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038 異世界落ちたら古龍と邪龍の…

第二章 それでは そろそろ参りましょうか

038 温泉騒動

「もし、お客さま。ミキさま、いらっしゃいますか?」

「おや、この声は?は~い。いま 開けますね」
「これは、女将さん」

「あの、先ほど伝え忘れたことが ございまして。」

「はい」

まじまじとミキを見つめる女将のウェスティナ。
(見れば、見るほどあの宿帳の記載は、間違ってしまっているのではと思えてしまうほど女性にしか見えませんね。すごくおきれいです)
そう、宿を訪れたときには まだフードを付けており顔すべてをさらしていた訳ではなかったのである。そして今、部屋でくつろごうとしていたミキは、素顔のままで応対しているのである。

「どうかされました?」

ハッと正気に戻るウェスティナ
「あ、いえ。当宿には、外風呂がございまして…外風呂と申しましても 天然のお湯が…」

「もしかして温泉ですか?温泉があるのですか?」

「お客さま、急に…あと近いです」
「すみません。温泉がなにか存じ上げませんが 先だって 宿の増築をしようと、まぁ ここから少し離れたところを掘っておりましたら 熱いお水が…お湯ですね。それが 吹き出してきましてね。それで お風呂に。ですので まぁ 外風呂なんですが…それが、ございまして。簡易な屋根と囲いだけのものですが。当宿の自慢のひとつにしようかと」

「はい、はい。もちろん入ります。入っちゃいます」

「それで 女湯と男湯に分かれております。女湯の方は、宿の裏から出まして 左側へ。男湯の方は 右側に それぞれ 入り口がございますので あの申し訳ございませんが 他のお二方にもお伝え願えますか?」

「あっ、はい。伝えておきますね」

「ありがとうございます。本来ならば 私どもの方で お伝えしなければいけませんのに…」と、そう言いながらもやはり、ミキをまじまじと見つめる女将のウェスティナ。

「あのぉ、なにか?」

意を決して訊ねるウェスティナ。
「失礼ですが、宿帳の記載を拝見いたしました。それで…ですね。性別欄に 男と記載されていらっしゃるようでしたので…差し出がましいようですが もしかして記載を間違われたのかなと。もしくは 何か理由があってのことかと存じまして」

「あ~、ですよね。あの僕って 見かけはこんなですけど…一応男なんです。」

「然様でございましたか。これは 大変申し訳ない事をいたしました。ですが…そうなりますと」と思案げな顔をする女将。

「お風呂?ですか。大丈夫ですって…脱いでしまえば…」とミキが そこまで言いかけたところで 話を遮る女将である。

「まったく、何を仰ってるんでしょうね。脱いでしまえばなんて。ダメにきまってるじゃないですか。よしんば あなたさまが ほんとうに女性でなくて 男性だったとしましょう。それでも…えぇ それでも!です。脱ぐ、だなんて。で もしお客さまが 他の男性の方とお風呂に浸かったりでもしたら…」

