見出し画像

ノンサッチ自警団新聞/Vol.8

【2019年10月8日】Vol.8 "ついにブルックリン・ライダーが自警団案件に⁉︎“号

●そもそもノンサッチ・レーベルの最新情報を自力で収集することが当団の設立目的であり、よって当紙も基本的にはノンサッチのアーティストやリリース作品を紹介するための機関紙ではあるのだが。厳密にレーベルからの発売商品や契約アーティストだけでなく、できれば音楽的な意味で“ノンサッチ的な“広義のNonesuch-ishな音楽まで紹介したいという思いが個人的にはあった。いや、別に個人でやっているので個人的も何もないのだが。とはいえ、そうやって枠組みを広げてゆくと多分ものすごくいろんな人たちを取り上げることになり、単に自分の好きな音楽日記になってしまうので、あくまで“ノンサッチ自警団の機関紙“という偽コワモテ感のある縛りは守ろうというのは創刊当初からマイ・ルールとして決めていた。


だ、だ、だが、とはいえ、それでも、現実ではまったくノンサッチに関係なくても脳内ノンサッチというか、ノンサッチから出ていたらいいなーと思うアルバムや、いつかはノンサッチから出して欲しいなーと思うアーティストもいるわけで。たとえばアイム・ウィズ・ハー。たとえばゴート・ロデオ・セッション。たとえばyMusic。そして、たとえばブルックリン・ライダー。そんなわけで、いろいろとこじつけて、以前ノンサッチからリリースしていたとか、ノンサッチに縁が深いとか、なんらかの“ニアミス“カタログ/アーティストも自警対象とし、新聞で報じて良いことにした。ゴート・ロデオ・セッションなどは、ソニーのプロジェクトとはいえ中身(メンバー)はほぼほぼノンサッチだし。アイム・ウィズ・ハーも、ニッケル・クリークでもソロでもノンサッチ作品があるサラ・ジャロウズがいるし、3人とも何かしらの作品に参加しているからよしとした(て、これ、誰目線だろうか)。yMusicも、ザ・ステイヴスとのコラボ盤を出したのでよしとした。

だが、しかし、長年、かすりそうでかすらない“ノンサッチっぽいけど違う人たち“ナンバーワンの座に輝き続けた人たちというのもいて、その代表格がブルックリン・ライダーだった。2015年、おそらく本紙でとりあげた組曲の録音かリハーサルだったのではと思うのだが、ブルックリン・ライダーのSNSにジョシュア・レッドマンとスタジオで一緒に演奏している写真が投稿された。しかも、それがものすごく楽しそうだった。ああ、こんなに楽しそうなのだから、きっとどちらかのアルバムにどちらかが客演するに違いない。できればレッドマンのノンサッチ盤に参加して、で、それをきっかけにして、その後、ついでにノンサッチからブルックリン・ライダー名義のアルバムも出す、という展開になってはもらえまいか。と、当団結成4年前だったが、すでに妄想を爆発させていた。

と、説明が長くなりましたが、ここで最初にお断りをしておく。今回の記事は、ジョシュア・レッドマン新作リリースという話題にかこつけたブルックリン・ライダー特集号の体裁になっている。すいません。たぶん、これから話が横道にそれまくるに違いなく、最終的にレッドマンに着地できる自信がありません。今回はブルックリン・ライダーについての豆知識を補足するのがテーマということでご承知いただければ幸いである。レッドマンw/ブルックリン・ライダーのアルバム『Sun on Sand』については本紙に詳しいので、そちらをお読みいただきたい。まー、でも、ノンサッチなのでレッドマンについてはいずれたっぷりがっつりと書く機会もあるに違いないので(当団比)。

●ということで、ここではあらためてブルックリン・ライダーのプロフィールについて補足をしておきたい。当時の投稿にも「ついにブルックリン・ライダーが自警団案件に!」とあり、情報量としても本紙創刊以来の文字数の暑苦しい仕様になっているものの、できあがってみたらグループについてほとんど説明がないことに気づいた次第だ。読者=自分としか考えていない編集方針がよくわかる。少し反省した。なので、今回ちょっとリヴァイズ。

