最後の弾丸 Last Bullet 第3話

「さぁ始めよう。前のこれ使ってもいいよな?」
「どーぞどーぞ」
教卓の前に仁王立ちしたサーシャは、一つ咳払いをした後推理を始める。

「うーんと……今解ってるのはこの辺か」
呟きながらサーシャはメモの内容を黒板に転写する。”もう一つの太陽”、”落ちてくる太陽”、”向かう光”。
「………」
サーシャは俯き押し黙る。同時に脳内でナンプレが埋まり始める。それを姫川は悪事を働いた子供に自らの口で真実を話させようとする親のように見ていた。

やがてサーシャは口を開く。
「現状私が思いつくのは一つ。尤も、無限に分岐する可能性から有り得ないを外しただけだが」
「ほぉ。じゃあ早速いってみましょうか」

…………

都会の喧騒。いつもと変わらぬそれはこの街の平和を表す存在だった。ある男を除いては。
「俺の人生どこで間違えた?」
男は呟く。みすぼらしい格好の男は、先日両親から勘当され家無しの身だった。
「そうだ。今のこの俺、この現状の原因は俺が通ったクソ高校の所為じゃないか」
男は馬鹿だった。馬鹿ゆえに問題の本質が見えないからこそ今の現状があるのだと気付けない。馬鹿ゆえにその結論に至ることを己のプライドが邪魔する。
「ならあのクソ高校の制服着た奴全員殺す。復讐だ」
馬鹿ゆえに、無敵だった。

スーパーを後にした男は手に持つ包丁を持ち嗤う。復讐の第一歩。最初の犠牲者は。目玉をギョロつかせ吟味する男に、ただ一人近づく者がいた。
「やめときなよおにーさん」
「あ?」
男は声のした方を見やる。そこには見慣れない制服を着た女子高生だった。目的でない対象に話しかけられた男は舌打ちをし、あからさまに不機嫌になる。
「そんな事したって無駄。現状は何一つ変わらないわよ?」
「うるせぇ! お前に何が解る!? この俺の苦しみが―――」
「解る訳無いでしょ。だっておにーさんバカだし」
「あ? てめぇあんま舐めたこと言ってっとマジで―――」
「ほらやっぱりバカ。さっきアタシが言った事すら覚えられない。”そんな事”って言ったのよ?」
「それがどうした?」
男は余計不機嫌になる。
「嘘でしょ…まだ解んないかな…どうしておにーさんがやろうとしてる事をアタシが知ってるか。ここまで言えば解る?」
「………あ? …何で知ってる?」
「ここまで説明してやっとか~…アタシこう見えて”めちゃすごパワー”を持ってるのです。それをおにーさんにあげようかなって」
「…ふっ、笑わせる。そんな事信じるわけが―――」
「だぁから態々余計にアクション仕掛けたのよ。おにーさん相当バカだね」
「てめぇさっきから言わせときゃ」
「人の話は最後まで聞く。おにーさんが何をしようとしてたか言い当てたでしょ? それがアタシがめちゃすごパワーを持ってる証拠だと思ってくれたらいいよ。そしてアタシがおにーさんにあげる能力は! ババーン! ”炎の力”です!」
「炎…どんな力だ?」
「どんな力って言ってもおにーさんが考えてる炎の力そのものと思ってもらって構わないくらいには言う事無いんだけど…使う時のイメージは『燃えろー!!』ってくらい思う感じ」
「ほぉん……」
「今アタシ狙ってるよね? わかるから」
「…チッ……」

舌打ちをした男は俯き、燃えろと呟きながら気を張り始める。
「…………………はっ!!」
力を籠め短く叫ぶ。付近の通行人は一瞬男の方を見たが、直ぐに何事もなく歩み始める。

「お~派手にやったねぇ」
制服の女はしたり顔で男に話しかける。しかしそれとは裏腹に街は驚くほど変わらないままだった。
「…おい。何も変わんねぇじゃねぇかよ」
「そりゃおにーさん学校そのものを燃やした訳だし」
「…マジでマジなんだろうな?」
「ホントホント。…何? そんなにアタシが信じられない?」
「それも有るが一番は…なんつーか…こんなあっさり終わったら実感がないっつーか…」
「あぁ復讐が目的でなく手段になってるタイプね。それならお望み通り…ほい」

