最後の弾丸 Last Bullet 第2話

「”この世界”の終末の原因を当ててください」

姫川はサーシャに問いかける。相変わらずのおどけた態度だが、その眼には揺るぎない決意のようなものを宿らせている。その姿にサーシャは許しかけた気を張り直す。
「当てろって…それ当たるモノか? 私は到底不可能だと思うが。ん? 当てろって言うならならあんたは答えを知ってるのか? それなら何故こんなことする必要がある?」
「ん~それはまだ醸成中だから言えないかな。まぁ当てずっぽでは当たらないとは思うし? そこでアタシがあげたチー…めちゃすごパワーの出番って訳。おねーさんにあげたのはサイコメトリーの力。あ、サイコメトリーってのは物とか人の残留思念を読み取る能力の事ね」
そこまで説明した後、姫川は徐に後ろに並んだ机の一つを指差す。
「試しにあの机に触ってみなさいな」
サーシャに促す。サーシャは指差された机に寄り、恐る恐る触れる。
「………? 何も起こらないんだが?」
「やる気の問題よ。もっと『この机の過去を見た~い!』って思わないと」
「いやそんな見たいわけじゃないんだけど…」
不安を抱えつつ机に触れる指に力を込める。すると不意に視界に靄がかかり、サーシャは思わず目を閉じる。それにも関わらず視界は徐々に”新たな景色を連れて鮮明になる”。

……………

「…であるからして、この辺とこの辺がイコールになり、この長さが求められるという訳です。ここテストに出ます、というか出しますからしっかり覚えてくださいね。良いです―――」

……………

突然自分以外の全ての景色が走り去るように前方へ飛び立ちサーシャは目を見開く。眼前には先程まで有人だった教室があった。それと同時に触れていた机が音を立てて”崩壊し砂の様に霧散”する。
「うおっ何だ!? 壊れた!?」
「うふふ。何回も同じ映像見たってしょうがないでしょ? こちら御一人様一回限りとなっておりま~す」
「そうなのか…大体要領は理解した。しかしこの力で本当に良かったのか? なんというか、例えば『全知全能』ならもっと簡単にわかりそうなものだが」
「うーん…一番は余興かな。そりゃ合理的にはそうかもしれないけど、直ぐに攻略されたってつまんないじゃん? だからこそ、いっそ冗長なくらい時間かけて頑張ってほしいの。…アタシだってこれでも考えてるんだよ?」
姫川は少しバツが悪そうに答える。
「………」
「………」

暫しの沈黙の後、思い出したように姫川が口を開く。
「そうだ! これ言っとかないと駄目なやつじゃん! ふふ、おねーさんもご褒美も無しには頑張れないでしょ? ババーン! なんと私の願いを叶えた暁には、おねーさんを元のナントカって世界に戻してあげます! どう?悪い話じゃないよね?」
「…化物に食われる直前で此処に飛ばされたガランドの私の体は多分、いや間違いなく悲惨な事になってると思うんだけど」
「……あ、そっか。……ん~そこはアタシの謎パワーでどうにかしてあげる」
「謎パワー……あ、それ人を生き返らせるのも出来る?」
「え?」
「あっいや、駄目なら良いんだ! …もしかしたら出来ないかなぁと…出来る?」
「ん~因みに誰を生き返らせたいって教えてもらえたりする?」
「あ…えっと…私の後輩の……」
「………へぇ。運がいいねおねーさん! それならアタシでも出来そう」
「本当か!? 有難う、助かる…」

最期まで言えなかった事があるから。その言葉をそっと飲み込んだサーシャ。姫川に言ったところで伝わらないと考えたのもそうだが、何よりサーシャにとって恋情を吐露する事は顔から火が出るほど面映ゆいのだ。

「よし! 目的も出来たことだし! では行きましょうか! あ、おねーさんのそれ二個有ったってしょうがないだろうし一個もらってもいい?」
「別に構わないが…え、ついてくるのか?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど…」
「じゃあ決まり! 早速しゅっぱーつ!」
意気揚々な姫川、狼狽気味なサーシャ。対照的な二人は歩き出す。


照り付ける太陽の下、視界には広大なグラウンドが映る。建物を出た二人は遠くに見える出入口へ向かう。サーシャは恍惚の表情を浮かべしきりに辺りを見回す。
「なんて広い…こんなに土地があるならもう一つ位何かしら作ってしまえば良いだろうに」
「グラウンドでは運動しましょうね~」

校門を出た先に待つ景色を見てサーシャは絶句する。居住区の営みがまるで写真のように固定された光景。更に至る所に佇むそれらは、気候に異常が無いにも関わらずミイラのように乾燥しきっていた。最低限人としての体裁は保っているが、言われなければかつて人間だったとは思いもしないだろう。彼らが織りなす不気味は、平時と変わらぬ空色の対比でより強調されている。
「言ったでしょ? 終末だって」
姫川はサーシャの方を見ずに続ける。
「サイコメトリーは人にも使えるの。まぁ生物なら何でも良いんだけど。ほらほら、後輩君生き返らせたいんでしょ? 固まってないでサイコメトリましょ?」
「…あぁ」
促され無数にあるミイラのうちの一人に近づき、机の際と同じ要領で指に力を入れる。次第に風景は変わりだす。

……………

「これが東京か……!」
なんて煌びやかなんだろう。全てが輝いて見える。人も、ビルも、店だって、どれをとっても僕が住んだ故郷より進んだ近未来都市。マツキヨにキヨスク、タワーもスカイツリーも、ランドもシーも。あ、これは違うか。とにかく、あぁその一員に今日から成る…心地よい。良すぎる。太陽も、まるで僕を祝福するように輝いて……