ブルックリン・ライダー(The Brooklyn Rider)は、グループ名のとおりNYブルックリンを拠点に活動する弦楽クァルテット。同じくブルックリン拠点のチェンバー・オーケストラ、ザ・ナイツ(The Knights)を率いるコリン・ジェイコブセン(ヴァイオリン)とエリック・ジェイコブセン(チェロ)のジェイコブセン兄弟と、ジョニー・ガンデルスマン(ヴァイオリン)、ニコラス・コーズ(ヴィオラ)の4人で2006年に結成。当時、この4人はヨーヨー・マがオーガナイズするシルクロード・アンサンブルのメンバーでもあり、多国籍・多種類楽器のヴィルトゥオーゾ集団である同アンサンブルの中で屋台骨的な役割を果たす“バンド内バンド“でもあった。指揮者としても活動するエリック・ジェイコブセンは2016年、オーランド交響楽団の音楽監督に就任したことをきっかけに、指揮活動に集中するためにグループを脱退。後任として現メンバーのマイケル・ニコラス(チェロ)が加入した。ちなみに本号で紹介したジョシュア・レッドマンとのアルバム『Sun On Sand』は新譜だが録音はエリック・ジェイコブセン在籍時の2015年録音なので、オリジナル・メンバー作品の最後のリリースでもある。

●結成当時から“弦楽クァルテットの未来“と称賛されてきたブルックリン・ライダー(以下BR)は、ジャズなどクラシック以外のジャンルを含む現代作曲家のレパートリーで知られているが、切れ味鋭いアンサンブルならではの古典・近代レパートリーも素晴らしい。2021年のグラミー賞では、ベートーヴェンと現代の作曲家作品を組み合わせたアルバム『HEALING MODES』が最優秀室内楽/小編成アンサンブル・パフォーマンス部門にノミネートされている(現時点では受賞式前)。このアルバム、当団では“お嬢“の愛称でおなじみの、今をときめくキャロライン・ショウを始めとする気鋭の作曲家たちによる作品をベートーヴェンと交互に並べて演奏することで、生誕250周年の楽聖が“今“を生きる音楽と地続きであることを体現した意欲作だ。

●このアルバムをリリースしているのは、メンバーのジョニー・ガンデルスマンが主宰するブルックリンのインディーズ・レーベル"In the Circle"。他にもザ・ナイツのヴァイオリニストでSSWのクリスティナ・コーティンの最新ソロ(ちなみに前作はノンサッチ)や、メンバーのソロを含むシルクロード・アンサンブル関連など佳作をいろいろリリースしている。ガンデルスマンが長年取り組んできたバッハの無伴奏チェロ組曲をヴァイオリンで奏でるプロジェクトも、このレーベルでCD化された。で、当団はこのバッハ・アルバムのクラウドファンドに参加して、昨年、なんとガンデルスマンさん御本人からご連絡をいただき、ちょっとだけやりとりして、住所をメールしてCDをお送りいただくという光栄に浴した。ところが、なんと、最初、ガンデルスマンのソロではなく、まちがって上述のBRの新譜が送られてきたというインディーズあるある。しかもそれが、発売日の1か月くらい前の新譜だったという結果的フラゲ!
迷ったあげく、恐る恐るガンデルスマンさんにメールをすると「あちゃー!すぐに新しいのを送ります。でも、BRの新譜もとてもよいですよ」という優しいお返事が。そして無事にソロ・アルバムのほうもお送りいただいた。という、結果的にとても思い出深いアルバムとなりました。


ちなみに当団、このレーベルからは前々からBRのアルバムを含めてけっこう直販で買っていて、いつも同じ人の筆跡と思われる手書きの宛名でブルックリンの郵便局から届く…というのが、クラシックなのにインディー・ロックの通販みたいでいつも楽しみだったのだ。が、この時初めて、これまでずっと郵送と宛名書きをしてくれていたのが、なんとレーベル・オーナーにして名ヴァイオリニストのジョニー・ガンデルスマンさんご本人だったという驚愕の事実を知ったのだった。しかし、そうなると、今回、この小さなインディ・レーベルからグラミー・ノミネート作品が出たというのは、レーベル運営者&アーティストとして本当に嬉しかっただろうなー。


あ、せっかくなので、そのガンデルスマンさんのバッハもぜひ見ていってください。アルバムも素晴らしく、ヨーヨー・マがチェロでヴァイオリンの音域まで軽々と押さえる時の音色を思い出すような、ご本人のお人柄を反映するような何ともいえない温かさがにじむ端正な演奏がヴィヴィッドにとらえられている。クリス・シーリーのバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタをマンドリンで弾いたアルバムと一緒に聴いたりすると、より楽しいかと存じます。

