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月と太陽/バトル姉妹百合まとめ

 ───ようこそ。
 こちらはフォロワーさんの参加企画として「募集した武器を題材にした近親バトル百合を描く」という企画。
 そのうちの姉妹百合……姉と妹の絆と、戦いの記録を紡いだ10の短編集です。
 共に生まれ、共に育ち、共に死路を行く少女たちの絆をひと時お楽しみください。


【世に永遠に生くる者なし】
武器:パイルバンカー

「知ってる?双子ってね、この世で一番不幸な関係なんだよ。生まれてくる時は一緒なのに、いつか絶対離れ離れになるんだもの」
 あれを口にしたのは誰だったか。姉さんだったか、それとも私か。
 その言葉を否定する為に、私は生き続けているのかもしれない。

 朔姉さんは何時も巫女装束だけど、神道の資格や免許は一切持ってない。
 で、私も修道女の格好をしているけど、誓願も立ててないし洗礼も受けていない。
 2人揃って罰当たり。けれど、これは私たちなりのフザけた現状への反抗でもある。

「私は咲が可愛いから着せてるだけだけどね」
「朔姉さん、台無しです」

 ボッという鈍い音と共に“天使”の頭に骨芯が突き刺さる。念のために少し持ち上げ、ゆさゆさと揺らして脳幹を完全に破壊しておいた。
 私の右手、修道服を毎回破りながら肘から突き出し、発射される骨の杭打機。姉さんが引き絞り、私が照準を合わせ、2人で穿つ。この世界で生きていくための武器だ。
 数年前、1つの都市を丸々飲み込んだ“穴”から這い出て来た“天使”たちは、天から遣わされたような見た目をしておきながら肉食で、しかも“武器”が一切効かないという理不尽な特性を持っていた。
 銃も爆弾もすり抜け、野生動物や家畜には一切興味を示さず(そして動物の方も“天使”に干渉せず)人間だけを殺して食らう、純白の羽を持った人型害鳥ども。
 幸いにも格闘攻撃などは有効だったので、人類はかなりの被害を受けながらもなんとか生存域を確保し、反撃へと打って出る段階になっていた。
 しかし、格闘技は修練までに時間がかかる。異常な再生能力を誇る“天使”どもを一瞬で破壊できるようになるには、それこそ長い鍛錬が必要だ。教導の出来る達人を前線で使い潰す訳にもいかず、悩んだ末に生まれたのが───私たちのような、姉妹や兄弟を使った“共感兵”と呼ばれる“時間稼ぎ”だった。
 双子を代表に、血の繋がった兄弟姉妹には奇妙な共感現象が起こることがある。片方が怪我をした時にもう片方も痛みを感じたり、ある種のテレパシーめいたことを起こしたり。
 多分に眉唾を含んだそれを人工的に再現し、投薬や催眠、マインドセットなどを行うことで“片方の肉体を片方が限度を超えて制御できるようになった”兵隊、その成功例の1つが私と朔姉さんだ。

「“穿ち”ましょう、咲」
「“引き”次第です、朔姉さん」

 朔姉さんがキリキリと、弓を引くような仕草をする。
 私の右手はそれに合わせて肘から骨を排出し、やがて掌に開いた“射出口”へと撃ち出される。痛みは無い。本当は残しておいて欲しかったのだけど、制作過程で薬漬けにされた時に喪失してしまった。痛い方が、姉さんをより深く感じられると思うのだけれど。
 人間の体は、自己催眠では自壊を容認できない。それを共感現象と薬物の過剰投与を利用してクリアした、人類存亡の瀬戸際であることを差し引いても、控えめに言って倫理もへったくれもない存在が私たち。
 しかも、本命はあくまで安全圏で現在鍛錬を続けている屈強な格闘家軍団で、私たちはある種の捨て石、盾ですらない。かなり配慮してよく言ったとしても傘に過ぎないだろう。

「それでも、わざわざ死ぬ理由もないからね」

 姉さんはそう言って、生存には前向きだけど消極的だ。
 私の方はと言うと、むしろこの改造や現状に感謝している。
 姉さんが完全に死を望まない限りは、私という武器が必要だ。そして死ぬ時は、間違いなくまとめて果てることだろう。
 双子はこの世で最も不幸な関係。あの妄言は誰が口にしたのだったか。
 必ずいつかは離れ離れになる存在。一番近くに生まれるから、近くであり続けられない2人。
 それを否定する力が、今の私の右手にはある
 またぞろ、物陰から天使たちが湧いてくる。ファンタジーな存在の癖に変なところで物理法則を守るのがこいつらで、羽を持ってる癖に飛んだりはしない。

「姉さん、もう少し生きましょうか」
「ええ、咲……“穿ち”ましょう」

 キリキリ、ゴキリ、ボッ。
 私たちを繋ぐ殺禍の音。不幸な運命を撃ち貫く音。


【連愛の剣閃姫~開花の章】
武器:蛇腹剣

 地に魔の者が溢れ、人の生を脅かす暗黒の時代。
 “エルマーナ”と呼ばれる戦乙女たちの手により振るわれ、魔を断ち世を照らす唯一の希望。
 それこそが流動性魔鋼アポイタカラを以て鍛えられし武器・連逢剣。彼の剣には常に2つの相がある。
 1つは言うまでもなく、通常の剣としての相。西洋剣や日本刀、長剣と短刀程度の差はあるが、アポイタカラの圧倒的硬度を除けば普通の武具と変わらぬ姿。この形態でも魔物に対しては特攻を持つが、このままで前線に挑む乙女は貴重だ。
 もう1つは、連逢の名を冠する理由。連逢剣を持つ乙女同士が出逢い、絆を交わすことで初めて顕現する、使い手の技術と個性、そして何より共に戦う同胞との相性を反映した固有形態……魔を討つ聖具と言えば民草が思い浮かべるのは大抵こちらであり、この形態を連逢剣と通称することも世間においては多々ある。
 “エルマーナ”はまだこの世界に国境が存在していた頃の言語で“姉妹”を意味する言葉───連逢剣を共鳴させあった乙女同士は、文字通り姉妹の如く心を通わせて互いを思いやり、力を鍛え技を競い、戦いの荒野を並び歩くパートナーなのだ。
 そう、だからこそ───。

「“エルマーナ”の契りを解消することを考えるべきかもしれない」
「そんな、姉さん!」

 ロクネ、可愛い実の妹のこんな悲し気な顔が見たい訳じゃない。むしろ彼女の笑顔を守ることこそ、私が戦う理由の筆頭と言ってもいいくらいだ。それは“エルマーナ”として共に並び立って戦うようになってからも変わることはない。

「連逢剣は双方が共鳴して戦ってこそ最大の力を生み出す。片方だけが特出しても、それは互いの負担を増すだけよ」
「それは……」
「姉妹を始めとした血縁や幼馴染、元より強い絆を持つ者同士が“エルマーナ”となった際に、片方が、あるいは両方が固有形態を発現させられないというのはよくあること。連逢剣は“新たに結ばれた絆”により強く反応するから」

 多くの“エルマーナ”は多少の前後はあれど、大抵は1か月ほどで双方が固有形態の展開に成功する。姉である私が連逢剣の固有形態を発現させてからはや3か月、未だにロクネの覚醒の兆は見えない。

「いや、嫌よ、姉さんと、お姉ちゃん以外となんて考えられない。そんなの死んじゃった方がマシ!」
「なんてことを言うの、ロクネ!」
「お姉ちゃんはいいの!?私以外と契りを交わして!心を重ねて!平気なの!」

 幼い頃の呼び方に戻って縋ってくるロクネ。こんなに愛らしく健気な妹を突き放すなど、私に出来るはずもない。けれど、このまま戦い続けるのは大きな危険を意味する。それも、固有形態が無い以上はロクネの方によりリスクが高い。

「───1つだけ、方法があるかも知れない。歴代の“エルマーナ”たちの記録の中に、外法として記されていた固有形態の覚醒儀式……」
「げ、外法?」

 その不穏な響きにロクネの表情が曇る。そして、その予感は正しい。今から試すのは極めて危険な方法だ。
 本当なら、もう一度選択を迫るべきなのだろう。けれど、ロクネと共に戦うことは私の望みでもある……万が一の拒否を潰すように、悩む間もなくしれんを与えるのは、私のエゴだ。
 ゆっくりと私の連逢剣を引き抜き、固有形態を展開。私の固有形態は射撃型の弓剣“フェイルノート”。弓剣とは言うが、どちらかと言うと“大剣の中に仕込んだライフル銃”といった形状になっている。

「お姉ちゃ……姉さん?どうして連逢剣を……ッ!?」

 刀身を押し付けるような零距離射撃。
 服が僅かに破れただけで、回避して見せたのは流石だ。私がこの過酷な世界で生き乗れるよう、鍛え上げた成果。

「既に固有形態に目覚めた連逢剣を以て打ち合い、強制的に覚醒をさせる……“エルマーナ”同士の本気の死闘によって目覚めを促す禁忌!固有形態を手にした者より、愛しいパートナーの手で散ったものが多かったそうよ!」
「なっ……お姉ちゃん、正気なの!?」
「ええ、正気よ!離れ離れになるくらいなら、自分で手にかけてしまおうという者も、大勢いたのでしょうね!」

