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切り絵展レビュー「日本の切り絵7人のミューズ」展 現代の切り絵の地図を考えてみる。

はじめに。

 本稿は、2021年9月に大丸ミュージアム京都で開催された「日本の切り絵7人のミューズ」展のレビューである。先に明言しておきたいのだが、これは感想文ではない。

 批評的側面を含みうることを読み進めていくのであればご理解願いたい。決して何かを蔑む意図はない。本展の出展作家7名に、そして開催に際して尽力された方々に、切り絵を制作する人間のひとりとして最大限の敬意を表したい。また、切り絵の世界を盛り上げてくださっていることそのものに感謝の思いである。そのうえで、1ファンを越えて、切り絵を探究していきたい人間として私は真剣に向き合ってキーボードを叩いている。

 残念ながら、会場は撮影禁止であった。図録?出展作品集?が出ていたので、お持ちの方はぜひそれで。一応、各作家の文末にHPへのリンク貼ってます。


レビュー「切り絵の地図を考えてみる」

 『「切り絵」は中国で誕生し、それぞれの国や自然、歴史の中で熟成され、独自の文化として成長しました。』という一文から始まる「ごあいさつ」から展示は始まっていた。

 文末に「主催者」と書かれてあるが、明確に誰が主催者でどのような人物がこの「ごあいさつ」を書いたのかは判然としないまま話を進めていくことになる。企画協力として、富士川・切り絵の森美術館が参画しているが、実際にはこちらが作家選定や構成をしていることが推察される。

 中国で誕生し、という記述は剪画あるいは剪紙と呼ばれる縁起物として作られた中国の伝統的な切り紙を指している。切り絵の中国起源論を裏付けるものとしては、素材に使われ続けていた紙が、文明化の早かった中国で古くから流通していたことが挙げられるだろう。


 この展覧会は2020年に北九州市立美術館の分館で開催された、日本の切り絵5人のミューズ展(出展作家は蒼山日菜、酒井敦美、筑紫ゆうな、柳沢京子、松原真紀)の第2弾と言ってよいだろう。株式会社TNCプロジェクトという組織が企画しているらしく、展覧会プロデューサーの柿本一幸なる人物が「最先端現代の切り絵アート-7人のミューズ」という紹介文を寄せている。
(TNCプロジェクトはテレビ西日本系列の人材派遣・企画会社のようだ。柿本氏を検索してみても何もヒットしなかったので、どういう人物かがこれもまた分からない。)柿本もまた、紙の起源としてパピルスや中国の古紙を例示したのち、インド発祥ののち、切り絵が1500年の歴史を中国で蓄えたことを示している。そして、そこから飛躍して2009年に中国剪紙が世界無形文化財に登録されたと書かれてある。
 私が、注目したのはその次の段落に、現代日本の女性作家を招致して展覧するものだ、という本展への接続がなされていたことだ。いや、接続がなされていなかったことと言ったほうがよいのかもしれない。
すなわち、現代日本の切り絵を語らんとするとき、そもそも「切り絵の歴史」そのものが欠落しているのである。(欠如ですらない。)


 百貨店のミュージアムホールでの展覧会は、美術館展覧会とギャラリー展示の中間くらいである、と私は認識している。このような場で行われる展示会は基本的に商業ベースの、美術館展示で言うならばブロックバスター展と呼ばれる、マスコミ主導型の展示である。したがって、何らかの理論や歴史性を持った上で開催されているわけでないことを明記しておきたい。したがって現代美術におけるような狭義のキュレーションは発生していない。
(注: 古賀太「美術展の不都合な真実」、新潮社、2020年 に詳しい。)

 ではなぜ今回このようなレビューを書いているのか。それは切り絵というまだまだ狭いジャンルにとっては規模の大きい展覧会であること、並びに出展作家について論じることに意義があると考えるからである。微力ながら、切り絵の過去を歴史化、つまり誰もに共有可能な知として、文字というメディアに変換していこう、という私の欲望でもある。これは一作家としても、そして切り絵を追究する者として。