●BRによるベートーヴェンといえば、自作曲を含む現代作品を楽聖の晩年の傑作・弦楽四重奏曲第14番と組み合わせて“ヤッピー好み“なモダンなクラシック作品と評判になった2012年の『SEVEN STEPS』もある。彼らは、アルバムというパッケージならでは面白さを生かした見せ方がとてもうまい。


本紙コラムでもとりあげたが、2014年にはヴィジェイ・アイヤー、ビル・フリゼール、マイ・ブライテスト・ダイアモンド、イーファ・オドノヴァン、パドマ・ニューサムら多彩なジャンルの豪華な面々が作曲家として提供した楽曲を演奏する『Brooklyn Rider Almanac』(Mercury)という好企画盤も激しくおすすめだ。ちなみに、本当に余談中の余談になるが、このアルバムでのイーファ・オドノヴァンの提供曲が大好きだったので、I'M WITH HERで初来日した時にインタビューしたイーファさんにそう伝えると『エリック(・ジェイコブセン)はフィアンセなのよ!』と教えてくれて、あまりの電撃情報に「ひえーーー」と当団がおおいに動揺して腰を抜かしていると、隣にいたサラ・ワトキンスさんからも「彼、とってもキュートよねー(にやにや)」と貴重な追加情報をいただき、にわかに取材場が女子会わいわいモードになって大盛り上がり、結果としてとてもよい雰囲気の取材になったことは懐かしい思い出だ。その後おふたりはめでたくご結婚、今ではイーファとエリック夫妻の間にはミニ・イーファのような元気なお嬢ちゃんがいて、それぞれのインスタグラムに時折アップされる成長日記が本当にかわいくて、楽しみなんです。


と、そんな話はさておき。彼らのようなオールラウンドの室内楽奏団はポスト・ロック〜ポスト・クラシカルなど他ジャンルとのコラボレーションを重ねるうちに、自然と自分たちもクラシックの枠の外に出る機会も増えてくる。もはやクラシックか非クラシックかという境界線もなくなったような活動ぶりで、ベン・フォールズやポール・サイモンとの全米&ワールド・ツアーまでこなすyMUSIC然り(2チェロズ、みたいなことではない)。ただしBRの場合、自分たちはクラシックというテリトリーにとどまり続けることにこだわっている、というのがひとつの大きな特徴。枠の“外側“にいる人たちを招くことでクラシックの“内側“にケミストリーを起こすことこそが、彼らの真骨頂だ。

●BRの多彩なコラボに関しては本紙でも別枠コラムで少しご紹介したが、これまで数えきれないほどいろんなタイプの人々と共演を重ねている。そのあたりの身軽さは、もともと異文化交流を原点とするシルクロード・アンサンブルでの経験も生かされているのだろう。最近ではアイルランドの巨匠フィドラー、マーティン・ヘイズとのコラボレーション・アルバム『Butterfly』(2019年、In A Circle)もあった。アイリッシュ・トラッドを媒介にしたフィドルと弦楽四重奏の融合は、あまりにナチュラル。

やや実験的な色あいもある作品だが、もともとクラシックの近代室内楽にしても、欧州各地のダンス音楽の要素をモチーフにした作品は多いわけで、そう考えると、今、アメリカーナやトラッドと現代音楽が急接近していることも自然のなりゆきなのだ…なんてことも考えさせられる。

●2018年、メキシコのジャズ・シンガー/ソングライターのマゴス・ヘレーラとコラボレーションしたアルバム『Dreamers』(ソニーマスターワークス)も感動的な一枚だった。日本ではそんなに話題にならなかったような記憶があるが、当団としては、このアルバムは今後、いつか必ず再び注目されるべき作品だと思っている(ノンサッチではないけれど)。

米国では、不法移民の親に連れられて米国に移住した子供たちを、新天地での未来を夢見る人たちという意味で“ドリーマーズ“と呼ぶ。本作はけっして政治色の濃いアルバムというわけではないが、しかしトランプ政権下でドリーマーズへの非情な処遇が大きな問題になっていた時期のリリースだけに、メキシコ人であるヘレーラを米国の弦楽四重奏団がバックアップするという図式そのものも含め、大きなメッセージがこめられた作品だった。