 わざと大ぶりな斬撃を放ち、回避したロクネに照準を合わせて“振りながら射撃する”。討ち放たれるのは流動性魔鋼の変形・再生機能を利用して刀身の一部を加工した弾丸だ。故に弾数制限こそあるが連射が効き、一撃で連逢剣をまともに突き込んだも同然の衝撃を相手に与えることができる。
 咄嗟にロクネは自らの連逢剣で弾丸を跳ね上げてかわすが、無防備になった胴体へ向けて2撃目、3撃目。ロクネは無理やり体制を崩して仰向けに倒れるようにして回避。私は地に伏せる妹を真っ二つにする勢いで剣を振りかぶり、踏み込みと共に振り下ろす。
 正面に剣を構えて受け止めようとするが、質量・威力・力の有無、全てが私に有利。切られることは回避したものの、ロクネは衝撃で地面に叩きつけられ、悲鳴を上げながら小さな体を跳ねさせた。

「痛いわよね!ごめんね、ロクネ!でも大丈夫よ!万が一があったらちゃんとお姉ちゃんも後を追うから!どちらであっても、私たちはずっと一緒なの!」

 空中に残りの残弾33発を全て固定。斬撃を合図に一斉掃射する“悲しみの子”の発動準備に入る。今までどんな魔の者であろうと塵に帰して来た決戦奥義。当然、連逢剣の持ち主であろうと、人間に撃ってよい技では本来ない。

「さあロクネ!共に生きるか、一緒に死ぬか!?姉さんは貴女を愛してる!貴女の愛を見せてみて!」

 一切の容赦もなく。一切の躊躇もなく。親愛と信頼を込めて。
 “エルマーナ”の全力の斬撃に匹敵する33のアポイタカラの弾丸が、一斉にロクネの小さな体へと殺到する。
 ロクネが顔を上げる。
 その目にはもう、戸惑いや焦りは無かった。覚悟を終えた目だった。何処かで見覚えがあるなと思ってのは、きっとロクネを守ると決めたあの日、鏡の中に見た私自身と似ていたのだろう。
 一斉掃射と言っても、連逢剣を奮うという発動モーションの関係上、弾丸の到達速度にはコンマほどの差異はある。
 その先端を行く弾丸が、貫かれた。
 何にと思う間もなく、その銀の閃きは正確に速度の順に弾丸を貫き、曲線を以て飛空していたそれらを全て爆散せしめた。
 一直線に私へと伸びる閃きを、ただの大剣と化したフェイルノートで懸命に弾く。あまりの速さと込められた勢いは殺しきれず、私の頬が深く裂かれた。

「お姉ちゃん!」

 泣きそうな叫びと共に銀閃は力を失い、駆け寄ってくるロクネの後ろで幌か何かのように引きずられていく。

「蛇腹剣……素晴らしい威力と速度だったわ、ロクネ……」
「お姉ちゃん、ほっぺが……お姉ちゃんのお顔が……!」
「いいのよ、いいの……これでいいの」

 愛しい妹の覚醒。これから共に戦っていく真の相棒の目覚め。
 それを喜びながら、私は自分自身の口から漏れ出した言葉と、行いを振り返っていた。
 今回のように箍が外れた時、またロクネに向かい、私の本音はあふれ出すかも知れない。この残酷な世界で、共に生きることよりも容易く出来る、共に死ぬことへの誘惑。
 そんな“私自身”から守る上でも、この目覚めた力はきっと有効だろう。
 頬をぬるつかせる温かい感触をそのままに、私はそっとロクネの頭を撫でた。この世界で生きていく、妹を。


【神秘の終わりは何時も晴れ】
武器:傘

 この仕事を任されてからそこそこ時間は経ったような気がするけれど、未だに周りからの視線には慣れない。
 視線を向けられることは、正直仕方ないと思う。まだ高校も卒業していないような娘が2人、多くの血が流された場所へとやって来るだけでも異様なのに、片方は雨も降っていないのに傘を差し、くるくる回して笑っているのだから。

「あー、その……すいません、“マロカレ”から来ました。稲田姉妹の姉の、檸檬です」
「え、君が……いえ、貴女が?」

 なんか謝ってしまったけど、それが「こんな頼りない感じの女2人ですいません」みたいな形で変にハマってしまって、私は愛想笑いをしながら頷くだけしか出来ない。
 「ここはもう結構です。危険なので撤収してください」とかスマートに言いたいなあと日々思ってはいるのだけれど、相手の方がよっぽど経験豊富なプロなので、私がへらへら笑っている間に警察の人たちは速やかに安全圏へと下がっていった。残されたのは、私と林檎の2人だけ。

「あー、うん。じゃ、行こっか、林檎」
「ちゅーしてー」
「いや、いきなりどうしたの林檎さん」
「ちゅーしてくれたら、やる気だすー」

 さっきまで傘くるくる回して楽しそうでしたよね、貴女。
 とはいえ“マロカレ”の仕事は林檎がメインで、私はサポートというか添え物というか……妹が居なければまともに遂行できないのは事実だ。
 ほっぺでいいかなと思っていたら唇を突き出されたので、ちょっとムカついた腹いせに舌を入れて、ついでの頬をノックしておいた。
 これと前歯を舐められるのが林檎は好きで、両方やると腰砕けになるほど喜ぶ。そうなったら困るので、残りはあとのお楽しみだ。

「にへへー」
「それ、絶対意識しないと出てこない笑い方だよね」

 下らない話をしながら私たちが踏み込んだのは、うっそうと茂る森の中。いわゆる鎮守の杜と呼ばれる、神社を覆う原生林。
 当然この奥には神社があるのだけど、それは普通の神社とは少し異なるものだ。具体的に言えば、そこに鎮座しているモノが。
 “ケシン”───化神と書く、神様と物の怪のちょうど中間に当たる怪神。崇める者にすら災厄をもたらし、されど祀られなければ祟りを成す。迷惑千万なれど、神ならぬ人は付き合っていかなければならない存在。
 そういった困った神様たちとの付き合いを率先して行っているのが“マロカレ”という組織で、私と林檎もそこの職員に登録されている。基本的な仕事は、人里から離れた所にあるケシンの祀られた神社を周り、老朽化を調査したり、人の出入りが無いか監視したりすること。
 そして今回のように、人が入り込んでしまった場合の、後始末をすることだ。

「肝試しで入った男女6人の内、5人が死亡。1人が行方不明か……やだなあ、これ絶対グロいパターンだよ」
「じゃあ、もう1回キスする?」
「何故によ」
「私の顔見てたら、怖いの見えないよ!」
「そうしたら2人とも死んじゃうでしょうが」

 視界が開けるのと、あまり仕事の前に口にするべきじゃない縁起の悪い言葉が口を突いたのはほぼ同時。
 私の視界に飛び込んできたのは、ボロボロの鳥居と寂れた神社、そしてその屋根の上で女の子下半身を貪り食らっている、百足とイソギンチャクと人間を突っつき合わせたようなケシンだった。今日はもう、お肉食べられない。
 沸き上がる吐き気に口元を抑える間もなく、ケシンがこちらに向かって一直線に飛び掛かってくる。口の中でまだ咀嚼中の目玉とか髪の毛とかが覗いていて、見当たらない上半身の行方を知りたくもないのに教えてくれた。

「林檎!」
「はーい……っと!」

 林檎は私とケシンの射線の間に入ると、手にした黄色い傘をパッと相手に向けて、くるくると回しながら笑顔を浮かべて待ち受ける。
 ケシンからすれば、何の変哲もない傘など簡単に引き裂き、私たちの柔肉に食いつけると思っていたのだろう。
 ばいん。
 間抜けな音を立てて、ケシンが傘に弾き飛ばされる。林檎の細い腕はビクともせず、笑顔が揺らぐ様子もまったくない。

「傘とは───本来は神秘殺しの道具だった。雨が降れば雨に打たれ、風が吹けば風に吹かれ、それが本来の秋津洲の理。されど、それを防ぐのが傘」

 ケシンが再度襲い掛かるが、林檎は上手に傘を回して跳ね飛ばす角度を調整し、私に近寄らせないようにしてくれる。私はその間に、淡々と今起きている事象を説明し続ける。

「最古の神社として知られるとある古社の最奥には、神の為だけの鳥居があるけれど……そこには傘がかけられている。何故傘がかけられているかは、実は重要な問いじゃない。重要なのはむしろ、何故他の鳥居に傘が無いのかということ」

 ケシンの動きが少しずつ鈍り出す。ケシン自身、何故自らの力が弱りつつあるのかを理解できない様子だ。林檎は一切容赦せず、ニコニコと笑いながらケシンに近づき、閉じた傘で殴打してみせる。人を遥かに超える存在であるはずのケシンが軽々と吹き飛ばされ、地面に突っ込んで獣のような悲鳴をあげた。

「簡単な話───それらの鳥居は神の為では無く、人の為のもの。故に“永遠であってはならない”。いずれは人が去り、信仰が絶える時、朽ち果てることで役目を終えねばならないから、鳥居に傘は無いの……見なさい」

 朽ちた鳥居を指さす。混乱するままにそちらに目を向けてしまったケシンは、驚愕に目を丸くしている(虫の目が丸くなるというのもなんか変な感じだけど)。
 気付いてしまったのだ。林檎の手にした傘と、私の話した説明で、自らが神では無く完全に物の怪に堕していることを。畏れ祀られる祟り神ではなく、人を食らう怪物となり果てたことを。
 ひゅーと鳴き声のようなものを上げて、ケシンが社に飛び込もうとする。残念ながら、そこは神を祀る場所だ。怪物の住んでいい場所ではない。

