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死は救済だが、生は何だろうか

【会社は老人ホームじゃねえんだよ】
新社長の上品でいて、少し張った声が響く。
「第1号議案に賛成の人は、ご起立ください」
彼は、悲壮な表情を浮かべながら、その実の母親を眺めていた。
僕は、取締役会の様子をオブザーバーとしてteamsで眺めていた。

会社はモディファイされなければならないとは、彼の言だが、しかし、彼の父親は社会はモディファイされ続けなければならないと生前言っていた。
つまり、僕は、僕の実の祖父とその愛人の息子、どちらもがモディファイにこだわるところを眺めていたのだ。
大手町の新聞社のドンが「生き残ることのできる聡明なエリートはモディファイの波を作ることをいとわない」と言っていたことを思い出す。

僕は、きっと彼らのような他人から見て、きつくて傲慢な鼻持ちならない人間たちの領域へのイニシエーションを済ませてしまったのかもしれない。
誰も起立しない同族だらけの取締役会を眺めながら、一人、未来を憂えた。


【聖域なき構造改革】
ライオンの親は、その愛情ゆえ、自立させるために我が子を突きおとすなどという。
荒れ狂う獅子は、その親を取締役の地位から突き落とした。
無担保融資で幾億もひっぱりながら、そして、新株予約権付社債を乱発した彼の奮迅を誰も止めるものがいなかった。
支配株主となった彼は、実の母親を解任したのだ。
母親は、それを絶叫しながら受け入れた。

それは例えば、崖から追い落とされる重罪人を思わせたかと思えば、しかし一方では、楢山節考の母親の姿を思わせもした。
彼は傲慢でありながらも、孝行息子のように、涙声で親戚たちをたちまちすべて解任してしまったのだ。

会社を存続させるには、こうするしかないんです。
銀行さんはみなさんの過大報酬にしびれを切らしそうです。と。

「あなたは人でなしよ!誰が大学までやったと思ってるの!変わってしまったわ。まったく!」

「口減らしをしたいなあ……。食べる口も話す口も……」
僕は、株主総会でもイヤホンの音量を最小にすることを強いられた。


【続:会社はキャバクラでもねえんだよ】
臨時株主総会で取締役に重用されたその人は、彼の元奥様。
そして、彼の家の使用人。
僕は、どちらともに面識があり、そしてどちらともに優しくされた。
彼は、代表取締役を退任し、平の取締役になった。
三人寄れば文殊の知恵、三本の矢だと嘯く彼はしかし、雨の日に一人で下校するさみしい小学生の姿を思わせた。

僕は彼にシルバニアファミリーのうさぎを買ってもらった小学2年生の自分を思い出していた。
「引っ越したばかりで友達ができない」
悩みを吐露した僕に、彼は何も答えなかった。自販機で買った水色のアイスクリームを僕に手渡した。それだけだった。
デパートのおもちゃ売り場でアラサーだった彼に何か欲しいかと言われた僕は、プラスチックパックにくるまれたうさぎを一体所望した。
彼は、シルバニアファミリーのうさぎ一体、ちゃお、そしてりぼん、なかよしを僕に買い与えた。
そして、僕に作文を書くんだよ、どんなお話でもいいからなとおどけていた。
馬鹿正直に作文を書いて、彼に渡した僕は、赤字の修正まみれの原稿用紙を返された。そしでっかい花丸を枠外につけてもらったのだ。
「まんがはきらいです。だけど、このまんがはすきでした。だれもなぐりあいをしていないからです。ぼくは、てきだからってなぐるひとは、やばんだとおもいます」
親や先生よりも僕のことを褒めてくれる彼に、僕は憧憬を寄せた。
それは、しかし、退屈な学校に通っていた生徒が進学塾ではじめて褒められて、机に向かうことを生き甲斐にしてしまうことに似ていたのかもしれない。

彼は人を褒めることは得意でも、人に怒ったり、人をねたんだりするタイプの人間ではなかった。

その証拠に彼が身近な人の悪口を言うのを聞いたことはなかった。
彼は、華原朋美やヒステリックブルーのかかったアルファロメオの中で、橋本龍太郎が嫌いだという話、それをのどかな海岸沿いの道で日が落ちるまでしていた。
彼は、その当時の彼女の話とカルト教団の話、そして、いかめしい政治家の話だけを順番に繰り広げるのだった。
まるでそれ以外の人を知らないかのように……。
僕は、帰りの車中で欲しいと言ったうさぎ以外にも漫画雑誌を買ってくれたのかを聞きたかった。
しかし、その思いはゆるやかに差し込む日差しの中で手に持ったコーラの中に沈み込んだ。
それを聞いたら、もう二度と買ってもらえない気がしたのだ。
そして、僕は、何もなくても幸せな気分になれるこんな日々が続いてくれればいいのに。と。それだけを願った。