ここでのBRはどちらかといえばバックバンド的というか、ヘレーラの歌声を支えることに徹した演奏を聴かせている。が、それでも、両者の魂がいきいきと交歓するさまは音の端々から伝わってくる。共演の映像はYouTube上にもいろいろたくさんあるのだが、特にNPR"Tiny Desk Concert"でのセッション風ですごく楽しそうな演奏が当団のお気に入りなので、ここではそれをご紹介しておく。

●限りなくクラシックに近い側面があるけれどクラシックじゃない、だけど、言語としてはクラシックがほぼ母語に近いくらいのバイリンガル、トライリンガルなミュージシャン…という人たちにとって、優雅でしなやかなクラシックの世界から足を踏み外さないままスリリングな冒険をも楽しむことができるBRとの共演はとても心地よく刺激的だと思う。

たとえばベラ・フレックは自身の協奏曲アルバムのカップリングにBRとの弦楽5重奏曲を収録しているし、彼らと全米ツアーまでおこなっている。もう10年近く前のことになるが、ベラと一緒にライヴハウスやレコード店でも演奏しているロック・バンドのような弦カルがいるなー…というのが、BRを知る最初のきっかけだった。そんなわけでベラ・フレックとのアルバムや映像もご紹介したいところだが、もうここまでで5000字も超えてしまったので、これもまたいずれご紹介したい。


が、最後にもうひとり、やはりノンサッチ自警団としてはシンガー・ソングライター、ゲイブリエル・カヘインとBRの長きにわたる友情と信頼について書きとめておかないわけにはゆかないだろう。

カヘインとBRのコラボ名義作品としては、本紙でも紹介している2016年の『THE FICTION ISSUE』などがあるが、他にもBRのジェイコブセン兄弟が主宰するザ・ナイツとの共演盤もあるし、お互いの作品に演奏やアレンジでちょこちょこ登場しているし、他の人の作品に一緒に参加したりもしているし、エリック・ジェイコブセンは自身がオーランド響の音楽監督に就任した時にも就任コンサートのためにカヘインに新作を委嘱しているし。もう、本当に仲良しで、一緒に何かやっているというニュースは、たとえどんなに小さなトピックでも常に当団を歓喜させてきた。なので、今のところカヘインさんがノンサッチなわけだしBRもぜひノンサッチにと思わずにはいられない。そして、もしそれが叶わなかったとしても両者のがっぷり四つな共演は、どこのレーベルだろうと、録音もされない密室の逢瀬だろうと、いつだって地球上のありとあらゆるコラボレーションの中でもっとも見てみたいコラボのひとつであり続ける(特に最近、カヘインさんの動向がちょっと謎なこともあり、それを熱望している次第)。

●レコード屋の仕切り板も演者別ではなく作曲家別のほうがメインのクラシック界にあって、グループ名で買いたくなるクァルテット。それがBR。現代音楽の敷居は私のような衆愚にはなかなか高いものだが、この人たちの演奏ならどんな曲でも聴いてみたいと思うような魅力的なグループに出会えば世界は変わる。

実を言うと、ヨーヨー・マは好きだけれどもシルクロード・アンサンブルはどうやって聴いてよいものかわからん、と敬遠していた時期がある。だが、その中にいるBRをひとつの道しるべとして聴いてみるようになってからは、シルクロードのカオスめいた魅力もグッと身近で楽しいものに思えてきた。揺るぎない技量と明快な解釈をもって大衆への“通訳“的な役割を果たすという意味では、BRもまた、クロノス・クァルテットに近い一面があると言えるだろう。だから、当団としては今後もしつこく“ノンサッチに来てほしい弦楽四重奏団“の第一位にBRを掲げてキャンペーンを続けて行こうと決意する所存である。

●結局、7000字もブルックリン・ライダーを熱く語ってしまったので、もう、広げすぎた風呂敷のたたみようがないので、最後にめっちゃカッコいいブルックリン・ライダーのライヴ映像を貼って終わりたいと思います。ここまでくると、もはや本稿を読んでいるのは自分以外誰もいないのではないかという「復活の日」の草刈正雄状態のような気もしないでもなくなってきたが、ここでひるんではいけないのが当団の掟。孤独を恐れず自分で自分を接待するべし、という当団の設立理念にのっとって、何度見てもほれぼれする最強ベスト近影ライヴを。2019年5月、これまでパンチ・ブラザーズやアイム・ウィズ・ハーの極上ライヴ映像なども配信してきたボストンのナイス番組〈Front Row Boston〉からの映像です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?