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トップの器までしか組織は大きくなれない

Yahoo!ニュースに下記の記事が出ていました。

石原派(近未来政治研究会)はスッカリ存在感を無くしてしまいましたね・・

元々、近未来政治研究会は山崎拓さんを中心に旧渡辺派から離党したメンバーが作った派閥(山崎派)でありました。

加藤の乱の時に山崎派は加藤さんの側につきました。加藤派が切り崩されて造反者が出たのにも関わらず、山崎派は一人の造反者も出さなかったのです。

加藤の乱は失敗に終わりましたが、その後に山崎さんの盟友の一人である小泉純一郎さんが総理大臣に就任した時に山崎さんは幹事長に就任します。

一説には自民党の重鎮が小泉純一郎さんに『山崎派は結束力が強いから、あそこを味方につけて政権の核としないと小泉政権はすぐに潰れるぞ』と進言したと言います。

しかし、その後に山崎拓さんは愛人スキャンダルを起こして失脚し自民党の総裁候補になることはありませんでした。

そして、総裁候補を無くした山崎派と無所属だが総裁選に出たい石原伸晃さんの思いが一致して、石原さんを招きます。

しかし‼️

石原さんは2008年・2012年と自民党総裁選に出馬しますが、どちらも落選してしまいます。特に2012年は派閥の重鎮である甘利明さんが造反して安倍晋三さんの選対本部長に就任するなど、一枚岩だった山崎派は崩壊してしまうのです。

その後に山崎拓さんから石原伸晃さんに会長が代わり石原派になります。

それからは石原さんが『最後は金目でしょ』など、失言を連発し続けて、総裁候補にすら名前が挙がらない存在になっていきます。結局はどんどん離脱していき、発足当時は37人いた近未来政治研究会は現在10人まで減って最小派閥になってしまったのです。

一連の流れを見ると、近未来政治研究会は明らかに石原伸晃さんを総裁候補として招き入れたのが失敗だったのではないでしょうか?

生え抜きの甘利さんあたりを山崎さんの次の総裁候補として派閥の領袖にしていれば、まだ結束力の固いまま存在感を残せたのではないですかね?

昔ある人が言ってました・・
『組織というのはトップの器以上には広がらない』

石原さんの器というのは10人の組織が関の山なんですよ。自民党総裁選に出るために必要な推薦人の数は20人ですから、石原伸晃さんは自民党総裁の器ではないということです。

石原伸晃さんはこれ以上政治家を続けても老害になるだけではないですかね?キッパリと引退してしまった方が、自民党のためにも日本国のためにもなるのではないですかね?

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