女が男に指を向けると同時に男を中心に火柱が上がる。辺りは突然の火災に騒然とし、炎に包まれた男は声にならない悲鳴をあげる。
「ああぁぁあぁあっぁあぁぁぁぁ!!!!!!」
「え? あの人急に燃え始めた!?」
「おいやばいぞ!! 早く逃げろ!!」
近くの群衆は喧々囂々逃げ出す。この場に残ったのは今まさに燃え盛る男と。

「あぁぁぁああぁ………!!」
「うふふ。どうしてこんなことするのかって言いたそうね。良いよ、教えてあげる。…と言っても当然の報いというか。おにーさん、”全校生徒503人分燃やすに値する道理”持ってないでしょ? これはその代償。うーんと、ざっと三日はその感じだからヨロシク」
「…あああ……………ああぁ!!」
「…あぁ、それが抵抗? 止した方が良いよ。おにーさんの代償が増すだけ」


「これが東京か……!」
なんて煌びやかなんだろう。全てが輝いて見える。人も、ビルも、店だって、どれをとっても僕が住んだ故郷より進んだ近未来都市。マツキヨにキヨスク、タワーもスカイツリーも、ランドもシーも。あ、これは違うか。とにかく、あぁその一員に今日から成る…心地よい。良すぎる。太陽も、まるで僕を祝福するように輝いて……

天を仰ぐ僕の目に映る太陽の付近。そこにあるもう一つの輝き…太陽?
あれ? 太陽が二つ在る。なんで。
「何で二つ太陽がある」


「でさーバ先の店長がマジでゴミ。セクハラ爺」
「マジ? 由美ハズレばっか引くじゃんウケる」
「ウケんなし。てか暑くね? マジ太陽ウチらの事舐めてるわ」
「ホントそれな。…てか眩しすぎだ―――は?」
「何? は? 何で”落ちてきてんの”?」
「…ねぇなんか向かってきてない光。やばいよ逃げた方が良いって!!」
「…ひっ!! この光熱い!!」
「由美…! 燃えてるって! 早く火ィ消して!」


「”炎の力”で疑似太陽を創って一帯丸ごとサウナにする…そんな状態でよく思いついたね。そこは褒めたげる」
”太陽がとっくに沈んだ白昼”。女は燃え盛るそれに話しかける。
「……ぁ」
炭化すら許されなかった人型は声にならない返事をした後、二度と口を開くことはなかった。

…………

「……以上が私が思いつく仮説。ご清聴ありがとう」
「………ぷっ」
話を聞き終えた姫川はとうとう堪え切れず盛大に噴き出す。
「…真剣に考えたものを笑われるの凄い嫌なんだけど」
「だって…だって……!」
「はぁ…」

「いや~笑った笑った! おねーさん才能有るよ!」
「褒めてないのは解る」
「うん全く。…おねーさんの推測に出てた女子高生ってもしかしなくてもアタシでしょ? チンピラじゃあるまいし、見ず知らずの人に態々犯罪自慢なんかしないわよ。それにその程度ならおねーさんが当てなきゃいけない理由なんて生まれない」
「生まれない? しがない研究員でしかない私がこの世界の滅亡に関係あると? 買い被りすぎだ」
「ふふ、どうかな。まぁどうしても行き詰ったら思い出してくれれば良いよ。それより、おねーさんの目的は後輩くんを蘇らせる事。そしてその為にはアタシが出した謎を解かなければならない。と言うことは?」
にんまり顔でサーシャを見る姫川。それと同時にみるみる顔が青ざめるサーシャ。
「また人の記憶を見ろと? あれ見た目以上にしんどいからさっきのでもう限界なんだよ…!」
「だからと言って手心を加えるような真似はしませんよ? 後輩くんの為に、さぁちゃっちゃとやりましょう!」
「それは判るがそれでも嫌なんだ!」
嫌がるサーシャはとうとう子供のように駄々をこね始める。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
陽の沈まない教室は陽光に照らされて、白衣の女サーシャの醜態を写し出す。

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