天を仰ぐ僕の目に映る太陽の付近。そこにあるもう一つの輝き…太陽?
あれ? 太陽が二つ在る。なん―――

……………

「終わりか」
目を開ければ、そこはさっきと同じ空。同じ風景。サーシャは触れていたミイラから手を放す。それと同時にミイラは糸の切れたマリオネットの様に倒れた。聴き慣れぬ言葉の羅列に、サーシャは疑問を投げかける。
「なぁワードサラダってこういうことを言うのか? 言ってる事の半分も理解できなかったんだが」
「…なんて言ってたのさ」
「あぁ、確か…マツキヨ…とかキヨスク? それにタワー…スカイ何とか……後他にも言ってたんだが違うとも言ってたな。…違うって何がだよ」
「えーとね。マツキヨスクはどっちも店の名前。スカイ何とかってのは多分スカイツリーだと思うけど、向こうに見える細長いのがそう。タワーはここからは見えないけど、もう少し背が低くて赤いの」
「あれがか!? 倒れてきそうで嫌だな…」
「杞憂杞憂。これで全部?」
「あぁそうだ。”太陽が二つ見えた”とも言ってたな。一応聞くけど二ホンの太陽の数は一つだよな?」
「当り前じゃない」
小気味悪い笑顔を浮かべていた姫川は考え込むジェスチャーをしながら続ける。
「でもその人は間違いなくそう言った訳よね。それならその言葉、何かしらのヒントになるんじゃない?」
「成程。要するに言葉の違和感をピックアップすれば良い訳だ。んーとメモメモ…取り敢えず”もう一つの太陽”と”マツキヨ”と――」
「マツキヨは要らんでしょ」
「そうなのか? じゃあ太陽だけ」
手早くメモを書き終えたサーシャは次の残留思念を吟味する。
「このペースでいけば何人読めば済むだろうか」
不意にサーシャは独り言ちる。果てしない作業程モチベーションは低下の一途を辿る。一人目とは言え取り出せた言葉はたったの一つ。幸い時間は際限ないが、今のサーシャを苦しめるモノは正にそれだった。

「…考えないでおこうか」
平静を無理矢理取り戻したサーシャは次のサイコメトリーの相手を定めそれに近づく。猫背な人型のそれに。
「お前は何を知ってる?」
触れた”それ”は応える。

……………

人生何処で間違えた? 今の俺の結果はいつ決まった? 頼む、やり直させてくれ。俺はやれる男なんだ。

最初はいつだったか。そう、高校受験に失敗したんだ。それで私立の低辺高しか入れなくて。当たり前の話だ。ヤンキーばっかで先公もやる気なし。こんなトコでどうやって頑張れば良いんだよ。そりゃそうだ。俺がFラン大学にしか行けなかったのもこの高校の所為じゃないか。てことは大学二回も留年したのも、就職できずに無職になったのも、実家を追い出されホームレスになったのも全部あのクソ高校の所為じゃねぇか。ざけんじゃねぇよお前等の所為で人生御終いだ。

復讐だ。俺が通ったクソ高校の制服着てる奴全員ぶっ殺す。俺の人生無茶苦茶にされた分、奴等の人生も無茶苦茶にする。当然の権利ってやつだ。ならばやることは一つ。

照りつける太陽の下、鈍色に光るそれを持つ俺の心はこれ以上ない程晴れやか。ウザったい陽光も今日ばかりは祝福のファンファーレに等しい。これはお前等の罪だ。私刑を以て、償ってもらう。

スポットライトが俺にあたる――――

……………

目を開ければ目の前には無造作に倒れた異常者。
「どう? ヒントは見つかった?」
「…防衛反応のはたらいたバカの戯言だけだった。人生の解像度の低さが異様に高い」
「可哀そうに」
「それはどっちに言ってる?」
「ん~どっちも?」
「そりゃどうも。はぁ…人の人生を覗くのがこんなにしんどいとは」
「内に秘めるから人生なのよ。隠し事の数は生きた証」
「都合よく言う…」
ため息を零すサーシャは一頻り辺りを見回すと、ある一点に向かって歩き出す。
「人のを見るのは神経擦り減って堪らない。机が読めるなら”これ”も読めるはずだ」
”街頭”に手を当てながら姫川に聞こえる様叫ぶ。
「良いんじゃない?」

…………

「―――がある」
「でさーバ先の店長がマジでゴミ。セクハラ爺」
「マジ? 由美ハズレばっか引くじゃんウケる」
「ウケんなし。てか暑くね? マジ太陽ウチらの事舐めてるわ」
「ホントそれな。…てか眩しすぎだ―――は?」
「何? は? 何で”落ちてきてんの”?」
「…ねぇなんか向かってきてない光。やばいよ逃げた方が良いっ―――」

…………

全て聞き終えると、街頭は机と同様に”霧散して消滅した”。
「…大ヒントを有難う」
顔を綻ばせながらサーシャは走り出す。
「姫川! やはり見るべきは最初から不動のツクモだよ! 答えはまだ解らないが、きっと直ぐにでも解明できるさ! 取り敢えず考えを纏めたい。一度最初のあの場所へ帰ろうさぁ早く!」

サーシャは初めてパフェを与えられた子供の如くハイテンションで捲し立てる。故に気付かなかった。表情こそ苦笑そのものだが、浮かれ顔のサーシャとは対照的に怨嗟交じりの眼をした姫川を。
「ふふ。じゃあ戻りましょ。おねーさんの考え、聞かせあぁそんなに走ることないっしょ…」

かくて二人は帰路に立つ。

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