「したら?」

「どのような間違いが 起こってしまうか」

「はぁ~、わかりました。お風呂は…残念ですけど、ほんとに残念ですけど 諦めます」

「いえ、そこは、この女将ウェスティナが その名にかけてなんとかいたしましょう」

「ほ・ほんとですか?」
「ほんとのほんとに お風呂…温泉諦めなくてもいいんですね」

「はい、わたくしに おまかせください」

「お~い、ダンナ。」「若!」
「「一体、どうされたんで?」」

「あぁ、ヒサさん、タケさん。聞いてくださいよ。この宿には 温泉…お風呂があるんです。外風呂なんだそうですけど」

「ひゅ~」、「いぇ~ぃ」
「それって ほんとでやすか?」

「えぇ、ほんとです」

「あっ!サッし」
「なるほどぉ、温泉でやすか?お風呂好きですもんね」
「なるほど、で かんげきのあまり?」

「いえ、そうじゃなくて。いえ そうですけど。それがですね。僕の見た目が 問題…っていうか」

「なるほどなぁ、解る気がする」
「あぁ、俺たちだって 初めて若と出会ったときは…」
「「そうだったなぁ」」

「あぁ、皆さん方も?」

「もちろんでさぁ」
「おまけに あのときの若は…」

「ヒサさん!」

「あっ、すいやせん」
「けど、若。若がお風呂好きなのは、毎日入ってやしたからね。それは知ってやすが 若って基本、お風呂は いつも一人で入ってやしたでしょう?」

「あぁ、そういえば そうですね」

(えっ?なになに。このお客さまって そんな簡単にお風呂に入れるの?そんな立場の方なの?あまりにも気さくに話されるから ごく自然に 他のお客さまと同じ感じで話していたけど…宿帳にはたしか…商会主ってありました。でも そこいらへんの小さな商会じゃお風呂に毎日だなんて…商会主っていうのは もしかして世を忍ぶ仮の姿で 実は どこかの…それも高位の官?それとも お貴族さま…はないか。あいつらときたら 何を考えてるのかさっぱりわかんないし。貴族至上主義の、階級主義の権化)

「あの女将さん、女将さんってば」

「…はい。これは すみません」

「だいじょうぶですか?僕が お風呂に入りたいってことで…あのいいんです。ご迷惑をかけてまでお風呂にはいろうだなんて思っていません。」

(ほんとにね、わたしったらなんてことを。こんな気さくな方を お貴族さまと考えちゃうだなんて)
「いえいえ、そうじゃないんです。少し思案を巡らしていただけですので。少しお風呂を使う時間が遅くなっても問題ありませんでしょうか?」

「えっ、えぇ。それは まったく。どんな形でもお風呂に入れるっていうのなら。時間なんてまったく問題ないです」
っていうかどこかから おまえは シ○カちゃんかと聞こえてきそうな気が…。

「では、こうしましょう」


……女将がした提案というのは

039 温泉騒動 2

女将が お風呂好きのミキのために考えてくれた提案というのは、ごく普通に 温泉の貸切りであった。

ただこの世界、食堂の貸切り、居酒屋の貸切りなんていうのは、存在していたのだが お風呂、それも天然温泉の貸切りなんていうのは 存在していなかったのである。

一人のために、なかったものを新たに作り出す。人を笑顔にするために、出来る限りのアイディアを考える。それは かつての地球・日本の『おもてなしの心』それでは ないだろうか。

まぁ、ミキもこんな素敵な提案ならと 受け入れることにしたようですね。えぇ、我が儘を言うつもりは、なかったのですよ。半ば、諦めていましたし。無理を言って女将を困らせるというのは、なんか違う気がすると考えていたようです。

で、女将の提案を受けたミキは、今度は ミキの方から提案をもちかけるようです。

「女将、それでは わたしからも一つ提案があるのですが…」
「お時間の方、よろしいでしょうか」

「えっ、はい。あと一刻くらいなら大丈夫ですよ。」

「提案というのは、わたしのように 紛らわしい容姿のせいでお風呂には入れない者っていうのは、それほど多くはいないと思うのですけど。でも それ以外に、身体に酷い傷を負っていて、それを人前で晒すのは ちょっと気が引ける人とか、あと顔が強面で その方たちがお風呂に入ろうとすると 他の方が 後ずさるとか…」

「あぁ、(チラっとヒサとタケの方を見てしまう女将)そうかもしれませんね」

「他にもですね、例えばなんですが 新婚さんで お二人だけでお風呂を楽しみたいとか。家族だけでお風呂を楽しみたいとか そんな可能性もあるかもしれませんよね?」

「おぉ~、なんというか それは 新たな当宿の形かもしれませんね。すごいです。お客さま」
「あっ!……ですが」

「予算の関係でしょうか」

「そうですね、今のお話を伺っていますと あらたに浴場を作った方がいいような…それですと 男女二つの浴場と貸切り専用の浴場、こちらは ひとつよりも二つ、三つと用意した方がいいですよね?」

「えぇ、仰るとおりだと思います」
「ですが、もし許されるなら わたしに少しだけお時間をいただければと…」
このときミキが 考えていたのは 今ある男女大浴場を貸し切ってしまうのは心苦しいし、それならば 浴場一つ自分が入るためだけに用意してしまえという…ある意味究極の贅沢をしようと考えていたようです。