「林檎、トドメ」
「はーい」

 傘を手にして、ケシン(の全力時)に匹敵するほどの速度で突進する林檎。弱り切っているケシンがそれに対応できるはずもなく、腹を笠で刺し貫かれる。そのまま林檎は傘を軽々持ち上げると、天に掲げ───。
 ぱっ。
 開いて見せると、刺さっていたケシンはバラバラに攪拌され、残骸は大地に溶けていく。その虫の様な目が私の方を見つめていた気がして、心の弱い私は視線を反らした。
 やがて、音もたてずに社と鳥居が朽ちて砕け、急速に森が枯れ始める。乾いた音と共に木が倒れ、陽光が私たちの元へと注ぎ込んできた。そういう仕組みなのは解っているけれど、せめて森は残ってくれないものだろうか。自然破壊をしているような気持ちになる。

「勝ったよ、お姉ちゃん!」
「お疲れ様……まあ、解ってはいたけれど、こいつでも無かったね」

 ───2年前、私と林檎は正体不明のケシンに襲われた。そのケシンは神社では無く、私たちの家の中にまで侵入して襲い掛かると、両親を引き裂き、私と林檎から心の一部を盗み取っていった。人肉ではなく心を食らう、そういうケシンも居るのだと知ったのは“マロカレ”に拾われてからだ。
 林檎は恐怖心を、私は自尊心を食らわれ、日常生活を送るのは困難になった。
 幸いにもケシンに何かを奪われた者は、向こう側と何らかの周波が合うようになるらしく、ケシンと戦う力を得ることがある。私と林檎はそうして、ケシン狩りをしながら仇を探しているのだ。

「帰ろっか……“マロカレ”に報告しないと」
「えへへー、お姉ちゃーん」

 林檎が手を組んでくる。女の子同士だから、姉妹だから、恐怖心のない林檎はそんな葛藤とは無縁だ。対して私は、自分を心の底から認めてやれないので、向けられる感情を完全に信用できないままだ。
 林檎がふざけて日傘を差してくる。さっきまでケシンが刺さっていたんだよなあ……というのは一旦さておき、傘越しに太陽を見つめる。
 それは眩しいばかりにしか見えることはなく、はしゃぐ林檎の隣で私はそっと目を細めた。

 

【神舞戦姫ハールバルズ】
武器:神槍グングニル

 オーディン、ゼウス、マルドゥーク……世界の神話の偉大な主神たち。
 けれど、そういう神様たちって何処か腹黒いというか、今の感覚からしたらとんでもないことをしてるように見えることってあるよね?
 神々の最終戦争の為、地上の戦士を謀略で殺して回る陰湿なオーディン。
 妻そっちのけで美少女から美少年、時には牛まで手を出す好色神ゼウス。
 暴れ回った挙句に、逆切れで両親を殺害する残虐無道なマルドゥーク。
 ───けれどもし、それが本当は彼の神々を陥れる罠だとしたら……?

「理沙!無事!?」
「伊舞姉さん!はい、なんとか……!」

 朽ちかけた廃病院の、霊安室に当たる部屋。
 理沙は生き残りと思わしき少年少女たちをまとめ、ここへと避難していたらしい。見たところ大きな怪我はないようでホッとした。

「廃病院、如何にもって感じの男女の集まり、いつものパターンか」
「ええ、肝試しにやって来たそうです。何でもこの病院では、かつて身寄りのない患者を切り刻んで、死者蘇生の実験を行っていた、とかいう噂を聞いたと」
「フランケンシュタインの怪物みたいだね。で、その噂を核に顕現しちゃった訳だ……“禍深”が」

 誰が始めたことなのか、背後に何者が潜むのか。遥かな古代から続く、神話への改竄行為。
 優しく人を導いた神が凶悪な逸話を添えられ、夫や妻に一途であった神が淫蕩だと伝えられ、世界の崩壊を防ぐために戦った神が気まぐれで世界を焼いたことにされる。そして学者面をして誰かが言うのだ。

「人に都合のよい神などいない、神などろくなものじゃない」

 そうやって信仰と正しい伝承を失った神は、この世界に溢れている怪談や奇譚を核にして、本来の世界の守護者・人理の調停者の姿を失い、おぞましい邪神としてこの世に顕現する。それが禍深、カミなる者のダークサイド。

「体をバラバラにされて再生されるか。ちょっと逸話としてはパターン多すぎて特定できないね。エジプトのイシスか、フリギアのアッティスか、アステカのオメテオトルだってそんな特徴があるし……」
「ごめんなさい、姉さん。私が神話に詳しければ、見た目から判断が出来たかも知れないのに」
「いいよ、そんなの。理沙には、もっと大事な仕事があるでしょ?」

 直後に響く、部屋どころか建物全体を揺るがすような咆哮。悲鳴が部屋の中に満ちる。
 このまま建物を崩されて生き埋めにされても厄介だし、外に飛び立たれてもシャレにならない。どうやら時間はほとんどないらしい。

「今回も、戦いながら正体を探るしかないか……理沙、解放の口づけを」
「え」
「え、ってなに?」
「あ、いえ、今回はその、人が見ているので、あの……」

 あわあわと照れ始める理沙。なんだこの可愛い妹。これが祝日の私の部屋なら1日中抱きしめて過ごすところだけど、残念ながら次の日曜日はここを生き延びないとやってこない。

「理沙、覚悟を決めて。お姉ちゃんはむしろ、人前の方が興奮します!」
「伊舞姉さんが別の意味で覚醒してます……う、うぅ……んっ」

 迷いは、ほんの数瞬。何時ものように決意を秘め瞳を湛えた理沙は、私と唇を合わせ、舌を絡ませる。こくん、こくんと唾液が交換されるごとに、私の体に施されていた封印機構が解除されていく。

「ルーン解放、第1類から第3類まで完了、神具にアクセス開始───!」
「姉さん……負けないで下さいね」

 言葉をかける代わりに、光で包まれた指でサムズアップを決めておく。
 私の体の中に流れ込む、逸話や伝承を捻じ曲げられた神々の悲しみと痛み。そして“正しさを取り戻してくれ”という願いが、霊鎧と神槍の形で顕現、この身を包み手に治まる。

「グングニル完全起動確認……オーディンの代行者・古槍伊舞、コード:ハールバルズ、出撃します!」

 手にした神槍グングニルを天井へと向かい全力投球。屋根を砕く……等ということは起こらず、必中の槍は禍深を捉えた感触を私へと返す。
 それに従い、私は槍のある場所へ自らを転移させる。グングニルは必ず敵に当たり、オーディンの手元へと戻ってくる。つまりオーディンの代行者である私が槍のある場所にいることも、また必然。こういった因果の逆転も、代行者の基本的な戦術だ。
 目の前に現れたのは、病院の屋上と、そこにたたずむ内臓で編み上げたクラゲのような怪物。肉色の全身から何故か鮮やかな葦が生えて、スキーのような形の足を形作っていた。グングニルは命中こそしたものの、この奇妙な弾力を持つ表皮に防がれてしまったらしい。

「これは……ヒルコ!蛭子命!」

 日本における国生みの神・伊耶那岐命と伊耶那美命が最初に産んだとされる神。生まれた直後に葦の舟に入れられ、オノゴロ島から流されてしまい、二柱が生んだ子供としても後に数えられていないとされる。
 本来、流されてしまった理由はあくまで「伊耶那岐命と伊耶那美命が子を産む手順を間違えた」としか伝えられなかったものを、胞状奇胎であったとか手足が異常であったとか、様々な負の逸話を重ねられ続けた神だ。禍深と化す条件は十分と言える。
 ヒルコが無数の肉色の触手をこちらへと放つ。攻撃を掻い潜りながら、私はグングニルで刺突を放つが、すべて独特の弾力で跳ね返されてしまう。流石は三貴神より先に生まれた神、ただの代行者に過ぎない私では正面からはとても敵わない。
 ───けれど、私はこれでもルーン文字を解読した知恵の神オーディンの代行であり、そして妹を守る使命あるお姉ちゃんなのだ。
 右目でスキャンした弱点は既に把握している。ヒルコが更なる触手の一撃を放つと同時───彼の禍深の肉体ではない部位、即ち葦で出来た脚部をグングニルで切り払う。
 あっさりと足を切り裂かれ、轟音を立てて転倒するヒルコ。体勢を整えるよりも速く、その背中(多分)へと降り立ち、グングニルを手に吠える。

「彼の神の来歴を知る御方よ、真の絆を此処へ返さん!来よ、愛しき柱よ。私はここに、真実の斎場に!」

 グングニルから立ち上る光が天を突き、ヒルコの体が浮かび上がる。グングニルは武器として認識されることが多いが、古き伝承においては雷神トールのミョルニルと並び、結婚の祭礼器具なのだ。ここにその力を開放し、ヒルコと縁の深い神の力を借りて、天へと神を返す───これこそがグングニルの真の力だ。
 この際に浮かび上がるのは、本来の神としての部位のみ。核となった噂話や、禍深としての体を成していた個所は崩れ去り、本来の神としての姿を取り戻すのだ。
 やがて肉色の触手や巨大な内臓は全て剥げ落ち、残ったのは小さな体躯の少女のみ。これがヒルコの、本当の姿という訳だ。

『北欧の神の代行よ……姉を、我が最愛の伴侶を救って頂いたこと、感謝します』

 天の光から響くのは、威厳に満ちた女性の声。ヒルコを姉と呼ぶという事は。

「天照大神様……」

 天照大神は配偶者を持たぬ神と言われているが、一説ではヒルコは彼女の夫であったとされることもある。天照大神の別名が昼女(ヒルメ)であることなどが、その理由だ。
 ヒルコもまた女神だったということは……恐らく、彼女が“流された”として神話から消された真の理由はこれだろう。彼女たちは、同性の、そして姉妹の間で婚姻を交わしていたのだ。それを、神話を歪めるものたちに悪用されてしまったということか。
 やがてヒルコは光に飲まれ、禍深であった時に破壊したものは全て元通りに修復された。何人かの男女が倒れているのが見えるが、恐らくヒルコの手にかかった人たちだろう。歪んだ神話が消え去れば、当然起きた出来事も無へ還る。そういう理なのだ。

