最後の弾丸 Last Bullet 第4話

「そうはいっても、的外れな推理ばっかしてたら何時まで経っても終わらないよ?」
「だとしても嫌だ! もう頑張りたくない!」
「えぇ…おねーさん頭使うと反動でこんなにバカになるの……」
子供の様に駄々をこねるサーシャに姫川は呆れるばかりだった。

一頻り喚いた後、サーシャは溜息を何度も零しながら嫌々ながらも教室を出ようとする。
「行ってらっしゃ~い」
「え? ついてこないの?」
「だって今のおねーさんの相手するの面倒くさいし」
「じゃあ二回目は一人で行けと? いけずな」
「いけずで結構。頑張ってね~」
舌を出しながら視界から外れるサーシャを見送った姫川は、机に腰掛け照り付ける太陽の下窓から見える景色を見ながら黄昏る。青い空は燦然と輝き、雲一つない様は絵画を思わせるほどの非現実を醸し出す。
「…こんなに綺麗な空。辟易する」
風景を眺める彼女は、次第にウトウトと舟を漕ぎ始める。
「アタシの境遇がこの景色と等価なのは…反吐が出る」


―――クソったれ共。何も見てないじゃないか…こんなデカい図体しておいて…やっぱり木偶の坊を調べ尽くしても何の意味も無い! なら…クソっ…! もっと大量に人の記憶を読まなければ……!

あぁ次! こんなんじゃ何も解らない! もうやり直したくないんだよ私は! …次!

次!

次!

次!

次!

次―――


「ふぁーあ。いつの間に寝ちゃってたんだろう…」
目覚めた姫川は伸びをしながら窓の方を見やる。
「…え?」
長い間眠っていたのだろう。見える景色はすっかり薄暗くなっていた。それに加えて”見渡す限りのコンクリートと臥せる人々”。高層ビル群の溢れた街は地平線が見える程跡形もなく消え去っていた。
「……まさか。あの人片っ端からサイコメトリーを…!?」
「おはよう」
「っ…お帰りおねーさん。大分目が死んでるね」
少し離れた所に坐するサーシャは睥睨気味な視線以外は先程と変わらない姿で姫川を見続ける。
「またやり直しだなんて言われたら次は精神が持つ気がしない。だからこの辺りは凡て調べさせてもらった。ただやっぱり大量に読み取るのは疲れるな。あんたが寝てる間休ませてもらったが未だ思考が覚束ない」
やや早口で捲し立てる様に話すサーシャ。しかし姫川は彼女の言葉など全く耳に入っていなかった。
「…何人”視た”…?」
「んあ? あー…んーと…百から先は数えてない。だって私には関係無いことだからな。私のやることは残留思念を読むだけ。あんなミイラの人生に興味は無いからな。…さて、大分疲れも取れた。あんたも目覚めたことだし始めようか」
そう言い終わるとサーシャは勢い良く立ち上がる。向かう先は一度目のやり直し。その一挙手一投足を姫川はじっと見つめる。怨嗟の目を以て。

サーシャはつらつらと黒板にミイラ人々から得たキーワードを書いては消し書いては消しを繰り返し、時々顎に手をかざし熟考する。
幾許かの時間が過ぎた頃、不意にサーシャの手が止まる。
「…いや、まさかな」
再び手を動かす。また暫くして。
「……そんな訳…有り得ない」
また数秒。
「………」
手が震える。眼球は彼方此方と行き交う。持っていたチョークを落とす。
「…解ったみたいね」
その声にサーシャは大きく身震いを起こし、怯えながら声の方へ向き直る。視界に映る姫川の、見慣れた制服姿が、聴き慣れたこの声が、サーシャにとって恐怖の感情を湧きたてるトリガーにしかならなかった。