 それでは順に展示を見ていこう。
展示は作家ごとに作品がまとまっている構成だ。

 まず、柳沢京子から展示は始まる。柳沢は長野出身で、1944年生まれと7名の出展作家のなかで最年長だ。柳沢の切り絵の特徴は切り線の大胆さにある。画面が非常に木版画のような雰囲気を湛えているのだ。もっと具体的に言えば、切り線が非常に単純なのである。例えば波線や絡まるような線の形をした切り口が登場しない。そこにビビッドな色遣いで温かさがもたらされている。それもそのはず、柳沢は版画の代替として切り絵を始めたと述べている。展覧会レビューなので詳しくは立ち入らないが、現代の切り絵作家の文脈を考える上で、版画に一つの起源や共通性を求めることができるのだ。

(柳沢京子ウェブサイト)

 筑紫ゆうなの作品は、切り絵と貼り絵とコラージュとシャドーボックスを足して割ったような作品だ。一貫して擬人化された動物が描かれており、縦長もしくは横長の構図になっている。紙に描いたものを切り、組み合わせながら貼り合わせて作られている。制作方法から見ても、通常語られるいわゆる「切り絵」とは少し違う立ち位置にあることは明白だろう。切り絵の森美術館による企画に度々取り上げられており、同美術館による評価を受けていると言えるのかもしれない。

 SouMaの作品は白い和紙(たしか石州判紙である。)を用い、紙を切るだけでなく立体化させるほか、層状の紙をはがすことや、一部を燃やすことで焦がされた断面を作品に持ち込むなど、多彩な技法によって作られる。10年代後半に全国の百貨店で個展が開催された今現在の時点での人気作家の一人だ。非常に装飾的・デザイン的な作風である。活動初期から、アクセサリーや王冠といった身体装飾品がモチーフとして選ばれており、本展出展作品では≪四季~トランプ≫(2017)が作品内にイヤリング用の金物が埋め込まれている。構造上、使用することはできないが、過去作からの水流を感じさせられるだろう。一方で、近年、具体的に言えば、(私の考えるところでは)2018年頃より作品の傾向に抽象的な要素が増えだしているように思われる。また、特に最近、2020,21年は≪ダイヤモンドⅠ≫(2021)やペットボトルの作品など、単一モチーフのリアリティー描写の追求に傾倒していると言えるだろう。

(SouMaのウェブサイト)

 切り剣Masayoは、一枚の白い紙を切り抜くのみで、かつそれを黒い背景の上に配するという極めてソリッドな表現スタイルを追求している作家だ。モチーフの多くは動物であるが、陰影の描写がパターンによる疎密で表現されている点が独特と言えよう。2018年の個展を最後に、作家名表記を「福田理代」から「切り剣Masayo」に変えて個展を開催している。(※企画展やグループ展出展での表記までは情報を追えていないが、個展では明確な切り替わりがある。)ちなみに、作品に切り文字で添えられているサインは「Masayo」の表記である。「切り剣」というのは、福田のSNSでのハンドルネームだ。2018年に代表作≪海蛸子≫(2018)を発表した。それは3.2万(2021年10月現在)ものフォロワー数を持つTwitterで大きな反響、つまりバズを引き起こした。現代の日本における切り絵の地図を考えてみることにおいて、テレビ・SNSのメディアの発達/遷移を考慮に入れなければならないことはお分かりいただけたかと思う。

(切り剣Masayoのウェブサイト)

 福井利佐はグラフィックデザイン出身の作家であり、印刷物のヴィジュアルや装丁画、アートワーク制作といったフィールドで2000年代初期から活躍している作家である。ペンで描いた線をそのまま切り出す手法を主に用いており、人物の顔をモチーフとした作品群で知られている。本展では≪S博士≫(2012)が展示されていた。陰影の濃い、重々しい描写は切り絵とは思えないほどの重厚感を与えている。先ほど、何気なくデザイン出身という言葉を記述したが、各切り絵作家個人の切り絵に至る源流が非常に多様で、そして定まりの少ないという点を強調したい。このことはある意味、切り絵が非常に後発的に発展している/発展途上の表現手法であることを如実に示している。分かりやすく言えば、彫刻家は彫刻学科出身者が多いですよね、といったオーソドックスに語りえる図式が存在しない。柳沢の部分で版画に触れたが、デザインにも一定数の作家の源流を求めることができるだろう。

(福井利佐のウェブサイト)