「姉さん!」
「理沙、今回も勝てたよ」

 感極まって抱き着いてくる理沙を受け止めながら、私は少しだけ思いに耽る。
 このような理由で神話が歪められ、禍深の誕生に繋がってしまうことは少なくない。姉妹は男女の夫婦に代えられ、同性同士の絆は無かったことにされる。そんな歪みに私たち姉妹が立ち向かうことになったのは、果たしてどのような意図があるのか。神々が望んでいる“本当の神話”はどんな姿をしているのだろうか……。

「姉さん?」
「ん、いや、帰ろっか。質問責めでもされたら困るし」

 難しいことを考えるのは、戦いの最中だけでいい。今は最愛の妹のことだけ考えよう。陰気臭い廃病院を後にして、帰りに2人して何か食べることで私の頭はいっぱいだった。

 ───伊舞が被害者だろうと判断した少女の1人が、むくりと体を起こす。
 まるで雪の様な少女だった。肌も神も白く、着ている服もまた白い。戦いの直後でなければ、伊舞も不審を感じたかも知れない。

「あれがオーディンの代行者、真実の渡し守ハールバルズ……」

 少女の目に浮かんだ感情はあまりにも複雑なものだった。羨望、嫉妬、憧憬、そして……敵意。

「例え何度邪魔をされようと、私は神話を改変してみせる。そして、君と再会してみせるよ……愛しいパラス」

 少女の姿が甲冑に包まれ、虚空へと消える。
 それは古槍姉妹に、新たな戦いの予兆を告げるように……。


【アルティメット・エール!】
武器:旗槍

「フレー!フレー!こ・う・ほ・く!!」

 巨大な槍に旗が付いたものを軽々と振り回しながら、英流姉さんが応援の練習をしている。
 そんな姉さんを眺めながら、私たち江北高校武芸部は緊急会議を執り行っていた。

「今回の対抗戦ですが……姉さんを応援ではなく“選手”として登録した人が居ます……正直に挙手しください」

 私以外の4人全員が挙手をする。相談して決めたらしい。

「ああああ!貴女たちね!プライドは無いのですか、プライドは!乙女の武芸百般を推奨し求道すること100年の歴史を持つ我が江北武芸部最強が如何に英流姉さんであったとしても!選手では無く応援団として!主に私の応援の為に入部した姉さんを毎回毎回選手として登録して乗り切るのはどうなんですか!」
「だって、英流ちゃん強いし……やるなら勝ちたいし」

 最も過ぎる意見を口にしてくる部長。いきなりの正論にぐっと詰まりそうになったが、ここで負けてはいけない。姉さん、私に力を。調度応援もしてくれているし。

「負けたくないなら練習あるのみでしょうが!元々強い人を引き込んで乗り切ろうって根性でいいんですか!?」
「これでもみっちり2年間練習してきて、英流ちゃんより弱いことにショックは受けてるんだけどなあ」

 今度は幹原先輩が感情論で来た。まだ私が強ければ納得いったのだろうけど、「知可ちゃんを応援したいです!」とでっかい旗槍を自作して飛び込んできた姉さんが武芸部の誰より強かったことは、部員のみんなの心を折るには十分すぎた。本当に申し訳ない。けど、引けないのです。

「姉さんの強さが異常なのは認めます……そこはもう、仕方ない。けれど、私たちの成果をぶつけるのが対抗戦の目的ではありませんか!勝つことだけが目的なんですか!?違うはずです!」
「伝統ある我が部も今や廃部寸前で部員もギリギリの5名(応援要員除く)……負けて得るものが何かあると?」

 そうですよね、竜胆さん。勝たないと崖っぷちだからやってるんですよね。皆さんにだってプライド本来ありますもんね、入部してからのやり取りで知ってます。特に竜胆さん、長らく姉さんに突っかかった上で認めたんですもんね。

「姉さん、ちょっと……」
「どうしたの、知可ちゃん」
「ちょっと応援してください……私単体に」
「??? フレー、フレー!ち・か・ちゃん!L・O・V・E!ラブラブ知可ちゃん!」
「ありがとう、でもそれは私の前以外では封印でお願いします」

 エネルギーチャージを終え、私は再び会議に挑む。

「……それでも!私たちはこれまで姉さんに頼らずに力を!技術を!磨いてきたじゃないですか!それが何処まで通用するのか!勝利前提で試すことはそんなにおかしなことですか!?」
「他校から“あの馬鹿強い旗槍使いを温存したら舐めプとして一生恨む”って連絡来てます」

 木曽さん、それ知りたくなかったです。いえ、むしろ最初に知っておきたかったです。既に外堀が埋められていること!知っておきたかったです!

「以上の点を踏まえて、英流ちゃんを代表に選ぶことに不満のある人ー」

 不満1、肯定4。なんですか、この出来レース。

「あの……その場合の補欠は、やっぱり……」
「そりゃあいつも通り、知可ちゃんを“秘密兵器として温存してる”ってお題目にして」
「ああああああ!姉さん!姉さん!」

 私は自分の武器である和弓……弓の両端に刃を取り付けた遠近対応武具を手に、部室を飛び出します。

「どうしたの、知可ちゃん。今日は随分元気だねえ」
「姉さん、ちょっと練習に付き合ってください!私、姉さんと戦えばもっと頑張れると思うので!」
「ホント?ならやろっか!」

 こうなったら、私が姉さんに匹敵する戦力であることを示し、意地でも代表にねじ込んだうえで、姉さんにまで出番が回らないように無双するしかありません。大丈夫、私は出来る娘!何しろ姉さんの妹!その超人遺伝子はきっと私にも受け継がれている!はず!

「じゃあ、採点フィールド展開するねー」

 この展開を予測していたのか、先輩が私と姉さんの周囲に小規模の採点フィールドを展開します。この空間内において、無機物は有機物に“破壊”を生じることはありません。存分に武具を奮いぶつかりあうことの出来る競技空間となるのです。

「姉さん……覚悟ォッ!」

 不意打ちではありませんよ、ちゃんと声をかけましたから!1度に3本の矢を引き絞り放ちながら、更に矢を追って突進、必殺のコンボを以て一瞬で決めて見せま───。

「知可ちゃん、すごい!がんばれぇーっ!」

 暴風。
 振り回された旗に矢が玩具のようにはたき落とされ、槍先が私の脇腹を叩きつけて採点フィールドの外まで吹っ飛ばします。地面にこすれた痛みで立ち上がれません。地面でこすれたからです。泣いて無いです。

「いやー、何度見ても滅茶苦茶だね」
「あの旗の部分だけで何キロあるんだか……絶対戦いたくない」
「お疲れ様です、知可さん」

 慰めの言葉が、痛いです。
 姉さんはニコニコ笑いながら「これでもっと頑張れる?」と頭を撫でてくれます。ここで何もかも放り出して泣きつけるほど、私のプライドは低くありません。

「勿論ですよ!本番で存分に応援してください!」
「当然!その為に私はいるんだから!」

 ありもしないその時を、誇る者と応援する者。
 空虚な姉妹のやり取りに、空気を読んだかのようにカラスが鳴きながら飛び去って行きました。


【ハイドラ】
武器:鞭

 冒険者ギルドという場所は、その土地を治める貴族がどの程度まで自らの手で自衛行為を行っているかでも変わってくる部分はあるが、基本的には何処も気性の荒い屈強な男たちの集う場所になっている場合が多い。
 故に、その2人組の少女がギルドを訪れた時の反応は非常に色めき立つものとなった。
 1人は銀色の髪と青い目の背の高い少女。腰には鎖で出来た鞭を携え、高ランクの魔物を素材としたと思わしき外套を肩に羽織っている。
 もう1人は金髪と赤い目の小柄な少女。武器に当たるものは何も持っておらず、全身をローブに隠すようにして、おどおどと銀髪の少女の手にすがっていた。
 何人かのガラの悪い冒険者が、下卑た言葉で以て絡むために少女たちに近づく。しかし、直後に受付の発した言葉で彼らの動きは凍り付いた。

「一等冒険者のアリオ・クルシマ様と、同じく一等冒険者のシトラ・クルシマ様……名高い“ナインヘッド・シスターズ”の……」
「余計なことは言わないで」
「お、お姉ちゃん!ごめんなさい、ちょっとお姉ちゃん、機嫌悪くって……」
「何故謝るの?」

 思わず通り名を口にした受付への冷たい言葉と、それを謝る言葉。まったく正反対の姉妹の姿は噂と違わぬものであり、下卑た好奇心からのがやつきは直ぐにある種の憧憬に近いものへと変わった。

「“ナインヘッド・シスターズ”というと……」
「ああ、間違いないぜ。どんな魔物が相手でも鞭で打ち倒しちまうって噂の……」
「確か水龍を倒した功績で一等認定されたんだろ?モノが違うわな……」
「けどよ、鞭使いで名高いってことは、妹の方は一体……」

 その次の瞬間、シトラについて疑問を呈そうとしていた男の座っていたテーブルに、等間隔の9本の線が並んでいた。こんなものは、先までは存在していない。ぎこちなく視線を姉妹に向ければ、アリオが鞭を腰から外し構えていた。

「妹に、何の用向き?」
「あ、いえ……なんでも、ないです」
「お姉ちゃん!なんてことするの!謝って!ほら、謝って!」
「だってこいつら、シトラを値踏みするようなことを」
「謝りなさい!」
「……ゴメンナサイ」