「…いや」
微かに震え声を出す。言いたい言葉は頭を駆け回るが、咽頭は緊張しきって言葉にならない。
「そんな訳ないから…私の勘違いに決まってる……だからコレは違う…コレじゃない答えが必ず―――」
「言え」
冷ややかに言い切る姫川に今迄のお道化た態度は微塵も感じられない。
「うぅぅあぁ……」
「お前”等”の罪と向き合え」
酷く狼狽しながら、サーシャは推理、もとい一つの顛末を語る為に乾ききった口を開く。

…………

「サーシャさんさっきから書類ばっか運んでないですか? コッチ重いから手伝ってくれません?」
「断る」
「…それにしても、こんな場末のバイオ研究所を国家直属の魔生研究所と合併するだなんて。どういう風の吹き回しなんでしょうか?」
「さぁな」

サーシャとファードが所属するバイオ研究所は、主に異種交配によって新たな種族を生み出すのを目的とした小規模なラボラトリーであった。半ば道楽として職務を全うしていた二人にとっては、この突然の栄転はまたとない僥倖であり、それに伴う諸荷物の運搬もさほど苦とは感じていなかった。荷造りを終えた二人は嘗ての上司である研究所の所長に挨拶を済ませると、足早にトラックに乗り込むと新たな配属先となる魔生研究所へ向かう。

二人が魔生研究所に到着すると、正面玄関から壮年の男が顔を出す。
「お前等が新顔か。着いて来い、案内くらいはしてやる」
気怠げに話す男に促され、二人は研究所へ歩みだす。
「お前等が働く部署は此処。此処では主に全長5m以上の化物を扱ってるから舐めた事すると死ぬ。精々死なんように努力しろ。その分割は良いからせめて一月は生きろ。そして最後。化物の開発はシークレットが非常に多い。過剰な詮索は止めろ」
壮年の男は簡単な案内を終えると、連なる扉の一つ、ネームプレートに名札も入れられてない扉を指差し二人に焦点を合わせる。
「此処がお前等の部屋。デスクやら何やらは、向こうの突き当りのドアな。ちゃんと挨拶しとけよ。んじゃ俺は帰る」
最後まで気怠げに、壮年の男はそう言って足早に帰ってしまった。会釈を兼ねた簡単な礼を済ましたファードは意気揚々と扉を開け放つ。

「…泣ける」
「好感度マイナスからのスタートじゃないですか。俺等配属初日ですよ?」
二人が見据える視界には、黴臭い匂いが充満した六畳の空間に、お粗末な二段ベッド、埃を被りボロボロになった簡素な机が二つ、角すら合わせず乱雑に置かれた惨状があった。
「…なぁんか、栄転だと思ってた俺が馬鹿みたいですよ。うわっ床に足跡が付いてるし…俺等国に良いように駒にされてるだけな気がします」
「あぁ、もう少し人を疑うべきだった」
「はぁ…何れにしろもう前の職場には戻るつもりもないですし、期待は出来ないけど挨拶しときますか」
「…だな」
溜息を零しつつ、嫌々ながら二人は部屋を後にする。

ドアノブに手を掛けたファードだが、不意にその手を止める
「…こういう時って粗品とか無いといけないんでしたっけ?」
「どっちにしろ用意はしてないが…うむ……ファード、何とかやる気でカバーしとけ」
「えぇ何でですか。大抵こういうのは言い出しっぺがやるもんじゃ」
「私がそんな事出来るとでも?」
「開き直らないでくださいよ! 一番タチが悪いです」
「あの入らないなら退いてもらえますか?」
気付けば一寸した人だかりが二人の後ろに連なっていた。
「あぁ済まない。いま退く」
サーシャがファードの手を引き空間を確保することでその場は再び流動を取り戻す。
「…本当に好感度マイナスから始めること無いじゃないですか」
「理由付けは出来たからあの部屋も納得できるようになるな」