 蒼山日菜は現代の日本の切り絵、またその流行を語る上で欠かせない作家と言ってよいだろう。2010年以降の日本の切り絵シーンを作り上げた人物のうちの一人だ。蒼山の切り絵はフランス・スイスの伝統的な切り絵にルーツを持つ。フランス在住時に制作された≪Voltaire≫(2009)が注目を浴びて以降、メディアや書籍出版などの活動により、一気に知名度を上昇させ、10年代の切り絵ブームを導いた。芸能事務所であるオスカープロモーションとマネージメントの提携をしている点が、その特異さを裏付けているだろう。「レース切り絵」という独自の造語を掲げ、裏面が白い、折り紙のような黒紙(現在は専用紙を使用している。)をハサミを使って切り進めて作品を制作している。本展では上述の代表作に加えて、東京2020オリンピックスポンサー公式アーティストとして、オリンピックをテーマとした2020年以降の近作が多く並んでいた。

(蒼山日菜ウェブサイト)

 松原真紀は切り絵の創作開始が2008年とこの展覧会のなかでは比較的後発の作家である。作品制作において、福岡県の伝統工芸品である八女手漉き和紙のみに拘っていることが特徴だ。独特の活動スタイルを持つ。アトリエくろくも舎の存在だ。2010年より、福岡県内にアトリエ兼ギャラリーを構え、明確な活動拠点を持ちながら活動をしている点が切り絵作家としては類例が少ないと言えるだろう。このくろくも舎は八女市にある城下町の古民家再利用のひとつの契機になるなど、活動そのものが非常に地域社会に根付いたフォークなものだと言える。切り絵は紙という素材を常に選び続けてきた。そして、日本の和紙文化は世界的に見ても非常に質の高い紙を伝え続けてきているが、単に作品の内容だけでなく、素材性への評価もなされてしかるべきだろう。それはアートの範疇にとどまらず、途絶えかけている伝統文化の支え手としての「作家」という存在を考える上で。

(松原真紀のウェブサイト)


 切り絵の2010年代は蒼山の図案集出版やメディア露出が切り絵が拡散していく一つの大きな契機になったことは間違いない。特に、0年代後半~10年代はテレビの時代であり、まだ国内でのSNSは黎明期であったと言ってもよいだろう。SNSの時代、すなわち10年代後半以降では、SouMaや福田がその役割を担っていた人物の一人といってだろう。本展の企画が美術サイドではないことも無視できない。20年代が始まって2年が過ぎようとしているが、今後の流れを注視するばかりである。


お願い

本レビューに関するご意見やご感想がありましたら、SNSのDMまたは下記のリンクよりお寄せください。お時間を頂戴することもあるかと思いますが、原則すべて返信させていただきます。

本レビューは再編集したのち、論考集「切り絵について」に所収する予定です。「切り絵について」は切り絵にたいしてあらゆる視点で初めて文章の形にして纏める試みです。残念ながら、まだ誰もやってくれていないので、今挑戦してみています。資料収集のための資金と執筆のための時間が不足していて、まだ正確な印刷日時(自費出版みたいなことします。)が決まっていませんが、ゆっくりじっくり着実に進めています。今既に、ひとまず2~3万時ほど書きあがっているところです。手助けするぜ!という方は、ぜひ下のサポートのところよりご支援くだされば幸いです。どうぞ応援のほどよろしくお願いいたします…!!!

執筆・松村大地

切り絵作家として2016年頃より活動。現在は、切り絵を中心に様々な表現形態で作品を制作している。また、関西を中心に展示会企画なども行う。大学では建築・キュレーション・美術史など横断的に学ぶ。現在、京都工芸繊維大学デザイン・建築学課程に在籍。Webメディア・全国美術館常設展評「これぽーと」に執筆者として参加。最も更新頻度が高いSNSはTwitter

主な展示会にArtStream2017(大丸心斎橋)、個展「完全か不完全か」(ギャラリーカフェCoen、2018)、新世代の革命展(主催者として。東京展:DFG原宿、兵庫展:Coen、大阪展:ギャラリーびー玉、2018)、現代の傑刀(富士川切り絵の森美術館、2018)、三篇の紙集(主催/企画として。GalleryMIRAIE、2020)、切り絵博覧会(GalleryRegalia、2020/2021)、共鳴の時(主催/企画として。茶吉庵ギャラリー、2020)、下町芸術祭2021(神戸新長田)。今後の主な展示予定は第4回切り絵博覧会(大阪市、2022)、学園前アートフェスタ(選考展入選、奈良市、2022)など。


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