『100日間生きたワニ』の感想
『100日後に死ぬワニ』(きくちゆうき)のアニメ映画版『100日間生きたワニ』を観てきました。
まず、巷に溢れている悪評と比較して自分はどうだったのか? という観点で感想を書いてみます。ネタバレとかは気にしません。
①100ワニは「紙芝居」なのか
Twitterで感想を見ていると「紙芝居」という表現がたびたび目についた。これは個人的にはあまりしっくりこない。
たしかに動きの少ない映画ではあるが、動くべきところはちゃんと動いていた印象。『鷹の爪団』のアニメみたいな感じで、キャラが平行にスーッと動くとか、そういう内容ではない。
そもそも原作の4コマの時点で、動物キャラの日常生活を描く地味なテーマだし、ヌルヌル動くアクションだとか、奇抜な構図のカットだとか、そういう演出で面白さが増えるようなものではないと思った。ただ、それによる弊害もある(後述)。
②100ワニは「テンポが悪い」のか
「とにかく間延びしていて見ていてかったるい」という趣旨の批判も多く目にした。これについては、自分はそう思わないが、そう思う人もいるだろうな、と感じた。
確かに作品全体を通して「間」が多用されている。ただ、それは尺稼ぎの無意味な間ではなく、沈黙を通してキャラクターの心情を伝えるという演出意図を感じるものだった。これは邦画などでは頻出の技法なので、個人的には全く違和感なく観られた。
逆に言うとアニメ作品(特にこういう簡素な絵の作品)で間を使った演出は珍しいので、かったるく感じる人がいることもよく想像できる。また、作画が簡素で絵の変化があまりないため、実写映画のように俳優の表情や背景の変化といった情報を伝えられないのもあったと思う。
③100ワニは「作画崩壊」なのか
この評判に関しては意味がわからない。原作の絵柄に忠実なキャラクターデザインだったし、絵が破綻しているようなところもなかった(と思う)。もし変に思えるなら、それは原作の画風が好みじゃなかったということじゃないかな。
④100ワニは「オリキャラがウザい」のか
これはそう。
100ワニ、前半は原作通りなんだけど、後半はワニのいなくなったあとの世界を描いたオリジナル展開になる。そこでチャラチャラしたカエルのキャラクターが出てくるのだが、こいつが「今度メシ行きましょうよ~w あっ、年齢同じ? じゃあタメ口でいい?」みたいな言動を繰り返す奴なのだ。
ただそれは完全に作劇上意図された造形なので、作品そのもののネガティブ評価には直接結びつかないと思う。人によってはウザすぎて観てられないと思うのかもしれないけど。個人的には、カエルが出てきたことで深みが増したと思う。
⑤100ワニは「即席の手抜き映画」なのか
これは誤りだと思う。むしろ丁寧な作りだなと感じた。
作画は簡素ではあるが、原作のスタイルからして構図や動きを凝る作風ではないし、変に凝ったら浮いてしまっていたと思う。
ストーリーは、原作エピソードを良い感じに取捨選択してまとめつつオリジナルエピソードを盛り込んでいて、うまいつくりだと思った。
テキトーに映像化して売り抜けようと思ったら、もっといくらでも雑に作れる。限られた予算と納期の中で最大限誠実に作られた映画だと思う。
■観終えての感想
良い映画だと思った。
原作の持ち味だった、動物たちがタラタラ無為に生活している弛緩した空気感も良い感じに映像化されていたと思う。声優さんの演技もよかった。連想した作品は『横道世之介』だ。
特に後半からの「ワニの不在」を中心に描いたストーリーは個人的なツボだったこともあり、少し涙ぐんだ。カエルというキャラの「好かれてなさ」がやけにリアルで、彼のつらさを思うと胸が痛くなる(私は正当な理由で嫌われているキャラのことが好きだ)。この映画で一番好きなキャラかもしれない。
ワニの不在によって空いた穴にカエルという異物が入ってくる。時間をかけてその変化を受け入れるというごくシンプルな話だが、多くを語りすぎないので品のある描き方になっていて好みだった。無理やり泣かせにいくようなシナリオになってなくて本当によかったと思う(このへん、泣ける映画として推したがる宣伝との不協和も感じる)。あとこの構成だと原作の「死まで○日」を入れてたらただの悪趣味になってたはずなので、ここもなくしたのは良い判断だなと思った。
退屈に思う人の意見もよくわかる。
スクリーン越しにエンタメが次々供給されてくるような作品ではない。特にTwitterを追っていた人は「結末」を知っているわけで。だから退屈に感じる人もたくさんいるだろうと思う。減点法で見るような姿勢とは決定的に相性が悪そうだ。
観ないで批判するのは論外として、「なんか評判悪いから気になってるけど、観ないで叩くのもアレだから観て叩こう」みたいな人も別に観ないでいいと思う。たぶん観ても楽しめませんよ。お金もったいないですよ。1900円、大事ですよ。そういう人も、ワニ原作の連載が終わった直後に繰り広げられたセンスない宣伝に別の形で踊らされてしまっていると思う。100ワニの作風は、実際のバズによって届いた範囲よりずっと狭いところに刺さるタイプのものだ。
また、商業的なタイミングを逸してしまっているのも事実だ。原作がTwitterでやっていたようなリアルタイム性はやはり失われているので、ある種の熱狂は完全に冷めている。それこそが100ワニの持ち味だと考えるなら、たぶんこの映画は失敗だろう。商業的にも失敗するだろう。私はリアルタイム性を抜きにしても100ワニは面白い漫画だと思っているし、その魅力を取りこぼさず映像にした本作はいい作品だと感じた。少なくとも「史上最低の映画」とかではないと思う。ちゃんとした計画があり、それに則ってちゃんと作られた映画だ。
当日、映画を観たことをツイートしたら、知らない人から「睡眠時間ですか?」というリプライが来た。映画を観ていない人が観た人にこういう冗談を言ってもいい雰囲気が形成されているとしたらとても残念なことだ。自分自身を「その他大勢」に押し込めるような生き方からいつか脱してほしいと思う。