「―――て事で俺がファード、こっちの無愛想な人がサーシャさんです。これからよろしくお願いします」
「…よろしく」
オフィスの反応は冷ややかであった。先程廊下で彼等を見た面子は二人を睨めるような視線を送り、そうでない者も一瞥しただけで直ぐに目を逸らしてしまっていた。
「解っちゃいたけど実際にされるとクるものがありますね。帰ろうかな」
「もう空きデスク見つけたから丸きり疎外されてもないらしい」
「偶々離席してる人の席かも」
「滅茶苦茶ボロい」
「一応聞きますけど受け入れてないんですよね?」
「受け入れたくないから目に付いて困る」
渋々デスクの前に行き着いたサーシャはドカと椅子に腰かける。その拍子に椅子は大仰なくらいの悲鳴を上げ、辺りに不快な音を巻き散らす。周りは一様に耳を塞ぎ、全員がサーシャを睨み据えた。
「枚挙に暇がありませんね。明日には手を出されそうです」
「ふん、オンボロを寄越すのが悪い。因果応報だよ」

初勤務こそ最悪のスタートだったが、数ヶ月もすれば会話こそ少ないものの凡そ職場の同僚程度には親交を得るようにはなった。この日も勤務を終えた二人はすっかり悪臭のとれた自室に戻りサビ残の用意を始める。
「案外何とかなるもんですね」
「そうだな」
会話もそこそこに業務に勤しむ。幾許かの時が流れた頃、今日はファードが口火を切る。
「いやー機密守れって結構大変なんすね。一寸深掘りしようもんなら直ぐに『規定を忘れたのか』って。俺等所員は化物研究の最前線突っ走ってるのに知れないことが多すぎません?」
「確かに」
「それに抑々、俺等が見た化物達、”何で出来てるんでしょう”。サーシャさんも判ると思いますが、一から生物を作る際に直面する最も大きな問題がサイズ。肥大は幾らでも出来ますが筋肉や骨組織はそれには伴わない。故に巨大な人工生物は自重で骨折を起こす程脆い。なのにあいつ化物等は小規模個体ですら3mはありました。俺からすれば有り得ないの塊です」
「…アレ、何で出来てんだろうな。特別機密に指定されてる時点で碌なもんじゃないだろうが」
「……”人”だったりして」
「馬鹿言え。材料となれば人柱ですら百や二百では全く足らない。あのサイズなら最低でも一万…それ以上は必須だろう。それだけの数人柱にして隠蔽など出来っこない」
「ですよね…」

…………

「それから数日後に件の脱走事件が起こった訳だ…今思えば、あの時も変だった…床が綺麗すぎた…私以外全員が逃げたにしても、書類が一枚たりとも落ちてないことなんて。血痕も交戦の跡も残さず逃げるなんて。そんな事有り得るか…?」
頭を抱え多量に発汗しながらも構わず続けるサーシャはとうとう蹲り子犬のように震えだす。
「…そうだ、そう考えれば私達の待遇にも合点がいく。…結局は私もファードも、同じモルモット、人柱でしか無かったんだ……そして」
俄かに立ち上がると体を震わせながらも推理の続きを放す。
「今此処に居る私は、あの時間違いなく被検体47009に喰われた…そのタイミングで此方に飛ばされたとばかり思案していたが…そうじゃないとしたら…”喰われたとしたら”…私は胃の中…此処は…この街は…!」
サーシャは肩で風を切り窓へと駆け寄ると、思い切り開け放ち上空を見る。「あぁやっぱり…!”太陽が沈んでない”……!」
薄暮の世界に鈍く光るそれは、サーシャがこの世界に降り立ってからこの時まで一度も動かず鎮座していた。押し寄せる嘔気を堪えながら、サーシャは姫川に問いかける。
「……二ホン…と言ったか。この国の人口は…?」
「一億以上は居るね」
「…だからあんなに量産出来たのか。……つまり私の国ガランドは”二ホンの民衆全員を人柱にした”」


「正解」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?