 ほんの一振りに見える動きで9の連撃を放つ神業を見せたアリオだが、どうやら妹には頭が上がらないらしく、無表情な顔に不満を漲らせつつ機械的に頭を下げる。そんな姉の3倍くらい頭を下げながら、シトラはアリオを引きずるようにギルドを退出していった。

「なんつーか……浮世離れしてんなあ。一等冒険者ってのはみんなそうだとは聞いてるが」
「しかし、そんな一等冒険者の2人がなんでこんな片田舎に……とんでもない化け物でも潜んでるのか?」

 冗談のつもりで発した言葉は、ギルドの空気を先の“ナインヘッド”が明らかになった時よりも更に凍り付かせる。それはなかなか溶け出さず、姉妹が出て行った出入り口を無言で眺める者が相次いだ。

 数刻後、姉妹の姿はギルドが管理する洞窟の入り口にあった。
 いわゆる魔物の巣となる場所の原因は、食物連鎖にある。魔力を食らうカビや迷い込んだ生き物の死体を消化する軟体生物が現れ、それを捕食する魔物が現れを繰り返し、最終的に場所の広さや深さに応じてヒエラルキーの頂点が決まり、それらもいずれ寿命や冒険者の手で死ぬとカビや軟体生物に分解される。小規模な生の円環を描いている、と言ってもいいだろう。
 しかし、この洞窟に発生する魔物は一等冒険者が相手にするに見合ったものでないことも事実であった。

「お姉ちゃん、本当にダメだからね?あんな風に喧嘩を売り歩いてたら、そのうち周りに誰もいなくなっちゃうよ?」
「私はシトラが側に居てくれれば、それでいい」
「もう!私が居なくなってからも、お姉ちゃんは生きていかなきゃいけないんだよ!」

 アリオの目付きが変わる。溺愛し、力関係においては常に譲る妹に大して向ける、本気の怒りを湛えた視線。シトラも自分が言ってはならないことを口にしたと気付き、肩を震わせる。

「もう一度同じことを言ったら、シトラでも許さない。ぶつわよ」
「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん……」
「……いいの、解ってくれたら、それで」

 優しく妹の頭を撫でると、アリオは口の端だけに浮かべる笑みを向ける。シトラくらいしか読み取れないささやかなものだが、それは何時も気の弱い妹を勇気づけていた。

「必ず方法は見つける。そのためにここに来たんだから。シトラは、ずっと私と生きるの。いい?」
「うん、お姉ちゃんと一緒がいい」

 本当はずっと抱き合っていたい。
 アリオはそんな思いを理性をフル動員して断ち切り、手にした鞭でもって洞窟の入り口を打ち始めた。ある種のリズムを刻むように、あるいは何かを呼び出すように、正確に、時に自由に。
 やがてその動きに共鳴したかのように洞窟そのものが震えだし、その入り口がばくり、と閉じられた。まるで生き物の口のように……いいや、生物の口そのものとして。

「生ける洞窟、蟲龍グロスター。あなたに聞きたいことがある」

 長らく地中に身を埋め、その表皮に岩が張るまでになっていた巨大な龍が身を起こす。その外観は、ミミズが岩の鎧を纏っているような奇怪なもの。だが、そのガラス玉のような目の奥には、確かな知性の輝きがあった。

『貴様らは……知っているぞ、世の理を司る龍を殺した大罪人……同胞ハイドラの臭いが染みついている……』

 威圧的な男性のように聞こえる声は、人間の矮小な脳に周波を合わせているのでそう聞こえるに過ぎない。一応、アリオはそれを習得はしているが、龍語は人間の言語より遥かに複雑だ。

「そう、その水龍ハイドラの件で聞きたいことが───」
『語る言葉など無し。滅び去れ、大罪人』

 その巨大な表皮が蠕動したかと思うと、開かれた口から放たれたのは曰く説明し難い岩弾だった。主に構成しているのは岩なのだが、そこに様々な魔物の部位が混じり込んでいる。体内で構築されていた迷宮、魔物の巣そのものを武器に変えている。龍と言う強大かつ生命を世界規模で捉える特異な存在らしい、あまりにも特異な攻撃だった。

「お姉ちゃん!」
「シトラ、下がっていて。絶対に手出しをしないでよ」

 アリオの鞭が唸りを上げ、瞬で9回、岩弾を打ち付け微塵に砕く。話を聞きに来た立場ではあるが、妹が危険に晒されている以上、加減をする理由は見当たらない。

「仕方ない、叩き伏せて話を聞かせてもらう」
『思い上がりも甚だしいぞ、定命の者よ……!』

 次々と吐き出される異形の岩弾。アリオはそれらを時に砕き、時に見切って足場に変え、巨大な蟲龍を打ち据える。正確に9回、全て一振りにしか見えぬ絶技。未だ肌には届かぬものの、グロスターの岩の鎧を確実に砕き、隙あらば目や関節など衝撃の通りやすい箇所を狙って振るわれる鞭打の嵐。

『そうやってハイドラも打ち据えたのか、どのような欲の元の凶行だ、人間め……!』
「だから話を聞いて欲しいと……!」

 グロスターの口が、今までと違うすぼめられ方をした。咄嗟に鞭を前方で回転させるアリオ。熟練の彼女が行えば、それはまるで1枚の大楯の如く展開される。
 吐き出されたのは、細かく砕かれた岩と魔物の残骸による散弾。全てを打ち落とすことは叶わず、アリオの頬や腕に深くはないものの傷を付け、赤いものが噴き出した。

「し、しまった……!」
『どうした?一方的に傷つけることばかり考えて来たのだろう、だからその程度のかすり傷でも心を乱す……同胞の痛みはその程度では……!』
「違う!落ち着いて、“シトラ”!これは何でもないの!本当よ!!」

 シトラ。先から戦いに全く参加していなかった妹。グロスターの注意も、完全に絶技を放つ姉のみに集中していた。
 その虫の様なガラス玉の目が、シトラの方へと向けられる。

「お姉ちゃんを、傷つけた……」
「シトラ!落ち着きなさい!殺してしまっては話が聞けないのよ!?」
「この……虫けらがァッ!!」

 先までのおどおどとした様子が嘘のように激昂すると、シトラは自らの腕に爪を立てて引き裂く。そこからは真っ赤な血が……あふれ出なかった。

『な、なんだ……それはなんだ……いや、ハイドラなのか……!?』

 悠久を生きる蟲龍すら始めて見る光景。本来なら鮮血があふれ出すべき傷口から漏れ出すのは、9つの頭を持つ水の龍。小さな体躯に治まるはずもない、1つの首がそれぞれグロスターに匹敵する巨大な質量だった。

「お姉ちゃんをいじめてんじゃねえぞ、地虫がァッ!!」

 全ての首が、シトラの手を動かすたびに異常な軌道を描き、その膨大な質量を以て蟲龍を打ち付ける。一撃でその巨体を浮かされた後は、地に堕ちることすら許されず空中で打ち据え、殴りつけ、締め上げ、弄り続ける。

『ぐっ、ぎゃっ、げああああああっ!』
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェッ!ぐちゃぐちゃのひき肉に変えてゴミと混ぜて焼いてやるぞ、汚物がよォッ!お姉ちゃんを傷付ける奴は全員全員全員全員全員全員!!とびきり無惨にぶっ殺───!!」
「シトラッ!!」

 アリオの鞭が閃き、シトラの傷口へと飛来する。打ち据える為ではない、傷口を無理やり塞ぐため、腕に巻き付け締め上げる。

「ぐっ、くぅ……お願い、止まって……!」

 凄まじい力の本流は、まるで洪水を人の力で抑えようとしているかのような圧力を覚える。
 シトラはそんな、懸命に鞭を引くアリオの方を見つめ───ふぅ、とため息と共に意識を手放した。傷口から暴れ回っていた水龍は一瞬で消え去り、傷口は後すら残さず塞がっている。

『ぐっ……うぅ……』
「……話、聞いて貰える?」

 傷付きながらもまだ生を保っている蟲龍に、今度は否は無かった。

 ───冒険者として駆け出しだった頃、クルシマ姉妹は土地神として祀られていた水龍の元を、旅立ちの挨拶の為に訪れた。
 何が契機だったのか、如何なる理由があったのかは全く分からない。龍の思惑など、矮小な人間には真の意味では理解できまい。
 本当になんの前触れもなく、水龍ハイドラはシトラの体の中に入り込み、以降彼女は僅かでも傷が付いたり、姉であるアリオ絡みのことで激昂すると水龍の強大な力を使って暴れ回るようになった。
 地元の冒険者ギルドは速やかにこの事態を治めるべく、彼女たちに一等冒険者の称号を与え、各地の“龍”を訪ねて回れるように手配した……それが“ナインヘッド・シスターズ”の真相だ。

『なんと、貴様らの方が被害者であったのか……』
「その様子だと、あなたもこんな事態には心当たりが無さそうね」
『まるで見当が付かぬ。そうする理由が思い当たらぬし、水龍ハイドラは知らぬ仲でもないが、あの娘から噴き出したのは力のみで意思や感情も読み取れなかった……』
「そう、迷惑をかけてしまったわ。謝って済まされることではないけれど」

 アリオの冷たく無感情な態度は、少しでもシトラに近づく者を減らし、彼女に誰かを傷つけさせたくないという配慮からくるものだ。本来は礼儀も友愛も持ち合わせている彼女を“傲慢”と切って捨てた己に語れることなどあるはずもなく、グロスターは傷付いた体を横たえ、再び物言わぬ洞窟として眠りに付く。それを見届けてから、アリオはシトラを抱き上げて町へと向かい歩き出した。

「……私が、もっと強ければ」

 自分が一切の負傷などせず、シトラのことも完全に守り切れるほど強ければ、妹はこのような数奇な運命に巻き込まれてもなお、自由に生きられたのだろうか。
 シトラの腕にまだ巻き付けていた鞭を解き、腰に下げると、改めてアリオは迷いを振り切り歩き出す。
 いつかシトラと、ありふれた冒険者姉妹に戻れる日を夢見て。
 腕の中で眠るシトラが、無邪気に笑って胸へと頬を擦り付けた。


【魔法姉妹ハルム&ベルテ!~恋の呪文は板金粉砕】
武器:ハルバード

「ブーッシッシッシ!軟弱な地球人共よ!世界は我らブシドーンがいただくブシ!ショーグン・クラヤミ様の下、封建社会に組み込まれるがいいブシ―ッ!」

 突如として世界中に襲来した鎧武者姿の怪人たち!彼奴等は暗黒幕府ブシドーンを名乗り、日本人に風評被害をもたらしながら侵略を続けていた!
 強いは強いが正々堂々にこだわり過ぎるが故に、罠や権謀術数にはちょっと弱い!各国との争いはそこそこ拮抗していたが、小さな町などに現れるとやはり恐るべき脅威である!
 今日も小野が丘の町に現れた武士怪人が、飲食店の食材を尽く爪楊枝に変えていくという悪事の真っ最中だ!

