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「スリービルボード」

 信頼できるかたがたのすすめもあって、さきほど「スリービルボード」を観てきました。
 それはまさに、垢抜けない港町でドカンと置かれた大盛りの海鮮丼という感じの映画でした。もうこれでもかと盛られたお刺身のひとつひとつはどれもこれもものすごく美味しいのですが、これじゃいくらなんでも量が多すぎると、途中ひと息をつきたくなるときがあったのも正直なところです。
 昨日の「デトロイト」の勢いが今日のそのときまで後を引いていたのかもしれません。とはいえ、クビになった警官が散弾銃を顔に当てながら電話する場面では、動悸が激しくなってしまい、「救心」とかを真剣に欲しくなったのでした。
 しかししかし、この脚本の凄さと俳優たちの素晴らしさ、そしてスタッフの確実さは、一体どう言ったらいいのか、ちょっと言葉が見当たりません。
 特に病室でオレンジジュースを置くときのストローの位置を直すしぐさや、ブランコに乗りながら「おれは国語がだめだったから」と話すシーンで、最後に「メキシコで暮らすなら話は別だけど‥」とか言ったあとの、元警官のあの表情は、どうしたらそんなことができるのかと、椅子から転げ落ちそうになりました。
 それは彼が俳優としてすごいとかだけではおそらくなくて、映画という集団芸能がほんとうにごくまれに作り出すイリュージョンのようなものであり、素晴らしいオーケストラが奏でる倍音のズレと一致が、たまさかの極点を描くその奇跡の瞬間に匹敵するものだと思いました。
 そういう意味でも「スリービルボード」は、映画の神に祝福されし大盛り海鮮丼であります。
 ふうと息を吐いて、ようやく気をとりなおしたころには三枚のビルボードは背後からしか撮られません。あのマグロの赤身のような表が映らないことをいいことに、残りを食べようと箸をもちあげたところで、まさかのタイムアウト!
 そうだ映画には上映時間という、また別の時間があったのだと知らされる始末。ぼくは真っ黒なスクリーンにむかって思わず「しまった!」と叫んだのでした。

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