気や根気は人それぞれだけど、アリシアの許容量ではウィルの変わり果てた姿(敢えて悪く言うと)に耐えられなかったんだろうな。知らんけど。
それで案の定、部屋で一人、二人が帰宅してから電動車椅子で机にわざとぶつかって複数の写真建てを衝撃でなぎ倒すウィル。慌てて部屋に飛び入ってきて、片づけるまで動かないでくれますか、タイヤがパンクしたら困ると思うので。と、フォトフレームの破片を片付けるルー。のちにフォトフレームを新しく作り直してるルーの元にやってきて、相変わらず嫌味を吐き捨てるウィル。けど、苛立ちがたまっていたのはウィルだけじゃなくて、ルーがとうとうキレる。
「嫌味ばかり言わないで。貴方の友達は言われてもしょうがないけど、私は頑張って仕事してるだけなの。貴方はみんなにも酷い態度を取っているけど、私をいじめるのはやめてくれません?」
「仕事をやめろと言ったらどうする」
「ボスは貴方じゃない。お母様に雇われてる。彼女に辞めろと言われない限り居座りますからね。貴方が心配だからでも、一緒にいて楽しいからでもない。私はお金が必要なの。……切羽詰まってる」
「……写真はしまってくれ」
ってことで、ここで初めてウィルがルーに心を開いたんだよなぁ。
いつだってルーの言葉には嘘がなくて、そこには上っ面の優しさも、遠慮も何もかもがなかった。だから初めてネイサン以外で信用してみようと思ったのかもしれない、最期に。
自分のテリトリーに初めて招待してみて(相変わらず嫌味は言うけど)、打てが響くような素直な反応が嬉しい。賢くて、お金持ちで、顔が良くて、今までもウィルには近づいてこなかったような性格のルーが面白い。感情的で、子どもみたいにはしゃぐルーがきっと可愛かった。
「私を笑ったら椅子から突き落とすわよ」
「君を笑ったんじゃない」
なんて悪戯っ子のように笑うルーはこれまでウィルの人生に登場しなかった。これでやっと’’ルイーズ・クラーク’’そのものに興味を持つきっかけになったんだな。
ジェノベーゼを緑色のパスタ、なんて言う子は以前のウィルじゃ相手にもしなかっただろうし、ルーだって金銭に困ってなきゃこの仕事の求人を受けることもなかった。会うべくして二人は会った。

ウィルと出会ってルーは字幕で観る映画も好きになった。へんてこで派手な服装は変わらないけど、そうしてウィルも、ルーも、少しづつ相手の性格が混じりあって来る。絵の具が直に混ざってマーブル模様になるような、綺麗な反応。
熱が出てベッドで横になるウィルに楽しい話をせがまれて、幼少期のルーの話をする。モラホンキーソング、ウィルには聞き馴染みのない歌でルーが歌うのを聞く。それからキラキラの長靴が好きでずっと履いてたこと、黒と黄色のしましまのタイツが大好きだったこと、でも大人になってどっちも履けなくなったこと。穏やかで優しい時間。でも、そんな時間があればこそ、悲しみはより大きくなって跳ね返ってくる。

ルーは両親の会話をうっかり立ち聞いてウィルが半年を期限に安楽死を願っていたことを知る。ネイサンは、最初から知ってたのだろうか。
混乱する頭のままカトリーナに会って自分の気持ちを打ち明ける。自殺しないように見張っているなんて耐えられない、もう辞める。でも、それなら楽しいことをたくさんして生きる楽しさをウィルに感じてもらおうよって。
それで納得したルーは手始めにネイサンと一緒にウィルを競馬に連れていく(なんで?)。結果、競馬に行って駐車場で泥水でうまく着地できなかったことも、レストランに入れなかったこともあったけどルーは諦めない。次はオーケストラに誘う。真っ赤なドレスに立派なタキシード。椅子に座る姿はどこにでもいる、普通の男女カップル。
そんな中、座席についてウィルが襟元がチクチクすると顔をしかめる。聞いて覗き込むと、ついたままのタグを見つける。手元にハサミがない、でも取りに行くのはめんどくさい。何より戻ったとして車にハサミがあるかすら二人は知らない。すぐに思考の方向を変えてタグを歯で噛み切るルー。ここがルーだよなぁ。好きだ。後ろに座る紳士、淑女の方々がその姿を見てざわついてても、全く気にも留めず「ズボンについてなくて良かった」って笑うユーモアたっぷりなルーが好きだ。それはきっと視聴者よりも、身近で見ている人のほうが、ずっと。

