見出し画像

今日

とある日、子どもを保育園に送る途中、自転車に乗りながら「おぉ、美し」と感じた花のついた木があった。
深緑の左官壁の建物に覆われていたことで、その木の美しさが際立っていた。

今日、別の場所で同じ木を発見して、近寄ってiPhoneで撮影し、種類を画像検索した。

「百日紅(サルスベリ)」であった。

20時過ぎ、母からLINEがきて、奥さんに事情を伝えて、バタバタと外に出て自転車にまたがった。

おじいちゃんの意識が途絶えそうだという連絡であった。

おじいちゃんは余命宣告を受けている。

自転車に乗りながら、あの頃食べた定食を思い出した。
おじいちゃんとおばあちゃんは昔、定食屋を営んでいた。
ぼくが高校生だったかそのぐらいに体力的な都合で店を閉めた。
本当に美味しかった。
ぼくは生姜焼き定食をよく食べて、お姉ちゃんはとんかつ、お母さんはスタミナラーメンだったっけな。
熱湯をカウンターの足元のところにかけて、害虫駆除してた記憶も蘇る。
行くとたまにオロナミンCをくれた。

家にもよく泊まらせてもらった。
外階段でカンカンカンと鉄製の階段を上がって、2階から入る。
2階に生活空間が広がり、1階は倉庫と取って付けたような風呂が奥にある。
だから風呂に入るには2階から一度外に出る必要がある。
とにかく風呂に入るのが怖かった。
明かりも乏しく、ドキドキしながら風呂に入った。
でも濡れた髪で外に出て階段をあがるのは、風呂屋に行った気分がして、気持ちよかった。

おじいちゃんおばあちゃんと一緒にいた記憶はとにかく楽しくて、おはじきに近い光を放っているように感じる。
おはじきでもよく遊んでたな。
好きだった家は取り壊されてしまって、今はマンションが建つ。
写真がない。
でも結構な頻度で行っていたから、家の間取りや作りは記憶にまぁまぁはっきり残っている。


今の家に到着した。
自転車を置き、インターホンを押したら母と叔母もいた。
力強く呼吸をするおじいちゃんのそばに行き、手を握って顔をみた。
母曰く、お空にすぐ旅立つ訳じゃないけど、意識がある状態は今だけかもしれないと言った。
何度か水を飲みたいと手で訴えて、おばあちゃん、母、叔母がコップに入れた水をスプーンですくってあげていた。
それを後ろで座って見ていた。


今日は美しいと思った木が、百日紅だったというのがわかった日である。
それだけじゃない。
よく見返せば今日は色々あった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?