政治を語る時に求められるものは何か?

最も難しい学問は何か? と聞かれた時に、それは『政治学』であると答える人がいる。 

それはなぜかと言えば・・ 

物理や化学と違って、実験や検証が出来ないからだ。 

例えば、なんでも安倍政権のせいにするアベノセイダーズと言われている人たちがいる。 

その人たちが言っていることが正しいということも・・間違っているということも・・
おそらく完璧に証明することはどちらも不可能であろう。 

例えば、安倍政権で良くなった部分があったとしても、それは安倍政権じゃなければもっと良くなっていたという言い方が出来る。しかしその反面、安倍政権で明らかに悪くなった部分があったとしても、安倍政権じゃなかったらもっと酷い状況になっていたという言い方も出来るわけである。 

私たちはタイムスリップが出来ないのだ。だから、第二次安倍政権発足前に戻って、あの時・・ 

石破総理が誕生したパターン・・
町村総理が誕生したパターン・・
石原総理が誕生したパターン・・
林総理が誕生したパターン・・
もしくは、民主党政権が続いたパターン・・

など様々なパターンを比較検討するということが出来ないのだ。だから、どんなにデータを集めたとしても憶測の域を出ないのである。 

だから、化学や物理を長年研究している人間に対して、「お前、化学ってのはな‼️」なんて、なんの勉強もしてない人間が上から目線で語るなんてことは出来ないだろう。その意見が正しいかどうか立証されてしまうからだ。しかし、政治学に限って言えば、政治学を何年も勉強してきた人間に対して、それらの努力を全くしてない人間が「お前、政治ってのはな‼️」と上から目線で語れるのである。そして、その意見が間違っているとも言い切れないのである。 

だから、やたら政治に関しては政治関係者に対して上から目線で語りたがる人がいるのである。

政治というものを語るには2つのことが重要なのだ。 

1、例えそれを完璧に証明出来なくても、自分の意見は間違っていないという信念。

2、相手が誰であれ、他者の意見も決して間違っている訳ではないという謙虚な気持ち

この二つのうちどちらか一つが欠けたとしても、私は政治を語るべきではないと思う。 

1が欠けてる者は、最初から意見なんて語らないだろうが、2が欠けている者はただ自分のエゴを押し付けているだけの傲慢な人間に過ぎない。そして、傲慢な人間が社会を良く出来るわけがないだろう? 

当然、私も含めてだけど、政治を語るときは一回それらを念頭に置くべきだろうと思う。

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