後日、頼まれてルーの家族と、パトリックに会うことになるウィル。パトリックがウィルに会いたがっていると。そりゃそうだ。彼女が遅くまで介護の仕事で男性についていると知ったらどんな相手か見たくなるよな。人前でご飯を食べることを嫌がるだろうと思って一度は家族たちに断りを入れていたけど、ルーが望むなら、と誕生日会に行くことを決める。
実家で食事をする際、ルーが慣れた手つきでウィルにスプーンで食事を運ぶ様子をまじまじと眺めるパトリック。そりゃそうだ。笑
食事も終わりケーキが運ばれて、家族から、パトリックから、ルーへ誕生日プレゼントが渡される。ちなみに家族からはお手製のアルバム、パトリックからはめちゃくちゃダサくてセンスのない’パトリック’と書いてるペンダント。最後にウィル。口頭で指示された場所には手紙と、水色の箱。蓋をあけると、中には黄色と黒のしましまのタイツ。直前に渡された二つのプレゼントよりも黄色い声をあげて、飛び跳ねて喜ぶルー。過去に話した思い出を覚えていたのは、もうこの時点でウィルはルーが好きだったんだろうな。ってととで、ここでちょっとパトリックとウィルがマウント取りあってんの最高。

場面変わって、今までで一番の絶景を語るウィルにルーは行こうと切り出すけど、ウィルが好きだったのは四肢が自由に動けてた頃の話で、今の自分が行っても、それは違うと。理想と現実のギャップに苦しんだまま、やっぱりウィルは心の中で絶望を飼ってる。
そんな中、アリシアとルパートの結婚式の招待状が届く(クソ)。相変わらず神経がクソ。
でも、多分二人は思い切り責められたいし、許してほしいんだろうな。身勝手で自分勝手で、とても人間らしい。
ここのダンスシーンでアリシアのおばあちゃんが出てくるんだけど、それが最高にかっこよくて大好き。新郎をクズだと言ってのけて、ウィルを大事にするよう伝えてくれるの。四回結婚した私からのアドバイスよ、だって。最高にク―――ルじゃない? 大好き。
周りが驚いて引くと知ってダンスしようって持ちかけるルーはどこまでもユニークで可愛い。ここの連中に話題を提供してやりましょう、なんて言える女の子惚れるしかない。友達になりたい。
こうして楽しさを共有することでルーは必至に生きる理由になろうとしてるし、ウィルはよりルーを好きになっていって、ただ、それに比例して絶望も大きく育っている。勿論、それをルーに見せようとはしないけど。
結婚式の帰り、ルーと一泊して帰宅すると実は肺炎を起こしていたウィル。病院でなんとか一命をとりとめるも、刻一刻と半年という期限は迫っている。
ウィルにはルーが必要で、ルーにもきっとウィルが必要で、そしてパトリックの自分本位な部分がだんだん合わなくなってきてたのかもしれない。ここでルーとパトリックは別れる。

ウィル、ルー、ネイサンの三人で旅行に行って、ウィルとルーは二人寄り添いあって眠る。やっと時間をかけて二人が結ばれる瞬間。それに五か月がかかった。
浜辺で薄っすら聞こえる音楽にのって変なダンスをしてみせるルーを愛しげに見つめるウィル。その表情から察するにウィルの決意はもう変わらないんだなと知って泣く。
常にルーのことをクラークと、二人きりの時はふざける時くらいしか呼んでなかったウィルが逃げ出すルーを呼び止める時に、初めて大声で「ルイーザ!」と呼び止めるのが切ない。ウィルが生きようとすればするほど過去の自分と現実の自分のギャップに苦しくなって、やりたいことも、してやりたいこともできない。最愛の人を抱きしめることもできない。その苦しさと、治ることない病気の痛みからももう解放されたかった。ルーはいつでも心から嘘偽りなくぶつかっていた。だからここまでウィルの気持ちを引き出すことはできたけど、結局最後までウィルの選択を変えることまではできなかった。
帰りの飛行機で眠るウィルのブランケットをかけ直すシーンがまた切ない。どれだけルーの気持ちが変わらなくても、これから目の前の好きな人が死にに行くと知ってても、拒絶も出来ないし、それでもやっぱり、大事で大切で仕方ない。ルーにはウィルが必要だった。
帰国して気持ちを変えられなかったことを申し訳なく、悲しく思うルーが帰宅することを止めないウィルはルーの幸せしか願っていない。帰宅してカトリーナに「どうだった?」と聞かれて堰を切ったように泣き出すルーは偉い。あの場で、カミーラの前で泣きださなかったことがすごく偉い。最初に悲しむ権利をカミーラに譲ったのかな、ってのは考えすぎかもしれない。けど、おかげでカミーラがちゃんと真っ先に悲しむことができた。
帰宅して彼を変えられなかったことを嘆くルーに父親が「一度決めたことを人に言われて変えるような男じゃないだろう」という。それは三人で旅行に行ってウィルから勧められても二の足を踏んでたルーにウィルが言った言葉と一緒だった。二人は全く似てないけど、頑固なところはよく似てた。
変わらない相手にできることは愛することだと告げる父親に背中を押されて、スイスに立ったウィルたちを追いかけていく。最期に一緒にいてほしい、と、ウィルの最後の頼みを聞きにいくことを決めた。ルーを車で送るカトリーナがまた良い。「行かなきゃ。お姉ちゃんは正しいよ。生まれ変わったんでしょ」言う通り、ウィルと出会ってルーは確かに変わってた。それはいい変化で、自分じゃ気づけないうちにどんどん変えられていた。それは最終決定は変えられなかったとして、ウィルも気づかないうちに変えられていったと思う。