んんん?
おかしいぞ、代表取締役がいない??
つまり、かの会社は共同代表制で運営されるということ。
それは、きっと同族企業よりも苛烈な争いが、つまり資本をめぐるリバイアサン的なそれが繰り広げられることを示唆していた。
傍から見れば、うるさい親族を排除して、好きな女を二人起用しているように見えるがしかし。

僕には、わかった。ここではきっと水商売のバックステージのように、熾烈な争いが繰り広げられる。
支配株主は、ついに好きな女の心を暴力的な手法で支配しようとしたのだろうか。
僕は、その恋の更年期障害のようなやり口が、つまり、フラれてしまったからと自棄になるそのやり口が不安になった。
彼の代で、一族郎党、路頭に迷う。それを彼は望んでいるのではないか。と。
彼の母が言うように、彼は変わってしまったのかもしれない。と。

いや、違う。昔から彼はこうだった。
気に入った人を守るためには、それ以外の人を排除していた。
話題にもしなかった。
そして、少し変な人のふりをして、わざと人と距離をとっていた。
人に好かれるのは難しいが、人に嫌われるのはカンタンで。
つまり、好きな人の周りの人以外にはわざと嫌われておくことで、面倒な人付き合いを全部はじいてきたのだ。彼は彼の意志で。
彼は、彼の好きな人以外と話すくらいなら、本を読むといっていたのだ。
幼い僕に向かって。


【ショッピングモール、それは資本主義の極北】
「強めの薄荷やミント、それに激辛料理やジェットコースター、それがなくても君は生きていけると思うかい?」
ぜーはー言うおじさんに、僕は電話で問いかけられた。

「そりゃ、アルコールだって、カフェインだってほしいですし、フレーバーティは好きな方ですし、薄味すぎる人生はお断りですよ。色彩のない人生もお断わりですよ」
「リミッターを外せば、周りの景色がキラキラするな」
「家のシャワーヘッドに頭うち付けてません?ストレスがたまると、視界が、ぱちぱちきらきらすることありますよ?」
彼は『王様ドッジボール』なるものを使用人の女の子をかき集めてやっていたらしい。
「けがをしたとき、女の子にもってきてもらったポカリを飲むことほど楽しいことはないな」

彼は、人生に飽きていた。その時間を埋める方法を探していた。
自分の使用人をチームわけし、30分おきに、全速力の速球を身に受ける。
女の子がキャーキャー言いながら、入れ替わりたち替わり自分を痛めつけようとしたり、守ろうとしたりするのが快感だという。
(いや、そんな楽しいゲーム、なんで学校で教えてくれなかったの)

そう、刺激があるものが好きな人は、人生の瞬間風速を求めがちだ。

「なんすか、その体育会ごっこみたいなの」
「やったことないだろう?僕はこのまま息を引き取ってもいい。独身だからな」
「そんなんじゃ、出棺どころか、病院で塩まかれますよ。お母様にwww」
「あの人はなあ、ほんまもんの塩まくからなあ。それに比べてうちの元嫁は塩といったら、岩塩かトリュフ塩しか買ってこなかったんだわw」
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「そんなにウケるか?」
「めちゃくちゃ想像つくww料理しない人、塩買わないのかもですね?」
「すんって顔してたから、僕がおかしいのかなと思ったよ。ほな、今からくるくる寿司いって、フードコートのたこ焼きも買ってこなきゃいけないから」
「めちゃくちゃしすぎwwおじさんが食べるもんじゃないですよw」
「いや、うちのパーカー軍団に食べさせるからww」
「てか、もしかして、ショッピングモールのわきとかでドッジボールしてるんすか?」
「そうだが?」
「うわ、ヤンキーより性質悪いww」
「もともと、僕の土地だからな。文句言ってきたら、来年から貸さないw」
「地主のじじいだwww」
「不幸なやつに心無い言葉をかけたやつは、片っ端から牢屋にいれたるからな」
「とばっちりですやん。気持ちわかりますけど。痛いほどwww」


【神の啓示?100日後も変わらない嫁】

「あの野郎だけは許さないと思ったけどな。人の姿をしたケモノめ。結局大丈夫だったわ。駆除するまでもない」
離婚を突き付けられたというおじさんは、変わらず電話をかけてきた。
僕は彼が何を話しているか、わからなかった。あまりに彼は要領を得ない話し方をしていた。
それは、例えば、しおりを挟み忘れた小説を手探りで読み始める時間に似ていた。