「ブーッシッシッシ!武士は食わねどタカヨージ!家族で外食から武士の心を学ぶブシッ!あ、いや、学ブッシ!」

 言い直した辺り語尾はちょっと無理している感のある怪人によって、このままでは家族サービスを実行したお父さんの株が下がってしまう!危うし、家庭の絆!
 しかし、悪を行う者があるところ必ず正義の光あり!

「「お待ちなさい、ブシドーン!」」
「ブシシッ!?な、何奴!」

 空に浮かぶ2つの影!とんがり帽子に黒マント、マジカルでリリカルなその出で立ち!愛らしい顔は左右対称、何を隠そう双子ちゃん!彼女たちこそ、この小野が丘の町のご当地ヒロインである!

「煌きの杖!マジカルハルム!」
「輝きの刃!マジカルベルテ!」
「「魔法少女ハルム&ベルテ!悪をたちまち粉砕よ!!」」

 キメ台詞と共に、ここまで乗って来たハルバードから華麗に飛び降りる2人!そのまま2.5mほどの斧槍を完全なシンメトリーで構えて見せる!

「……いや、ちょっと待って。いや、待つブシ」
「ブシドーン!言葉で私たちを惑わそうとしても無駄よ!」
「悪は絶対許さない!その甲冑、頭からカチ割ってあげる!」
「こっわ!魔法少女の宣言じゃねーブシよ!?えっと……あー」
「ハルムよ」
「ベルテ!」
「うん、ハルム&ベルテ、うん」

 こくこくと何度も頷いて、2人の姿を見比べるブシドーン怪人。とんがり帽子に黒マント、魔女の衣装を絶妙に現代的にアレンジし、フリルやリボンで可愛らしくしたコスチューム。可憐な少女たち、しかも双子姉妹で顔立ちも二重丸。そして、構えた斧槍。

「おかしいブシよ!?なんで斧槍!?ほうきじゃなくて!?」
「そんなものじゃ怪人を粉砕できないじゃない!」
「いや魔法少女なのに物理前提ブシか!?」
「こちらの武装を放棄させて優位に立とうと言うのね……ほうきだけに!」
「言っちゃった!うわー言っちゃった!チラッと頭に過ぎってやめたのに!」

 恥ずかし気に悶える鎧兜に、魔法少女たちは怪訝な顔を向けるのみだ。やがて2人は頷きあうと、左右から一気に踏み込もうとする。

「ストップ!今、何しようとしたブシ!?」
「これ以上の話し合いは無用!」
「悪は粉砕!塵と化す!」
「侵略者側が言えた義理じゃねーけど随分と覚悟決まってるな!?あ、ブシ!」
「覚悟……戦う、覚悟か」

 何故か遠い目をして虚空を見つめるハルム。それを見つめて「姉さん……」と切なげにつぶやくベルテ。どうやら、ハルムの方が姉らしい。

「遠い昔、近世の頃の西洋……」
「近世だとあんまり遠くない気がするブシな」
「魔女狩りの嵐から逃げるように日本へと辿り着いたご先祖は、秘密裏に私たちの代まで魔法と、元々衛士をやっていた経験からのハルバードの戦闘術を継承してきた……」
「魔法がオマケみてーになってるブシ」
「辛く感じることもあった。ハルバードを手にして登校した時に向けられた冷たい視線……現代の魔女狩り……!」
「魔法じゃねーブシ!凶器!凶器への警戒!」

 怪人のツッコミを完全無視して、ハルムの回想と覚悟は続く。ベルテは何処からか取り出した小型のライトで、下から彼女を照らしている。斧槍の鋭く研がれた刃が、凶悪な光を放った。 

「そんな理解のない人々でも守らなくてはいけないの!だって私はお姉ちゃん!妹の見本になる立派な人間でなくてはならないから!」
「斧槍を!凶器をまず置けブシ!」
「姉さんは、何時だって私の誇りだよ!可愛い!大好き!いい匂いする!」
「妹の方もなんかおかしい!?」
「「私たちが共有する正義はただ1つ───“侵略者相手なら思い切りやってもOK”!!」」
「それを正義と呼ぶのはニチ〇サに喧嘩売ってるブシなーっ!?」

 左右から襲い掛かる魔法少女たち。その質量を易々と振り回せる膂力は、ブシドーン怪人の鎧を容易く砕き、鎧の中の人を切りつける。

「うがあああ!く、クレイジーだブシ!逃げるが勝ちブシ!」
「覚えていなさい、ブシドーン!この町は私たちが守る!」
「でも、姉さんのストレス解消の為に、週1くらいで来なさいね!」
「平和を望む心微塵もねーブシな!?」

 かくして恐るべきブシドーン怪人を退けた魔法少女姉妹!残念ながら食材は戻ってこなかったしパパさんの株は下がったが、それはそれ、これはこれである。正義の味方であろうとも、全てを守ることはできないのだ。

「姉さん、楽しかった?」

 夕焼け迫る空を斧槍に乗ってゆく魔法少女たち。ベルテの問いにハルムがVサインで返す。

「最高!」
「良かった……また来るといいね、ブシドーン」
「勿論!その度に正義執行よ!」

 幼い頃に見たきりだった姉の飛び切りの笑顔を見つめて、妹の顔も自然とほころぶ。
 戦え、魔法少女たち!互いの笑顔と満足の為、あとは小野が丘の平和の為!
 振り抜け、ハルム&ベルテ!でも学校に持っていくのは止めた方がいいぞ!


【明日なき私たちのイマ】
武器:スティンガーミサイル

「“首吊り気球”っていうホラー漫画があってね」
「なかなかインパクトのあるタイトル」
「フック付きの、人間の顔みたいな気球があちこちを飛び回って、襲われると首を吊られて、その人も首吊り気球になるの」
「エグいなあ。そう考えると、アイツらはちょっとはマシか。人喰うけど、食われた人が化け物になったりはしないからね」
「あ、お姉ちゃん、来たよ」
「へいへい。よっと」
「なんか、それ担ぐのも様になって来たね」
「散々説明書読み込んだからね……はい、ファイアっと」
「大当たりー……今回の奴、ちょっと美人じゃなかった?」
「アイツらの顔なんてイチイチ見てないよ。ていうか、本当なら一切見たくない、怖いもん……あちち」
「とか言いながら、交換作業を流れるように行うお姉ちゃんであった……凄いよね、整備まで出来ちゃうんだもん」
「絶対完璧にできてないけどね。なんか整備性が向上しましたみたいなこと、説明書に書いてあった。せめて詳しく読んでもらっておけばよかったなあ」
「食べられちゃったもんねえ、自衛隊の人」
「人庇ってだもん、めっちゃ立派だよ。私なんて教師の癖に生徒見捨ててるからね、見殺しだからね。自衛隊の人は天国行くけど、私は絶対地獄行き」
「私は天国に行くから、離れ離れだね」
「ゆっくり後から来なよ。難しいだろうけどさ」
「……偉い人たちってさ、こういう風になるって解ってたのかな?」
「分かってたんじゃない?こんなの用意してたんだし。予備のミサイルも、今のところまだ一杯あるしね。けれど、何ていえばいいかとか分かんないじゃん。でっかい人の頭が飛び回って、人喰いますよとか」
「火星人が攻めて来たって言われた方が信じると思う」
「いっそ火星人と共倒れになってくれないかな」
「火星人の方がきっと強いよ。アイツら、ミサイルで死ぬもん」
「このミサイルが強いのもあると思うよ。何しろ防空ミサイルだからね。対空じゃなくて防空。響きがまず格好いい」
「生き物なのかな、アレ」
「そうなんじゃない、食事するし。内臓とか何処にあるんだって話ではあるけど」
「食事かあ」
「食料どうするかな……あと1週間くらいかな、備蓄持つの」
「勢いよく持ってかれちゃった割にはもった方だよねえ」
「あの子たちは生きてるからなあ。それぞれ武器とか持っちゃって。我が教え子ながら、すげえ主人公臭がしたよ。意外とあいつらの発生原因とか突き止めて、この事態を終息させてくれたり」
「漫画とかアニメならありそうだね」
「ヒーローが居ないなどと言う言説こそ、テレビの中だけの繰り言なのだよ、舞くん」
「私たちを助けてくれるヒーローはそれでもいないのだよ、明日香くん」
「私はー?」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだしなあ。あ、でも、ミサイル構えてる時はちょっと格好いいよ」
「でしょー。だから今日は、私が多めにご飯食べていいよね」
「節約しようよ、2人してさ」
「……舞はさ、いじめられてたん?やっぱり」
「いきなり切り込むじゃん……」
「このミサイル、スティンガーって言うんだって。毒針。蝶のように舞い、蜂のように刺す」
「こじつけくさい……まあ、置いて行かれた時点でお察しってことで」
「私、先生なのに気付けなかった」
「お姉ちゃんにだけは気付かれないようにしてたし」
「……死にたい?」
「凄いこと聞くなあ。ちょっと前までは、少しだけ。今は、こんな状況になって逆に急がなくてもいいかなって感じ」
「そっか」
「あ、ちょっと、頭嗅がないで。臭いから」
「いや、結構これが癖になって、うへへへ」
「この変態!じゃあ、お姉ちゃんも腋とか嗅がせてよ!」
「なんで腋!?マニアックだね、この娘は!あはは!くすぐった、くすぐったい!」
「えいっ!えいっ!……そろそろ日が暮れるね」
「あいつら、昼間飛び回って夜眠るとか、怨霊みたいな見た目してる癖にギャップあるんだよね」
「今日も1日、よく生きました」
「主に頑張ったのは私だけど」
「お姉ちゃんが頑張れるのは、私がいるからです」
「そこは特に否定しない」
「お姉ちゃんさ……今日は、一緒に寝ていい」
「腋嗅ぐの?」
「嗅がないよ、リベンジじゃないよ。なんとなく。ダメ?」
「いいよ、私もなんか、そんな気分だったから」
「えへへ、やった」
「じゃあ、この子も一緒に」
「スティンガーさん……なんか暴発とかしそうで怖いなあ」
「しないって。多分、きっと、めいびぃ。てかスティンガーさんって面白いな、なんか」
「ご飯の準備しよっか……明日から、食料のことも考えよう」
「ま、ぼちぼち行こうよ。助けに来てくれた人たちは食べられちゃったけど、自衛隊が丸ごと負けるほど強くないし、そのうち救助が来るって」
「だと、いいね。……お姉ちゃん」
「なあに?」
「……ご飯、やっぱり少し多く食べる?」
「可愛いな、こやつ。いいよ、節約しよう。一緒がいいよ、その方がいい」
「うん、一緒がいいよ。本当にそう。出来る限り一緒がいい」
「生きられるだけ一緒にいようよ。姉妹なんだからさ」 


