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ノンサッチ自警団新聞/Vol.7

【2019年10月5日】Vol.7 "10月4日はノンサッチ記念日“号

●本号で既報の通り、この年は結局のところ、当団が選ぶ2019年のベスト・アルバム(ノンサッチ以外も全部含む)は本当にこの2枚に落ち着いた。ギャビー・モレノ&ヴァン・ダイク・パークスのコラボレーション・アルバム『Spangled』と、レイチェル・プライス(レイク・ストリート・ダイヴ)がニューイングランド音楽院の同窓生、ヴィルレイと結成したデュオRachael&Vilrayのセルフ・タイトルド・デビュー・アルバム。派手なチャート・アクションはなかったが、2作ともそれぞれ高く評価されたし、深く長く話題になった。どちらも、当団の考える“ノンサッチっぽさ”をがっつり体現するようなアルバムだ。

●遡ること約1年前、18年の独立記念日に突如ベネフィット・シングルとして発表されたモレノ&パークスの「The Immigrants」。トリニダード・トバゴ出身のSSWデヴィッド・ラダーが98年に発表した曲のカヴァーは、とても明るく陽気なヴァン・ダイク流カリプソがごきげんだった。が、かねてからトランプ政権に対する怒りを隠すことがないヴァン・ダイクが、グアテマラ出身のモレノと組んで、今あえてこの曲をカヴァーするということは、現政権による無慈悲な移民政策に抗議する強烈なメッセージであることは間違いなかった。当時は、これはベネフィットのための単独プロジェクトになると思われていた。が、ふたりの企みがえんえんと続いていたのを知ったのは1年後、19年秋にモレノ&パークス名義によるニュー・アルバムのリリースが発表された時だった。パナマのボレロ、ブラジルのボサノヴァ、アメリカの民謡……北米も中南米もひっくるめたアメリカ大陸の歌を集めた、美しいパン・アメリカン・ソングブック。ヴァン・ダイク・パークスにとってモレノとのコラボは、ある意味21世紀版の、あるいはトランプ政権時代の『SMiLE』的な思いもあったのだろうか。

●アルバム発売の情報解禁と共に初公開されたのが、ジャクソン・ブラウンをゲストに迎えた「Across the Borderline」の録音風景を編集したPV。これもカヴァーで、オリジナルはライ・クーダー、ジョン・ハイアット&ジェイムズ・ディキンソンの3人がウィリー・ネルソンの同名アルバム『Across the Borderline』(’93)のために書いたものだ。PVはオーケストラを指揮するヴァン・ダイクの勇姿に始まり、突如ヌッと現れてモレノと共に歌い始めるジャクソン・ブラウン、ソングライターであるライ・クーダーの姿も……と、本紙既報の通り、とにかく豪華極まりないサプライズな顔ぶれで、まちがいなく全国のニュー・ミュージック・マガジン世代の中高年を大いにむせび泣かせた。

●ちなみに、ギャビーは19年7月のLIVE FROM HEREでも「Across the Borderline」を歌っている。この時はバンド編成ではあるのだが、クリス・シーリーとクリス・エルドリッジが2人でコーラスまでしているほぼトリオ編成ヴァージョンで、これもまた悶絶モノの素晴らしさなのでお時間に余裕があればぜひ見て悶絶お願いします。ゲイヴ・ウィッチャーのとろけるようなフィドルもあったりして、本当に、女性アーティストをサポートする時のパンチ・ブラザーズって完全にプリンセスとイケメン騎士たちみたいな状態でカッコよすぎて困る。

●VDPとモレノのコラボにも驚いたが、それ以上に衝撃的だったのがレイク・ストリート・ダイヴのレイチェル・プライスとヴィルレイのデュオだった。プライスの魅力はすでに当団では周知の事実だったが、ヴィルレイという驚くべき才能は2019年最大のサプライズだったと言っても過言ではない。前述のようにヴィルレイはプライスの音楽学校時代の同窓生だが、当時はお互い全然違う指向の音楽をやっていたという。ヴィルレイは卒業後に演奏・作曲活動から離れていたこともあり、最近はライヴやインディーズでのリリースをしながら別に仕事を持つパートタイム・ミュージシャンとしてNY中心に活動していた。こんなにも弾いてよし歌ってよしの凄い才能が、よくぞここまでメジャーデビューせずに温存されていたものだと驚きを禁じ得ない。昨今はレトロ・ポップスがひとつのジャンルになっているというか、『マッドメン』以降のノスタルジア・ブームも追い風になっているのかもしれないが、ヴィルレイさんの場合はもともと古き良きグレイト・アメリカン・ソングブック体質だったんだろうなぁ。それが、子供のころにはドリス・デイになりたくて毎日ドリスのビデオを見ていたという、ちょっと特殊な幼児体験を経て大人になって、ソロとしてはジャズ・シンガーとしてのキャリアもあるレイチェル・プライスとコンビを組むことによってものすごいケミストリーが起きた、と。