「別に好きな人がいるの!あなたより!って言われて、最後のデートをしたけど、結局再婚しなかったよ。うちの嫁は」
「いや、離婚から100日経ってないと奥さん法的な再婚できませんやん。いつ離婚して……る?」
「季節が巡る前には、届けを出してる。僕は認めなかったけどね。彼女の言うことを禁止することができるわけはないさ。神様は一家に一人。それでいい」
「完璧に宗教染みてきた」
「結婚式はどこでやる?教会でやるか神社でやるか寺でやるかは知らんが、張りぼての教会で結婚式はできんやろ」
「いや、ホテルでしますやろ」
「それは、披露宴やろ。なんで、君は結婚式のことは知らんのに、離婚に詳しかったんや」
「知らんわwまあよかったですやんww」
「これの怖いところは、心変わりした理由がわからんとこやな」
「神様の思いを人間が汲もうとしているんですか?無理でしょうw」


【結婚が人生の墓場だというのなら、それは本当は幸せなのかもしれない】

お手製の下手な手紙で親への感謝を述べて、自分で号泣するような女は嫌いだがしかし、来場者への感謝と思い出話を披露する新郎を優しいまなざしで眺める女は好き。
人はみな、家父長制の呪いをかけられている。

女の家に居候するなで肩でマッシュヘアーのバンドマンは嫌いだがしかし、だめになった自分をよしよししてくれる女はすき。
人はみな、封建主義の呪いをかけられている。

「お前は葬儀委員長。嫁は喪主。嫁でなくなっても嫁は喪主」
彼は、主語と述語の間に矛盾を創出させるという手法によって、発話の意味を拡散させ、その愛の広さを僕に披露した。

「人生の3大イベントはなんだ?生まれて愛して、そして死ぬんだ」
僕は、彼の刹那的な性格を思った。
「生まれた時よりも、好きな人を見つけた時よりも、死ぬ間際に幸せになれるか。人生は長いぞ」
「ま、人生の幸せの頂点を若い時分に経験したっきり、それからは惰性というパターンは多いでしょうけどww」
(離婚突き付けられて、崖から身をなげる羽目にならなくて本当に良かったね。多分、きっと、おそらく、絶対。女神さまが返ってこなければ、彼は身を投げていただろうと思う)

僕は、彼から委員長の大役を仰せつかった。
献花台や床にばらまく大量のバラの手配、そして供花と花輪をどの順番に並べるかを整理する役割。
そして、何より、葬儀場でどの位置の椅子に誰を座らせるか、ビデオレターはどの順番で流し、弔辞はどの順番でどの位置から読んでもらうか、そういったことを決めることになった。

結婚は人生の墓場だという。
それは、ある意味真理なのだろう。
しかし、離婚率が年々上がり続けている現代、最初に見つけたパートナーと添い遂げるような、昭和、むしろ明治的な価値観はいまや沈みかけの夕陽くらいの存在感を保つだけだ。
僕は、彼の葬儀の準備について彼と話しながら、これはしかし、結婚式の準備に似ているのかもしれないと思った。
大切な人たちをどうもてなすか。その意味で、葬式は人生の集大成なのだろう。

家族制度や国家制度といったある種の特権的ないし権威的なシステムを嫌う人ほど、なぜだが、宗教的セレモニーを盛大にする。
共産主義国家の式典や指導者の葬式があまりにも盛大なのは、しかし、嫌ったシステムへの憧憬を含意しているのかもしれない。
結婚式と葬式だけは宗教から離れられないのは、そのどちらもが愛情と友愛いずれもに紐づくものだからなのだろう。

目には見えない。誰も触ったことのない愛と友情を信じることは、神を信じることに卑近している。
しかし、全くもって神などという論理的に導出不可能なものを信じないような頑固な態度を示すものほど、しかし、その頑固さを癒し、なでてくれる神の存在を心待ちにしているのだ。
心の奥底で。
僕は感慨にふけった。

「ええか、だいちくん。僕にもわからんかったんやけどな。人は正しいだけのものや美しいだけのもの、優れているだけのものを好きになるわけではないみたいなんや。人は魅力的で素敵なものを好きになるみたいなんや」
「奥様のこと言うてます?」
「そうや。そして、だいちくんは、きっとなぜだか、この言葉を呪縛のように思い出すことになると思う。なんであいつこんなことするんやと思った時が正念場やで。まあ、すぎたかもしれんけどw」
「まあ、うちの嫁は嘘もつかないし、可愛いし、きれいだし、人を惑わせるようなことはきっとたぶんあんまりしないはずですのでw」
「無邪気な女は嘘はつかない。だけど、隠し立てをすることがある。聞かないとわからないことがある。そしてなにより聞いてもわからないことがある」
「しんどw」
「葬式とお別れの会は2回ずつやってくれ。何、結婚式じゃないんだ。社葬にすれば、全額損金なんだ。ところでさ、元の嫁と再婚する場合、結婚式を開かないのって一般的だと思うか?」

やれやれ。僕はデスクチェアにもたれかかって、頭をかいた。
「僕じゃなくて、女神さまに聞いてくださいよそれは」
おどけながら、僕は自分の人生の行く先を案じた。

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