茜さす


失われたものこそ、より克明に思い出されるんだ。僕はそうやって、思い出に落ちてゆく。
彼女と僕は、ほんのささやかなきっかけで出逢い、ほんのささやかなきっかけでお別れした。ささやかなすれ違いに思えたものは彼女にとって思いの外大きかったみたいで、決定的で衝動的なお別れに繋がった。恋に浮かされた熱のようなものは、お別れの時にはもうお互い消え去っていた。それでも。

茜さす君の事ばかりが思い遣られるんだ。夜が終わるといつも朝が来る。君は前に進めているのかな。こんな事ばかり考えている。君と偶然すれ違えば、僕は思わず手を振ってしまうだろう。あるいは、僕が君の家の近くを通りかかったとき、家の方を見てボソッと何かをいう。それを君が側から見ている。そんなことがあったらどうしよう。君に言えなくなってしまった想いは一緒にいた頃よりも鮮明になっていて、その想いに目を向けるのが怖い。不自然な程に存在感のある鮮明さが怖い。本当に怖くて、僕は誰にもなにも言えないんだ。僕が好きなのは君じゃない。君の影、あるいは虚像なのであって、僕は心のどこかでありもしない君に似た何かを探しだそうとしている。或いはそれを他人に求めたりしているのであって、例えば僕は目の前の女の子が紅潮しているのを見るとえも言われぬ気持ちになる。その頬に君の影が付き纏っているように感じられる僕は、思い出にどんどん落ちていってしまう。

え?まあリスペクトはあるけど、それも全然恋愛とかでは無いよ〜 そんな重くないし〜

僕はただただ、そんな冗談めかしたことを言うしかないのだった。

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