【砲火後は歩いて帰ろう】
武器:ガトリングガン

 複数の銃身と機関部が回り、轟音と共に鬼どもを肉片に変えていく。
 鬼、人類の負の感情より生ずる人外に人害。東洋の死霊や悪霊を指す鬼の呼称が使われるが、世界中の神話や伝承を模した形態を取る。
 共通する弱点は金属。古くより鋼は魔を祓うという言い伝えまで再現してしまっているのだとか、人の恐怖心を形態に反映する際の伝達を阻害するからだとか言われているが、未だに答は出ていない。
 そんな人類の敵たる鬼を相手に、今日も無双を繰り広げているのが我が妹・天倉八瀬とその愛銃……愛砲?……の最新鋭ガトリングガンである。
 そして、毎分4000発の弾丸を発射する為の弾丸生成と駆動エネルギーの確保、あと女の子の細腕でも巨大な銃器を構え放てる剛力を与えているのこそ、私こと天倉七瀬だ。
 鬼は基本的に食欲しか人間に覚えない為、私たちの姿を見てもひたすら襲い掛かってくるばかりで、反応を返すことはない。返ってくるなら、流石にこんなことは出来ないと思う。

「姉さん、回転率と冷却効率が落ちています!もっとくっついてください!」
「あ、うん……こ、こう?」
「もっとです!胸を押し付けて!何なら足も!足も絡めてください!」
「え、えー……は、はい……」

 妹の背中にぴったりとくっついて、ほっぺた同士をくっつけ合い、足を軽く絡めている私を、鬼たちに感情があったらどう受け止めるだろうか。何やってんだと困惑するのか、尊いとか意外と興奮するのか。挟まりたい?死ね。殺すけど。
 ……鬼という敵が認知された時、最も問題視されたのが討伐に必要となる弾薬の数と輸送だった。鬼は金属に弱い、通常兵器で討伐自体は可能だ。けれど、何処で発生し、どの程度の強壮さを持つかの予測が極めて難しい。
 人口が密集している場所、古い伝承や神話所縁の地、かつて陰惨な事件の起きた現場。かつては様々な発生しやすい場所への仮説が提唱されたが、そのどれもが的外れだった。
 人類の負の感情というのは非常に流動的かつ想定的なものらしく、人気の全くない山中に鬼が発生し、野生動物を食らって生態バランスを崩す事件さえ起きていた。
 結果、最寄りの基地などから討伐隊を編成するのは無駄が大きく、また出現の予測が困難なせいで武器の配備やその補充で大きな混乱が引き起こされた。市街地に現れてから問題視されることが多いため、爆弾など広範囲に効果のある物は早々に使えないという問題もある。
 一時は世界中のあらゆる土地で軍事基地が建てられては維持できずに放棄され「人類は鬼に食われるより先に、自衛の為に自決していくだろう」というブラックジョークまで交わされたとか。
 そんな混乱の中で現れたのが、私たちのような特異なバッテリー人間……通称“砥體”。気心の通じた、あるいは極めて強い絆を持つ人間の使用する武器のエネルギー、疲労、弾薬、全てを接触することで賄うことができる、理論不明の生きた弾薬庫にして整備工場。
 武器はどんなものでも良い訳ではないが、法則性は全くのランダムで、裁縫針に最も強く作用する実戦にはまず投入不可能な“砥體”もいれば、ロケットランチャーなどの携帯火器では最強クラスのものに適性を示す“砥體”もいる。
 鬼の影響なのか、それとも危機に陥った人間が選んだ進化の形なのか、その素養は特に女性に発現することが多く、研究もままならないものの、いつしか“砥體”の家族や恋人が鬼迎撃の任を任されるのが1つの定型となっていた。
 流石に私たちのように、高校生で鬼退治をやらされているのは珍しいパターンらしいけど、ガトリングガンという強大な火力を遊ばせられるほどは、人類に余裕はないのが現状だ。

「八瀬……?八瀬ちゃーん……?おーい、八瀬ー!」
「どうしましたか、姉さん!」
「鬼、もう全滅してない?なんで撃ち続けてるの……?」
「……ちっ、気付かれましたか」
「今なんか不穏なこと言わなかった!?」

 ゆっくりと砲身の回転が止まり、私が担当していた分を僅かに超えた廃熱の蒸気が噴き上がる。
 屈強かつ強大な力を持つ鬼たちも、全てぐずぐず肉片に変わり、今や元の形は判別不能となっていた。もっとも、元は感情と言う形も質量もないものなので、討伐後は短時間で消滅してしまうのだが。ちなみに、私はこの力に目覚めてから、大好きだったハンバーグとさよならすることになった。

「八瀬、別に私は負担は無いからいいけどさ……建物とか壊したりすると、色々言われたりするからね?撃ち過ぎはダメだよ。ストレスが溜まる激務なのは分かるけれど」
「いえ、ストレスは姉さんの温もりと柔らかさでほぼ緩和されているのですが」
「え?」
「何でもありません、気を付けます」

 整備は必要ないとはいえ、そこから何か“砥體”のことが分かるかもしれないということで、鬼の発生が連続していない場合は、武器の使用後に最寄りの基地か警察へ出頭し、使用した武器を提出して報告する義務がある。
 車でも回してくれれば楽なのに、かつての輸送地獄が相当のトラウマなのか、歩いていかされることがほとんどだ。当然、ガトリングガンなんて普通の乙女では運びようがないので、街中をくっついて歩いていくことになる。

「八瀬、重たくない?」
「大丈……いえ、腕が引きちぎれそうです。もっと接触してもらわなければ」
「ええ!?こ、こう……?」

 流石に街中で背中に抱き着くのは無理なので、手をつなぐのが精いっぱいなのだけど、そんなことを言われてしまったは放っておけない。仕方なく、顔を真っ赤にしながら腕を組み、八瀬の小さな肩に頬を寄せる。
 お姉ちゃんなのに、こんな重責を背負わせてしまった申し訳なさが押し寄せて来た。友達と遊びたい盛りだろうに、私とばかり一緒にいて、本当は寂しい想いをしているかも知れない。
 それに……八瀬はこの仕事に必死なのかも知れないけれど、こんなにくっついて意識したりしないのだろうか。女の子同士だから、姉妹だから、全然恥ずかしくないとか。見られても平気だとか。そうだったらと思うと、なんだか泣きそうな気持ちになる。

「姉さん、何か考え事ですか?」
「え、あ、うん、大丈夫!何でもないよ」
「物憂げな姉さんも素敵ですが、あまり思いつめないで下さいね」

 優しい八瀬は冗談も絡めて私を励ましてくれる。
 今は、これで十分。明日も続くであろう恥ずかしい戦いに備え、私は決意を固め直すと、八瀬の肩に軽く頬ずりした。

「……八瀬?鼻を抑えてどうしたの?もしかして、さっきの戦いの中で打ったとか?」
「……姉さんは、意識とか全くしていないんでしょうか。はぁ……」
「???」


【姫騎士ユニコと妹姫】
武器:レイピア

 ユニコーン。
 額に1本の角を生やした馬の姿をした神獣。その角には蛇の毒を癒す力が含まれていると言われている。気性が極めて荒く獰猛で、“憤怒”を司る悪魔とされることすらある。何れの伝承においても、処女に対してはその心を開き、騎乗を許し、その膝に身を任すという。
 それともう1つ付け加えるなら、姫岸由丹子のあだ名。

