拝啓、米家峰起さま ~「SF LIFE」とか言い始める前に気づいてほしい事~

 F1とその直下カテゴリーをメインに取材している米家峰起氏。
 彼は時々思い出したようにスーパーフォーミュラの問題点をツイートしたり記事にしたりするが、正直、筆者は米家氏のスーパーフォーミュラ批判に疑問を持っている。

 もちろん批判は貴重な意見の一つだから、批判がダメとは言わない。筆者が疑問を持っているのは米家氏の批判内容というよりは、米家氏のスタンス自体だ。

 特に疑問に思う点は3つある。
 1つ目は「彼のスーパーフォーミュラ批判が批判のみで終わっていること」、2つ目は「批判の中に、『自分が取材しているF1、F2の方が上だ』という意識が見え隠れすること」、3つ目は「きちんとスーパーフォーミュラを見ずに批判しているように見えること」だ。

 まず1つ目。
 米家氏のツイートを見る限り、誰かへの返信を除き、この人がスーパーフォーミュラの良い点、魅力を発信しているのを見たことがない。
 本人は「SFがもっと良くなるように批判している」と言っているが、批判は良いところを良いと認めたうえで初めて説得力を持つし、相手への敬意も示せる。そもそもジャーナリストは中立であるべき、というのもある。
 まさか良い点、魅力が無いってことは無いだろう。言葉で何かを伝えるプロであるなら、良い点も悪い点も見つけて書けるはずだし、それができないなら書いてはいけないとすら思う。スーパーフォーミュラの良い点を書けないということは、スーパーフォーミュラに対して敬意が無いということになる。下手すると、スーパーフォーミュラの人気を落としたいがためにワザと批判だけを書いているのか?と邪推すらしたくなる。

 2つ目に関しては、米家氏のスーパーフォーミュラ批判に必ず「F2ならこうしている」「F2のやり方の方が良いと思う」という言葉がくっついていることがそう思わせる。
 X JAPANの故hideさんが残した言葉に「好きなものを好きと言うために他を貶す必要はない」というのがあるそうだが、米家氏の現在のスタンスにはこの言葉がまるっきり当てはまる。
 米家氏がF1とその直系カテゴリーであるF2を面白いと言い、文章の節々からこのカテゴリーを好きだというのが伝わって来るのは、一番取材しているカテゴリーである以上、自然なことであろう。しかし米家氏の一連のツイート・ブログ記事を見る限り、彼はF2を面白い・好きと言うためにスーパーフォーミュラを貶しているように見えるのだ。F2が良いからといって、スーパーフォーミュラがダメだと言わなきゃならない理由は、どこにもない。

 (余談だが、米家氏はスーパーフォーミュラの批判に対してファンから突っ込みを受けると、必ずと言っていいほど「ムラ社会な日本のレース界が…」と、日本のレース界全体が悪いかのように吐き捨てる。
 個人的に、いつものこの流れを見る限り米家氏はスーパーフォーミュラ以前に、日本のレース全体に対する敬意が無いように見えて仕方ないのだ。
 詳細は知らないが、いつもこのような事を書くのは、米家氏は何かしら日本のレース界ともめ事があって関係がよろしくないからなのでは…と推測するのだが、日本のレース界の人々に面と向かって前述の敬意の無い態度で接したのが原因だとしたら、そうなるのも無理のない話では…と思ってしまう…あくまで推測だが)

 百歩譲って、米家氏がちゃんとスーパーフォーミュラのレースを見て、調べた上で書いているなら良い。でも申し訳ないが、筆者にはしっかりレースを見ているようには見えない。
 ここからが3つ目である。

 ご存知の通り、スーパーフォーミュラは今年から従来のミディアムタイヤに加えてソフトタイヤを導入し、2種類のタイヤを使わなければならなくなった。特性の違う2種類のタイヤをいつ、どのくらい使うのかという戦略の幅が広がったうえ、異なるタイヤを履くドライバー同士のバトルも生まれ、オーバーテイクや鍔迫り合いは昨年に比べ格段に増えた。現地やテレビでスーパーフォーミュラのレースを見たファンなら、恐らく100人中100人が「レースが面白くなった」というだろう。それくらいレース展開は大きく変わったはずだ。

 ところが先日、ツイッター上で筆者が米家氏に「今年のSFは面白くなかったのか」と問うた際、「そんなに面白くなかった。だって抜けないんだもの」と帰ってきた。筆者は「昨年より追い抜きは増えましたね、でもまだちょっと少ないかな」というような返答が来ると予想していたのだが、全く改善されていないような口ぶりに愕然としてしまった。と同時に「本当にこの人は今年のレースを見たのか?」と思ってしまった。

 それだけではない。持論の補強として、このようにドライバーのコメントを出していたが、そのコメント内容も「だいぶ前に取ったんじゃないか?」と思わせる内容。「ソフト持ちすぎ」は兎も角、それ以外は今年からのタイヤ2スペック化である程度改善されてきたはずで、最近のコメントとはにわかには信じがたい。
 誰が発したコメントなのか知りたいが、その表記も無い。別メディアでの話になるが、新聞では原稿の中に誰かのコメントを入れる場合、名前はもちろん住所、年齢、職業は原則として入れなければならない。それが無いと「記者がコメントを捏造したのではないか」という疑いが出るからだ。あれだけ「僕は取材をもとに正確に書いている」と言っておきながら、なんで自ら取材したコメントの信憑性を下げるようなことをするのか…?
 捏造でないなら名前を出しても問題ないだろう。実名あってこそコメントの重みは増すし、米家氏の持論の説得力も上がるはずだ。本気でスーパーフォーミュラを良くしたいと思っているなら、実名を出した方が良いと思うのだが。逆にもし、このコメントがオフレコで聞いた話だとしたら、名前を出さなくてもコメントを漏らすのはどうなのだと思うし…

 「それくらいの批判なら、ツイッター上でしている人は沢山いる」と言われるかもしれないが、米家氏と他の人の間で決定的に違う点がある。
 米家氏のツイッターは実名である。そしてしつこいようだが米家氏はプロのジャーナリストである。

 彼は「モータースポーツを伝えるプロ」が「実名」で「ひたすらネガキャンする」ことの影響力を軽く考えているのでは?と思う。

 米家氏のツイッターおよび記事を読んでいる人の中には、米家氏を信頼している人が多いだろうし、無条件で信用している人だっているだろう。
 その人たちの中にはF1やF2などしか見ていないファン、スーパーフォーミュラ側からすれば「ファン予備軍」といえる人もいるだろう。
 もし米家氏がきちんと良い点、悪い点の両方を記事として伝えていれば、記事を読んだファン予備軍の人たちがスーパーフォーミュラに興味を持つかどうかは読み手次第になる。
 しかし、前述の通り今の米家氏はスーパーフォーミュラの悪い点を挙げているだけで、米家氏の言葉しか見ていないファン予備軍に、「よく分からないけど、スーパーフォーミュラってつまらないのか」という印象を持たせてしまいかねない。ファンが増えない一因、最悪減る要因にすらなりえる。

 米家氏の言葉が客足を遠のかせる一因になる危険性があることを、本人には気づいてほしい。

 スーパーフォーミュラを無理に認めろとは言わない。
 面白くないと思っているならそれはそれで構わない。
 ただ、ジャーナリストである以上、そして実名でSNSを使っている以上「悪い点しか挙げられない」「きちんとレースを見ずに適当な事を書く」「好きなものを好きと言うために他を貶す」というのなら、ひたすらF1とF2を好きと言うだけにしてほしい…というのが正直なところである。

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