そう言って女将を真正面から見つめるミキ、そのまっすぐな瞳に耐えきれず思わず
「はい」といってしまった女将を責めることなど誰にも出来るはずがない。

「では…まだこの時間ですと入浴されていらっしゃる方は おられませんよね?」

「ええ」先ほど 思わずハイと返事をしたもののちょっぴり不安になってきた女将である。

「この場所に、少し小さめの…そうですね 二、三人が入浴できる浴場を設置しても?」

「え、えぇ。それは かまいませんけど。見ての通り ここは もともと家の土地なのですが なんにもなくて。それで 宿の増築をしようとしていたんですけどね。地面からお湯が 吹き出してきましたので、まぁ その計画も今のところは流れていますので」

「では…」この場所に、小さな小家族向けの家族風呂を創造する為にイメージを増幅、集中させるミキ。頭に思い浮かべたのは、かつて訪れたことのある聖徳太子も訪れたことがあるという温泉地。その温泉地にある天然陶器の風呂をイメージする。
「クリエイト・天然陶器風呂」
「あそこの林になっている木をいくらか いただいても?」

「はぁ。どうぞ」女将は、何がおこっているのか 理解が追いつかない。

「では あの木を加工して、この天然陶器風呂の周辺を 囲んでしまえばいいですね。床は…やはり木の方がいいでしょうか。それよりも 小さな石をちりばめた方が?…そうですね。こちらは 木で作ってしまいましょう」
どんどん貸切り家族風呂のイメージが固まっていく。ミキの魔力も同時に高まっていく…そして ついに
「クリエイト・コテージ」

「完成です」
「あとは、こちらへ源泉からお湯をひいてくれば…もし。女将さん」

いまだ理解が、追いついていない女将は、固まったままである。
「女将さん、女将さん…そうだ!こう言うときは。『おかみさ~~~ん!じ・か・○ですよ』って叫べば良いってなにかで読んだことがあるような、ないような」

「はい、起きてますよ。じゃなかったです。一体、なにを、何をされたんでしょう。何が 起きているのでしょう?」

それを聞いたヒサと、タケ。
「「うんうん」」
「なにがなんだか」
「まぁ、こういうものだと 諦めてくだせぇ」

「それにしたって…あんな短時間で。そんな」

「それだけ女将さんが 提案してくれたことが 嬉しかったってことですよ」
「ですが…まぁ たしかに。やりすぎかも?」

そんな会話が、ヒサ、タケ、女将の間で交わされていることなど気付くこともなく、ひたすら貸切り家族風呂の仕上げに集中していたミキである。
「どうでしょう?こんな感じで仕上げてみたのですけど」

「えっと、あの、その…はい。すごく いいです」
「じゃなくって、なんなんですか この貸切り家族風呂?ですか…なんで」

「ダメ?でしたか」

「いえ、ダメじゃなくてですね。そういう話じゃなくて…」

「女将、諦めろ。この方は ある意味理不尽の塊のようなお人だ」

「はぁ、そうですね。深く考えてもしかたなさそうです。何よりあの嬉しそうな顔、うれしそうな瞳。もうあんなの見せられたら 何も言えないじゃないですか」と苦笑いな女将である。

「えっと、お客さま。ありがとうございます。でも ほんとうによろしいのです?この貸切り家族風呂。」

ちょっとダメだったのかと心配そうな顔をしていたミキであるが、女将の言葉を聞いて 嬉しそうに 笑顔で
「はい。でもでも 一番風呂は、僕にしてくださいね」
そんなことを 言うのであった。

「はい、それは もう。いろいろ確かめてくださいね」
と、宿を預かる女将としての強かさをみせるウェスティナであった。

こうして始まった温泉騒動であったが、女将の貸切り風呂にするという提案から ほんとうに貸切り専用の貸切り家族風呂を作ってしまうことで 一応の決着が 着いたのであった。

「あっ!でも この新しく出来たお風呂のこと、お母さんに どう説明しようかしら?」とあらたな問題に気付く若き女将であった。


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