すぐにみんながいるスイスに向かって、辿り着いたのは真っ白な一軒家。それはまさに最期を迎える人間に相応しいような清潔さで整えられていて、少し恐ろしさもあった。
憐憫に満ちた目で部屋の奥へ案内する担当者が苦しい。そっと部屋に入るも、同時に入口にある置物を崩してしまい「ルイーザ・クラークが来るといつも賑やかになるな」と笑うウィル。
貴方を拉致しに来たの、と笑うルーとそれに合わせてウィルが軽口を叩きあうのが愛しくて切ない。こんなにもお互い愛し合って気持ちがあるのに、なんで結ばれないのか。幸せに家庭を作って欲しかった。ウィルには最後まで、本当に寿命でダメになるまで生きてほしかった。好きだからこそ生きていてほしい。好きだからこそ死んでしまいたい。どちらの気持ちも理解できるからこそ涙が止まらなかった。生きてほしい、耐えられない、生と死が混ざり合った感情の中には大きな愛があった。苦しみを抱えていない健康な人間だからこそ私もルーも、生きる側の人間のエゴとして生きて欲しかった。
嫌味で皮肉屋でムカつくけど、でも思いやりと愛情があって優しい。ウィルの言葉を聞くと泣いてしまうと思ったルーが楽しい話をして、と促す。それを受けてウィルは小さく歌いだす。それは過去にルーが教えてくれたモラホンキーソング。怖い夢を見た時は父親がいつも歌ってくれたと言っていた歌。ルーが安心するように、楽しくなれるように。
そばにいて、と呟くウィルに、お望みならばずっと、と返すルー。

それからウィルは尊厳死を選びこの世を去った。
ルーの元に残されたのはウィルからの遺言書とルーが新たなスタートを切れるだけの金銭の入った銀行口座。遺言書ではパリに行ってデザイナーを目指せという。

大胆に生きろ。自分を駆り立てろ。立ち止まるな。みつばちタイツを堂々と履け。君は僕の心に刻まれているよ。温かい笑顔もあのへんてこな服も、へたくそなジョークも思ったことを全部顔に出してしまうところも。悲しんでほしくない。しっかり生きろ。とにかく生きろ。僕はいつでも君のそばにいる。愛をこめて、ウィルより。

最期はウィルの声でこの映画は幕を閉じる。パリの街を歩くルーに重なるようにエンドロールが始まる。
このウィルからのメッセージはルーだけじゃなく、今を生きている人間であればみんなに刺さる内容だと思う。
大胆に生きろ、自分を駆り立てろ、立ち止まるな、しっかり生きろ、とにかく生きろ。人生は一度きり、死んだら終わり。でも、生きていてもできることは人によって限られてしまう。五体満足で、ある程度の蓄えがあって、絶えない努力ができれば、思うがままに生きることができる。その手助けをしてウィルはこの世を去った。その手助けができたこともウィルはきっと誇らしく思っていった。
人は二度死ぬと言う。一度目は肉体的な死、二度目は人の記憶から消えた時の存在そのものの死。

ウィルは一度死んだ。二度目は、きっとない。

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