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商店街のしがらみが総ての元凶であり「原始ネオリベは正義」であった話

もはや覚えているほうが少数派であろうが、昭和の家電製品なんか家のおやじが地域のナショナルの店などに行き「いいテレビないか」「これが新型だよ」みたいなやり取りの上で「店主が」何を買わせるかを決めて言い値(定価より相当値引き)を払ってくるのが常識であった。

なんで、店側がそんなに上からかというとメンテナンス込みの付き合いということもあるし、町内の買い物は近所でみたいな同調圧力があって他所で「より安いもの」を買うてもすぐバレて気まずかったりするのだ。

例えば隣のおやじが家に来た時、新型のテレビがあったりすると「おっ、〇〇さんとこで買うたんか」って悪気なく探り入れられるんだよ。ムラ社会の監視とはそういうものだ。

もちろん、イチゲンの客が来ても売るのだろうけどその時は(長い付き合いが望めないなら)定価に近い額で売られていたことは想像に難くない。

この御町内自給自足システムの怖いところは小規模店に大量在庫は抱えられないので子供が新しい自転車を欲しいって町の自転車屋に行っても店主が「おう、坊主これがいいぞ」って出して来たらほぼ選択の余地がない、雑誌の裏表紙の広告に載ってるようなかっちょいいものはまず買えず型おくれのダサいものを出してくる。金を出すオヤジは大人の付き合いを優先してさっさと決めたがるし大人二人に逆らって断るなんざ出来やしない。

そういう何でも高くて選択肢のない町内商店街のしがらみに皆うんざりしていたのだから、小規模事業主ために大店法を作った自民党が疎まれ「規制緩和」を訴える改革派新党が熱狂的に歓迎されたのも当然の流れとわかるだろう。そいつらが細川の日本新党であり松下政経塾のチルドレンたちであり。

城山三郎の小説「価格破壊」のモデルになったダイエーを嚆矢として家電の安いカメラ店群やメガネスーパーやユニクロが出てきたとき皆が飛びついたのも必然だったのよ。原始ネオリベは正義であったのだ。

さて、その「流通改革」でわしらの暮らしがどうなっていったかというのはまた別のお話。


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