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明るいプール

 品川区から武蔵野市に越してきて、七ヶ月が経った。二十年近くいた武蔵小山の暮らしは、ちょうどこどもたちが成長していく過程と重なったこともあり、楽しい思い出がたくさんある。
  そんな彼らもいつの間にか社会人となり、相次いで独立して出ていった。夫婦ふたりでは広すぎるマンションを持て余し、転居を考えるようになった。そして今年の二月、吉祥寺南町に小さな一軒家を借りることにした。
  この引越しが大成功で、なにからなにまでいいことばかりである。まず利用する駅が「西荻窪」というだけで、わくわくしてしまう。住所を「吉祥寺南町」と書くときも、なんとなく誇らしい気持ちになったりする。もちろんこれはぼくのごく個人的な感慨で、自分勝手に喜んでいるだけなのだが、そんな単純なことが毎日を楽しくしてくれる。
  それだけでなく、吉祥寺の街は歩いていくのにちょうどいい距離にあるし、井の頭公園をぐるっとまわって帰ってくるとちょうど一万歩になって、絶好の散歩コースだ。公園の奥には動物園や長崎の平和祈念像を制作した北村西望の彫刻館もある。
 そしてなによりも居酒屋さんやレストランをはじめ、小さくていいお店が界隈に、これでもかとばかりにひしめき合っているのだ。ちょうどコロナの時期と重なってしまったので、夜は寂しいかぎりだが、ランチには事欠かず、あちこちへと出かけていく。
 
 引越しを機に、車はやめて、かわりに中古の電動自転車をもらいうけた。
きょうはその自転車に乗って、はじめて武蔵野市民プールに行ってみた。五日市街道を三鷹方面に十五分ほど走っていくと、ちょうど市役所の向かいあたりに大きな運動場があらわれ、その一画にプールを見つけた。
  はじめてなので、係のひとにいろいろと話をきくことにする。するとなんでも「市民カード」というのを作ると施設の利用料が得になるらしい。それならということで、隣の建物に行って早速作ってもらう。簡単な記入と身分証明書ですぐに発行された。それを手にプールにもどると、四百円の利用料が半額になった。
  それだけでもずいぶん気をよくしたのだが、はいってみてその設備の素晴らしさにさらに跳び上がらんばかりに喜んだ。広い更衣室や使い勝手のいいシャワー室もさることながら、なんといってもガラスの天井から外光がたくさん差し込んで、プールがとても明るいのだ。
  大好きな場所はたくさんあるが、そのひとつが陽の光がはいる屋内プールなのである。品川のときは最寄りの区民プールは地下にあって、そのせいか暗くてじめじめしていた。どうもそれがいやで、車で世田谷の砧にある総合運動場のプールまででかけていたが、それも億劫になってしまい、ここ何年か泳ぐことをしなくなっていた。
  それが武蔵野市民プールは、砧に負けないほどに明るい。二十五メートルと十五メートルのプールがあり、コロナのせいか五十人に人数制限しているため、折り返し泳ぐには充分なスペースがあった。
  簡単な準備体操をして、水にはいる。どうしてかプールが明るいと、泳ぐ気力がすごく湧いてくる。ひさしぶりなので無理をしないようにと三百メートルを三本と決める。合間にウォーキングで身体を休ませる。その繰り返しだが、泳ぐにつれ、なんだか上半身が大きくなっていくような感覚になるから不思議だ。両方の肩が気持ちよく痛い。
  十六時のプールはまだ明るくて、もう一本三百メートルを泳いだ。ほんとうに気持ちがいい。ぼくは小さく礼をしてプールをあとにした。
 これからまた、あらたなプール生活がはじまることになりそうだ。帰りの自転車も軽快だった。吉祥寺南町に越してきて、ほんとうによかった。
 

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