戯曲「踊れない夜の嘘つき プロローグ」
踊れない夜の嘘つきとは僕のことなのかもしれない。
物憂げで、
溌剌としない。
しかし表向きは愉快を装っている。
しかし心の底は暗い。
どこまでも続く、
底のない穴のように、
精神は堕ちてゆく。
どこまで行っても、
どこにもゆけない。
どこかには辿り着いているのだろうが、
憂鬱だ。
踊れない。
踊れない。
僕は過去のどこかに、
大切なものを落としてきてしまったのかもしれない。
今更、
落とし物を探そうとしても、
もう見つからない。
踊りたい。
踊れない。
僕はどこへ行くのだろうか。
僕はどこへも行かないのだろうか。
そもそも、
我々はどこから来て、
どこへ向かうのだろうか。
大宮から来て、
大崎に行く。
それじゃ埼京線じゃないか。
僕は埼京線に乗って、
最強の旅に出る。
全てを忘れて、
海の見える、
小さな宿に泊まる。
木造建ての、
小さな宿。
木の香りのする、
ささやかな宿。
そこでは中央にある囲炉裏で、
鉄鍋のキノコ鍋が煮込まれている。
僕はキノコ鍋をすする。
しかし、
気づけばそこに具材はない。
何も無い、
空白鍋なのだ。
僕は一心に、
空白を啜る。
何か、
自分では埋められない穴を埋めるように、
鍋の空白を啜る。
この世界なんか終わってしまえばいいのに。
そうひとりごちると、
神様がプレゼントをくれる。
それは、
残酷で、
切なくて、
悲しいプレゼント。
しかし僕は、
そのプレゼントに救われる。
まだ10代だった僕は、
田舎町の真っ直ぐ続く舗装されてない道路を見て、
この道を行けば、
どこまででも行けると信じていた。
実際僕は、
大人になり、
その道の途中。
どこまででも行けると信じていた。
実際、
あの田舎街から見ると、
遠い所まで来てしまっていたのかもしれない。
だけど、
10代の頃の僕が夢見ていたような、
美しい街には辿り着いていないのかもしれない。
ここは
いや、やめておこう。
口に出してしまうと。
自分がバラバラになってしまう。
心と体の原型をとどめるために、
僕はそれを口にしない。
空には星が煌めいている。
炎は赤く、
水は清らかに流れる。
春だ。
つくしが地面から顔を出し、
汗ばむ気温が包み込むように今が春だと僕に告げる。
どこまででも行けると思っていた。
実際、
どこかには辿り着いていたのかもしれない。
言葉は僕を救ったし、
言葉によって僕の心身はボロボロになった。
実際、
言葉はただの道具だ。
言葉の奥に潜む心が、
それを形にする。
僕の心は歪んでいるのか?
いや、
それほど歪んでいるのではないと思う。
じゃあ、
周りのみんなが歪んでいるのか?
いや、
そんなことはないと思う。
皆、
その一瞬一瞬を全力で生きる儚い命。
尊い命。
誰も悪くはないのだ。
だのになぜ僕の体に傷がつく?
なぜ、
皆の体に傷がつく?
ちょっとしたすれ違いなのだ。
踊れない。
踊れない。
踊りたい。
踊れない。
この道から外れて、
もっとどうしようもない道へ進もうか。
海へ落ちようか。
空を飛ぼうか。
馬鹿馬鹿しい。
僕は僕の心身を尊重する。
尊い命だ。
容易くその生を、
失ってはならない。
僕は体を鍛える。
僕は体を鍛える。
そうすれば、
いつかまた、
踊れる日が来るのではないかと信じ、
半ば諦めつつも、
それでも鍛える。
僕は体を鍛える。
踊れない。
踊りたい。
踊れない。
踊りたい。
どこまででも行けると信じていた。
どこかには来ているのだと感じる。
だけどもっと、
どこまででも行きたいと思う。
僕は言葉を捨てない。
僕は言葉を捨てない。
だって僕は、
言葉に救われてきたのだから。
だから僕は、
言葉を捨てない。
踊りたい。
踊れない。
踊りたい。
踊れない。
ー了ー
ダダ・センプチータ
「踊れない夜の嘘つき」
日時
2024年5月
4日(土)15:00/19:00
5日(日)15:00/19:00
6日(月)13:30/17:00
会場
カフェムリウイ
(世田谷区祖師谷4-1-22-3F)
チケットご予約フォーム
https://www.quartet-online.net/ticket/yiopgqv
作・演出
吉田有希
(ダダ・センプチータ)
出演
サトモリサトル
梁瀬えみ
(演劇ユニット マグネットホテル)
(以上、ダダ・センプチータ)
尾形悟
(演劇ユニット マグネットホテル)
宇都有里紗
大村早紀
制作協力・当日運営
木村優希
(演劇ユニット「クロ・クロ」)
音響・照明
小林和葉