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金星村

 東京にはいろんな「村」がある。文化村、らーめん村、年越し派遣村などなど、村と名のついたお店やスペース、団体をあちこちに見つけることができる。うちからそう遠くない繁華街のはずれにも「金星村」という一風変わった名前の骨董品屋さんがあって、以前から気にかかっていた。

 「金星村」は、大きな通りに面している。いつも車で信号待ちをする場所にあるせいか、どうしても目につく。目につくだけでなく、どうしようもなく吸いつけられてしまう。
 ぼくは骨董品にまったく興味がないので、この手の店にはいったことがない。まさにこの「金星村」という店の名に、ただならぬ関心と興味を持ってしまったというわけだ。

 ある日、どうしても放っておけなくて、繁華街へ出かけた。駅からずいぶん歩いて、目当ての「金星村」にたどり着いたときには、もう日が暮れかかっていた。
 外からはうかがい知れないように、銀色のシールがガラス一面に貼ってある。そのガラスには骨董品取扱所と大きく書いているのだが、そのすみに、小さく「隕石あり〼」との文言を見つけた。

 なるほどと、そのときぼくは得心した。骨董品店でときおり、珍しい石や隕石を扱っていることは知っていた。「金星村」の名は、どうやら隕石のたぐいを多く置いていることから由来しているのだろう。
 もやもやしたものがとれたようで、いくぶん晴れやかな気持ちになって、ドアを押した。しかし店のなかは、その晴れやかさを強く打ち消すような湿っぽい暗さで満たされていた。
 無造作に並べられた壺や茶碗、山積みになった掛け軸などがところ狭しとひしめきあって、その奥には小上がりがあり、どうやら店主らしき小さな老人が、あぐらか正座をして、座っていた。         

 老人はこちらを一度、ジロリと見ると、斜め下に目を伏せた。ぼくは一旦入ってしまった手前、すぐに出るわけにもいかず、骨董好きを装ってあたりを見回し、老人の目を避けるようにして店の左奥に歩を進めた。
 突き当たった壁際には、数にして10くらいだろうか、大小それぞれの隕石が、今度は打ってかわって綺麗に並べられているではないか。そのうちの大きなひとつに、なにやらわからない魅力というか、引き寄せられる力を感じ、知らぬうちに身体が膠着した。
 やがて縛りがとけると、ゆっくりと近寄って見てみる。隕石をまえにして、いままで経験したことのない感情が沸き起こってくるのを感じていた。
 ぼくは不思議と幸福な気持ちに包まれながら、その隕石に触れてみたいと思った。手をゆっくりのばそうとした、そのとき、
「どうだい、懐かしいだろう?」
という声がすぐ耳元で囁かれた。
 ぼくはハッとして飛び跳ねる。振り返るがそこにはだれもいない。ただずっと奥の小上がりにいる老人が、なにやら口をモグモグとさせている。
「金星の石じゃよ。」
 その声はやはりぼくのすぐ耳元で囁かれている。しかしこの店には、ぼくと10メートル以上離れたところにいる老人だけなのだ。

「おまえは思い出せるか、自分が金星から来たということを。」
 間違いない。この声の主はあの老人だ。優しい目でこちらを見ながらモグモグと口を動かし、おそらくテレパシーかなにかを使って話しかけているのだ。
「ぼくのことですか?」
 ぼくは普通に話した。なぜならテレパシーの使い方なんか知らないからだ。
「そうだよ。ここにはわしとおまえしかおらんだろう。地球人のような格好をしていてもすぐわかるさ。リセットしきれなかった記憶が、この石に呼ばれて、少しばかり目を覚ますんじゃよ。」
「なんの話ですか。ぼくが金星人だとでもいうのですか。」
 少し声がうわずった。内心はなんだか可笑しくて笑い出しそうだった。しかし老人の声はどこまでも冷静だった。
「そうじゃよ。わしもおまえも、ずっとまえに、金星からやってきたんじゃないか。」
「そんな馬鹿な。ずっとまえって一体いつのことですか。」
 声がふたつに割れて、左右からステレオになってきこえてくるようになった。
「そうじゃな、最後の移住計画が80年くらいまえだから、おそらくおまえもそれに乗ってきたんじゃろう。」
 ぼくは大きく頭を振った。
「なにをいってるんですか。ぼくはいま55歳ですよ。まったく計算が合わないじゃないですか。」
「地球の一年と金星の一年はちがうんじゃよ。そんなことも忘れてしまったか。」
 確かにぼくは、こどものころ、宇宙人やUFOが好きで、いろいろな本を読み漁ったり、テレビ番組を熱心に見た時期があった。だから少しばかり知識はあるのだ。ぼくは金星人に関する「あること」を思い出し、得意満面で老人にこう言い放った。

「おじさんは金星人なんかじゃない。こう見えても、ぼくは知っているんだ、金星人の平均身長は2メートルをゆうに越すということを。おじさんはどうみても150センチあるかないかじゃないですか。」

 そのとき老人は机に手をかけて、おもむろに腰をあげた。おぼつかない足取りで小上がりから降り、立ち上がってみたものの、やはりずいぶん小柄だ。
「さて、どうかな。」

 するとちょうど腰のあたりがふたつに割れ、そこからジャバラのようなものがせり出した。老人の上半身はぐんぐんと伸び上がり、小さな頭は天井まで届きそうになった。ジャバラのおなかが不安定にゆらゆら揺れて、老人の手や頭も左右に振れている。
「おまえもあと50年くらいすると、わしと同じくらいになるさ。」

 目のまえにひろがる、この奇怪な光景に、ぼくは驚いたが、なぜか不敵に笑う老人の姿を見上げながら納得するものがあった。というのもこの数年、ぼくの身長は毎年1センチずつ伸びているのだ。しかしそれが金星人であるということにはならない。すくなくともぼくのおなかはジャバラではない。
 ぼくは目のまえにある大きな隕石を両手でつかむと、老人のジャバラのおなかをめがけて投げつけた。
「な、なにをする!」

 老人の叫び声を背中で聞きながらドアを強く引くと、真っ暗になった大通りにでた。なぜか一台の車も見当たらない。ひともいない。ぼくはあわてて、光のほうへ向かって一目散に走りだした。

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