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ドナー (1)

2019年9月2日

登録外の090から電話があった。

「コバヤシダイスケさんですか?骨髄移植のドナー候補になりました。お送りしました書類はご覧いただけましたでしょうか?」

初めて聞く声の予想だにしない内容に、いえまだです、としか答えられずに電話を切った。突然放り込まれた刺激物に動揺しながら、献血の書類送付先が実家のままだったことを思い出し、慌てて母に電話した。

「なに、あの書類?やめてよ!」と母は声を荒げた。

その強いトーンは、18歳のときに治験のバイトをやると言ったときと同じ厳しいもので、四半世紀前の記憶が一瞬で蘇った。

3歳上の兄が「お前もやろうぜ」と見つけてきたそのバイトは、未認可の薬の実験台として所沢の施設に一ヶ月入院するものだった。要は新薬の身体的効果を調べるための臨床検査の検体モルモットで、報酬は30万円だったと思う。アメリカに行く資金が欲しかったので、てっとり早くカネが手に入ると思い面接の予約を取ったが、母が猛反発した。息子たちの悪事には慣れている母が鬼の形相で反発した。結局、面接をぶっちした。

電話口で「あなた、ちゃんと調べたの?リスクわかってるの?後遺症わかってるの?それやる意味あるの?」と集中砲火する母に、「わかってるよ、大丈夫だよ」と不貞腐れて電話を切った。何にもわかってなかった。

つづく


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