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希望のハコ 最愛の娘になった最愛の君へ 第十四話

 三日後……。
 仕事を終えたカギとハコは、いつものパーキングにキッキンカーを停め、ゆかりとカンナと合流してダリア婦人の屋敷へと向かった。
 ハコとカンナは、出会うや否やいつものように何年も会ったなかったように大喜び。手を繋いで魔法少女の主題歌を歌いながらひたすら前を歩いていく。
 その表情は雲の上を飛び跳ねるように笑顔だ。
 しかし、その後ろを歩く親……ゆかりの顔は蒼白に固まる。
「ハコの……記憶が戻った?」
 ゆかりは、前を歩く二人に聞こえないように小さく、しかし、痛いくらい重く呟いた。
「戻ったってのは少し違うな」
 カギは、鋭い目を細めて後頭部を掻く。
「どっちかって言うとフラッシュバックみたいなもんだと思う」
 あの時の情景を思い出しながらカギは言う。
「雷と俺が部屋にいなかった恐怖で一時的に記憶の奥の奥に仕舞い込まれていたものが湧き出てきただけ。鼻血みたいなもんだ」
「その例え……凄く不快だわ」
 ゆかりがカギを睨みつける。
「それで……」
 ゆかりは、仲良く手を繋いで前を歩く二人を……ハコの背中を見る。
「ハコは、そのことを……」
「忘れてるよ。正気に戻ったと同時に綺麗さっぱり……」
 自分とキスをしたことも……とは言わなかった。
「……ハコは……辛そうだった?苦しそうだった?」
 辛い……。
 苦しい……。
 カギは、その言葉を胸中で反芻する。
「その言葉が優しいって感じたのは生まれて初めてかもな」
 ゆかりの目の動きが一瞬、止まる。
 次の瞬間、顔中の筋肉を動かして怒りを露わにし、何かを叫びそうになり……慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
 煮えたぎる感情を冷ますように何度も何度も何度も浅く呼吸を繰り返す。
 カギは、横目でじっとその様子を見る。
「ねえ、カギ……」
 ゆかりは、両手を下ろした口を開く。
 大分、落ち着いたものの声は痛く、重い。
「ハコ……記憶戻らない方がいいのかな?」
 カギは、眉を顰める。
「何も知らない……何も覚えてない純粋無垢な子どものままでいた方が幸せなのかな?」
 ゆかりの吐露にカギは何も答えることが出来なかった。
「私……今のハコ大好きよ。優しく……素直で……甘えん坊で……本当に可愛い。カンナとも仲良くて……親友って言葉がぴったりで……」
 ゆかりは、眩しそうに仲良く手を繋いで歩くハコとカンナを見る。
 かつて、ハコの隣を歩いていたのは愛娘ではなく自分であった。
 あんな出来事さえなければ今もハコは自分の親友で、お互いに結婚して、お互いの子どもを遊ばせて、育児がたいへんとか旦那のあれやこれやの文句を言いながらも幸せな生活を歩んでいたのかもしれない。
 あんなことさえなければ……。
「……それでもハコに戻ってきて欲しいって思っちゃう……」
 ゆかりの目から小さく涙が流れる。
「ハコに"ゆかりママ"じゃなくて"ゆかり"って呼んで欲しいって思っちゃうの」
 カンナは、涙を堪えることが出来ず、両手で顔を覆う。
「転ぶぞ」
 カギは、横目で見る。
「隙間からちゃんと見てるよぉ」
 嗚咽を飲み込みながらゆかりは言う。
 カギは、ポケットから綺麗に畳まれたタオルハンカチを出してゆかりに差し出す。
「ちゃんと拭け。カンナに気づかれる前に……」
 ゆかりは、指の隙間から差し出されたタオルハンカチを見て……受け取る。
「あんたも変わったね」
「お互い様だ」
 カギは、少し恥ずかしそうに前を向く。
 その様子を見てゆかりは小さく笑みを浮かべ、そして真顔に戻る。
「カギ……あんたはどう思ってるの?」
「どうって?」
 カギに聞き返され、ゆかりは躊躇ためらいながらも口を開く。
「ハコに記憶が戻って欲しい?……戻って欲しくない?」
 カギの鋭い目が大きく見開く。

 カギ……。

 三日前……苦しみ悶えながら、助けを求めるように、愛しい者を求めるようにキスをしてきたハコ……。

 カギ……。

 何も起きず、いつまでも穏やかに、幸せに歩んでいけると信じていたあの時、穏やかに笑みを浮かべるハコ……。

 パパ……。

 全てを忘れめ純粋無垢な子どもに戻り、自分を父と慕い、たくさんの愛を振り撒くハコ……。

 カギは、ぎゅっと拳を握りしめる。
「俺は……」
 カギが躊躇いながら言葉を吐き出そうとする。
「パパァ?」
 いつの間にか立ち止まっていたハコが不思議そうにカギを見る。
「パパ?どうしたの?お顔怖いよぉ?」
 そう言って不思議そうにカギの顔を見上げる。
「ママ、なんで泣いてるの?」
 タオルハンカチで目を押さえてるゆかりを見てカンナは不安そうに言う。
 ハコは、人差し指を唇に当てて二人を交互に見て……はっと目を開く。
「パパ!ひょっとしてゆかりママのこと泣かしたの⁉︎」
 ハコの言葉にカギとゆかりは同じように目を剥いてお互いの顔を見る。
「おじちゃん……ママ泣かしたの?」
 カンナの顔に怒りが浮かぶ。
 その顔は、怒った時のゆかりにとても良く似ていた。
 ハコは、ゆかりに近寄るとぎゅっと自分の手をゆかりの手に回す。
 ゆかりが驚いてハコを見る。
「いくらパパでもゆかりママ泣かしたらハコ怒るかんね!」
 ハコは、大きな目を怒らせてカギを見る。
 その姿は、中学時代、素行の悪かったゆかりに同じ学校の不良グループが絡んできた時に、勇気を振り絞って前に出てきたハコの姿と重なった。
 ゆかりの目から再び涙が溢れる。
「ハコ……」
 ゆかりは、ハコをぎゅっと抱きしめる。
 ハコは、突然、ゆかりに抱きつかれたことにきょとんっとする。
「ハコ……ハコ……」
 ゆかりは、大声でハコの名を呼んで泣いた。
 ハコは、今度は自分が泣かせてしまったのかと大慌て。カンナもママ泣かないで、とピョンピョン飛び跳ねる。
 カギは、3人の様子を小さく息を吐きながら見つめた。
 そして思う。
 俺は……あの時なんて言おうとしたのかな?

#恋愛小説部門
#最愛
#娘

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