●これ(↑)は97年の映像。近年は、時々こんな感じでプライベート度の高いライヴをやっていたようだ。そして、レイク・ストリート・ダイヴの縁もあり、ノンサッチ・レコードからデュオとしてのデビューが決まる。ちなみに、エグゼクティヴ・プロデューサーは現ノンサッチ名誉会長ボブ・ハーウィッツ。ハーウィッツは社長職を退任するにあたり、リタイアするのではなく再び制作現場に戻ることを熱望。年間何枚かのアルバムにプロデューサー、A&Rとして携わることを会社に約束させたという(私がノンサッチを信頼する理由のひとつが、このエピソードだ)。ハーウィッツが関わる作品はnonesuchというレーベル名を体現するような、音楽的にひねりと洒落が効いていて、ちょっとスノッブな特別感とありそうでなかったポピュラリティとが絶妙なバランスにニンマリさせられがち。現在のノンサッチはヴァンパイア・ウィークエンドの大ブレイクを手がけた超ヤリ手社長のもと、レーベルとしては攻めの姿勢を崩さず、が、ハーウィッツ系は“高級脱力系“とても呼びたい独特のスタンスがあるスピンオフ・シリーズのようで。そこも好き。

●アルバム・リリースが発表されて最初に公開された2曲のうち1曲が「Let's Make Love on This Plane」のPV。本人たちは登場しない、古きよきゴージャスな空の旅を描いたドラマか映画の素材を使ったイメージ映像。歌詞を聴かなければ、まさに『マッドメン』もどきのオシャレで素敵なロマコメ風の曲だと思うだろう。が、実際は飛行機の中で愛し合おうぜ…というか、ズバリ×××しようぜというハレンチな歌詞で、まぁ、そういう意味ではこれもまた、オシャレで素敵なようでいて50〜60年代の米国文化が現代へと残した負の遺産についてまで深く踏み込んだ『マッドメン』的でもあると言えるけれど。とにかく、そのあたりのひとひねりが油断ならない。

●かと思えば、この曲と同じタイミングで公開された「Do Friends Fall in Love?」はタイトルどおり“友人どうしでも恋に落ちる?“というテーマを歌った、『ニューヨーカー短編集』所収の古い短編小説みたいな雰囲気の小粋なラヴ・ソング。アルバムがリリースされてすぐ、CBS『ザ・レイト・ショウ』の司会者であるスティーヴン・コルベアがこの曲について「1日じゅう頭から離れない曲があるんだよ」と話して、“ヴィルレイってやつが、レイチェル・プライスと一緒にね…“とデュオのことも詳しく紹介。彼らの名が全米に広く知れ渡ることに大貢献した。

●コルベアの耳まで届いたのは、番組の音楽監督を務めるジョン・バティステが彼らの友人でアルバムにもゲスト参加していたことが発端なのだが、全米でもっとも影響力のある司会者のひとりで、ちょっとやそっとの宣伝トークはしてくれないコルベアにそんなことを言わせてしまうレイチェル&ヴィルレイのかっこよさ。なお、その後しばらくして、彼らは正式な音楽ゲストとしても番組出演。当然のことながら、バティステも参加しておおいにもりあがりました。

●余談になりますが。今どきのグレイト・アメリカン・ソングブック好きの心を鷲掴みのレイチェル&ヴィルレイはアマチュア・ミュージシャンたちのカヴァーも多く、ステイホーム期間中にヴィルレイがインスタ・ライヴで彼の曲をカヴァーするコンテストを呼びかけたりもしていた。私のお気に入りは、YouTubeをパトロールして見つけたシンガポールの若者たちによる「Do Friends Fall in Love?」。長いつきあいの大人のラヴ・ストーリーが浮かんでくる本家ヴァージョンとはまた違う味わいの、甘酸っぱい青春ドラマみたいなテイストがチャーミング。フリッパーズ・ギターのデビュー・アルバム『海へ行くつもりじゃなかった』なんかも思い出しちゃったりして。





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