「ぎえっ!?」

 胸を、一突き。
 刃止めこそしてあるものの先端は鋭利であり、目や喉を狙えば命を奪うことも容易い。
 そんな武器を容赦なく振るうことの出来る精神性もまた、姫岸由丹子の強さの秘訣の1つである。

「うぐぐ……ま、参った」
「なかなか良い動きと気骨だが、やはり乙女に相応しいとは言えないな。技を磨き、心を鍛え、改めて想いを見つめ直してくるといい」

 屈強な柔道部の主将を下し、惚れ惚れするような笑顔で語り掛ける由丹子。周囲のギャラリーから拍手が起こり……それを掻き消すほど激しいスパァンッ!という音が鳴り響いた。

「何してんのよ、ユニコ!?」
「やあ乙女。お姉ちゃんだよ」
「知ってるわ!いや何、なんで今自己紹介したのこっわ!」

 顔はよく似通っているのが、ユニコがそれこそ物語の女騎士や戦乙女のように気品が漂うのに対して、乙女と呼ばれた少女の方は活力が魅力を増しているタイプ……悪意なく評するなら町娘といった風情だった。
 その手に握られたハリセン(新聞紙で作った自家製)でぺちぺちとユニコの頭をはたきながら、乙女はユニコを問い詰める。

「あのさ、ユニコ……何してたの?」
「いつも通りだが?乙女に恋心を抱いたという殿方が居たから、その力を量っていた。残念ながら、乙女を任すには少しばかり頼りないという結論に至ったが」
「だからなんで!?私、頼んだことないよね!?妹の恋愛になんで姉が介入してくるのよ!」
「幼い日、乙女自身が契約したからじゃないか」
「ああああそうでした再確認ッ!バカ!あの日の私!」

 それは、姉妹の幼き日。
 賢く不屈の心を持った王女様と、彼女に仕えてあらゆる困難を討ち貫いていく姫騎士の絆を描いた物語。当時はびっくりするくらい影響を受けやすかった乙女は、その物語に甚く感動し、憧れたのだ。

『私もお姫様になって、素敵な騎士に守られたいな~、そうだ、お姉ちゃんが騎士になってよ』
『おままごとの騎士役?』
『ちーがーう!ずっと!一生!乙女姫に忠誠を誓って、あらゆる危険から守るの!例え顔だけ綺麗な王子様が近寄ってきても、2人の絆のために悪心を暴いてやっつけるような、本物の守護者!』
『よく解らないけど、頑張るよ。じゃあ、乙女も由丹子のこと、騎士として呼び捨てにした方がいいかな』
『うむ、解って来たみたいね。苦しゅうない、騎士ユニコよ』

 飽きっぽい子供の話である。乙女はすぐに別のアニメや漫画にハマり、命令を修正したり撤回したりするのを怠るという致命的なミスを犯した。
 結果、ユニコはひたすらに己を鍛え上げ、乙女の為にあらゆるものを捧げ、過剰なまでのその身を守るようになった。
 更生不可能なレベルにそれが達していると乙女が気付いたのは、中学3年生の時にサッカー部のキャプテンに告白され、その場でユニコに決闘を申し込み惨敗した時。あまりにも遅すぎた。

「あのさ、常識、あるよね?私以外のことに関しては成績とか素行とか上だもん、ユニコには常識あるよね」
「そんなに褒められたら、何でもしてあげたくなってしまうな」
「何にもしなくていいんだってば!?おかしいでしょ!?姉妹だよ、高校生だよ!?漫画やアニメじゃないの!なんでレイピア下げた女の暴行事件がスルーされてんの!?」
「事前にフェンシング部の練習だと申請しているし、生活指導の先生と生徒会長は私のファンだそうだよ」
「思ったより酷い理由だった!?癒着だ!正義は何処に!?」
「乙女が正義さ」
「正義無視されてるけどね!?」

 斯様にユニコの意思は固く、乙女が無効を訴えてもどこ吹く風。
 厄介なことに、乙女本人も自分の幼い頃からの気性と言うのは理解していて、ユニコがこうして側にいてくれないと色々危ういというのが解っても居るというのが悲しいところだ。
 今回の柔道部主将はナイスガイだったが、中学生の頃のサッカー部キャプテンなんかは女癖が悪く、落とした女の数を友人たちと競ってゲームしていたと後で知った。

「(程ほどに守ってもらいつつ、けど私のやりたいことには口出ししない、そういう都合のいい姉になってくれたら最高なのに)」

 かなりゲスいことを考えていた乙女であったが、意外にもそのチャンスが直ぐにやって来た。

「告白を受けた」

 その日、ユニコを車道側にして並んで帰宅中のこと。
 突然の報告に、乙女は目を丸くする。

「告白って……え?ユニコに?付き合ってほしいって?」
「そういうことだね」

 考えてみれば、ファンなんか付いているくらい、ユニコは男女ともに人気が高い。自画自賛にもなるが顔は美人な方だし、いつも凛としていて整った印象があるし、乙女絡み以外なら誰にでも親切で優しい。
 これまでその手の話が無かったのは単純に高嶺の花だと思われていたか、乙女絡みの行動で引かれていたかだろう。つまり、今回の誰かさんは勇気に溢れ、実の妹もドン引きする行動力を受け入れる包容力の持ち主ということになる。
 この時、乙女の中の計算高い部分は「これでユニコに恋人が出来れば自分に異様なほどの干渉をすることは無くなり、単に妹に甘い姉という旨味だけ享受できるな」という想いが無かったかというと嘘になる。姫岸乙女はそういう女であるので。
 けれど、その心の声が想像以上に小さく、それを掻き消すほどに騒ぎ立てる別の声があることへの困惑の方が、乙女の脳内の大部分を占めていた。

「断って」
「え」
「断りなさいよ。絶対ミーハーな奴だって。人気者の姫岸由丹子を側に侍らせて悦に浸ろうって奴に決まってる」
「乙女?どうしたんだい、急に」
「ていうかさ、今まで散々私のことは邪魔してきたよね?なのに自分の時は即OKなんだ。へーへー、そりゃあ私、頭も悪いし腕っぷしも弱い、ユニコみたいに一突きで大男倒すなんて無理だもんね。自分を阻むものは何もない!だから好き勝手しちゃうって?とんだ騎士様ねホントにさ」

 今まで散々詰って来た“乙女の騎士”という在り方まで持ち出して絡みだす自分に、乙女の心が警鐘を鳴らす。明らかに前後が矛盾している。自分は冷静さを欠いている。何でかは分からないけど欠いている。とんでもなことをこれでは口にしかねない。

「ほら、断ってよ。電話でも何でもいいからさ。今、今すぐ。私の前で、ユニコは勝手に断って来たんだから、こうしてちゃんと自分でやらせてあげるのは有情でしょ?」
「いや、全然違う話だと思うけれど」
「うるさいなあ!私のいうこと聞いてよ!」

 思い切りヒステリックに叫んでしまった。次は何を叫ぶのか、自分の本音が何処にあるのか。これまで感情の爆発の方向性すら、ユニコに依存していたことに気付き、軽く足が震えだす。
 そんな乙女の目の前で……ユニコが、レイピアを抜き放った。

「え」

 そう言えば、彼女がいつの間にか調達してきたこの細剣を、正面から見るのは初めてのような気がする。自分にそれが向けられることなんてありえない。無邪気に乙女は信じていた。それがごっこ遊びの延長だと、誰より主張していたのは乙女なのに。

「ま、ままま、待って、落ち着いてよ、ユニコ。私もね、ちょっとアレ、おかしくなってた。謝ります、ホント謝る。怖いから。何ならこれまでのあれこれも併せて謝る。本音も言っちゃう、ホントはユニコが私のこと独占してくれてるみたいで嬉しかったです。だって、もっと根本的にどうこうする方法あったじゃない。けれどやんなかったのは、こういう関係が私たちだと思ってたからであああああ怖いってぇぇぇぇぇぇ!」

 そして、生まれて初めてユニコはレイピアを乙女に向けて───自らの姫に向かって突き出した。
 ……柄の方を。

「へ」
「もし、何かの契機で私が変わってしまうと不安に思うなら、それで私を突くといい。その度に、私はその痛みを誓いの重みに変えて、乙女を不安にさせた己への自戒にしよう」
「え、意味わかんない。怒ってないの?」
「怒るもんか。“憤怒”を司る悪魔ユニコーンは……乙女を貫く角は、持ち合わせないのさ」

 ……結局、ユニコのいつも通りの芝居がかった物言いに正気付いた乙女は、レイピアを受け取った後、いそいそとユニコの腰に下げ直した。何故かずっとニコニコされて、ひどく居心地悪さを感じた。

「ユニコってさ……私より頭いいと思ってたけど、割と馬鹿だよね」
「乙女の姉妹だからね」
「自然にディスるじゃん?」

 はあ、と大きくため息が出た。
 この姉は、きっと変わらない。自分が大昔に縛り付けたまま、これからも生きて、側に居る。それを嫌というほど思い知らされてしまった。知っていたけれど。

「……もう、いいや。付き合うのも断るのも、断るのも好きにしなよ」
「断る方が1回多くないかい?それに、もう断ったんだけど」
「……あ?」
「私は一言も“答を保留中”なんて言ってないよ」

 しばらく並んで歩いて、調度信号で立ち止まる。
 乙女は、理不尽だなあと自分でも思いつつ、鞄からハリセンを取り出すと。
 スパァンッ!と派手な音が2人の間に響き渡った。

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