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「ブルグマンシアの世界」のひとたち6~南あずき~

南あずき(エル)

キャストや演出への思い出し笑いを積み重ねてきて、目先を変えるためにいったんスタッフの話題にシフトしてみました。
インターン生が正社員に昇格したこともあり、若手メンバーの三者三様を二者まで書いたところで、僕の視点をリセットできたらいいな、なんてことを思いまして。
シフトしてみた結果、リセットされることはありませんでした(笑)。
考えてみれば、何をどうリセットするか、リセットした結果どんなメリットがあるか、特段の勝算があった訳でもないのですから当然ですね。
で、逆に、リセットできなかったゆえのデメリットがあるかといわれれば、これも特に思いつかず。
という訳で、何事もなかったかのようにキャストの紹介に戻りますね。
斎藤ゆうにはもうちょっと首を長く洗って待っててもらうことにして。

南あずき。
口跡の明瞭な、きっちりと台詞を吐ける役者さんだな、というのが第一印象です。
「エル」という役は、「ハレンス」というVRのCPUキャラクターです。アシスタントキャラクターという点ではExcel95のイルカに相当します。あんなに嫌われていた訳じゃないですけど。これは今の40代以上には絶対に刺さるはずだ(笑)。

で、今回の「ブルグマンシアの世界」以外でまともにあずきさんの役者姿を拝見したことがないんですが、今回に関して言えば、口跡がくっきりしていると同時に、抑揚が非常に抑制されている、そういう印象です。あくまで僕の好み、ですが、非常に好きな声(声質自体もそうですが、むしろ台詞としての声の出方として)です。今回の「ブルグマンシアの世界」での「エル」というキャラクターを考えると、結果的にはとてもぴったりな声の出方だったと感じています。もちろん本人はいろいろな試行錯誤をしているはずですが。

次は抑揚・感情の起伏といったところを見たいなあ。と思ってたところに。

劇中で、録音した台詞やナレーションを流す必要があり、そのうちのいくつかをあずきさんが担当することになりました。ひとつは「前説」と呼ばれる、「観劇にあたってのお客様へのお願い」というやつです。携帯は電源切ってね、とか、トイレ済ませておいてね、とか。
それと、こっちは声に加工を掛けたのでお気づきの方がどれくらいいらっしゃるか、アルカ(のユーザ/プレイヤー=天音)の母親の声も彼女が担当しておりました。前説の方はわりと(「さらに無機質に」という演出指示はありましたし、そのほかそれなりにいろいろ工夫はしてくれたんですが)すんなりと。言葉の粒が立ってるし、変に語頭がつぶれるクセもないし。初めての声録りということもあって声量自体に少し苦労しましたが(声量が足りないとポップノイズまで拾っちゃうんですよね)、語尾の言い切りと単語の修飾関係に気をつけながら、かなりいい具合に録れたと思っています。
で、注目すべきはむしろ母親の声。どうやら浮気に狂って家族を顧みない父親に投げかける母親の心の声です。どんな声なのか、創り方はいろいろ考えられますが、演出指示としては「絶望のあまり泣き叫ぶ」に近いものだったと記憶しています。「抑揚が非常に抑制された」、言い方を変えると非常に理知的な役者さんである(と僕は今でも思い込んでる)あずきさんに、どれくらい対応できるのか。
結婚の経験はない、子供もいない。なので、直接その登場人物のおかれた状況をトレースすることはできない。まあお芝居で役者のおかれるシチュエーションってだいたいそうなんですよね。「いちど死んでこの世とあの世の境を見た」とか「500年生きてる」とかいう役者さんはそうそう見かけません。そこで、あまりにプライベートに踏み込むのは躊躇われたのですが、現在の彼女の交際関係を引き合いに出してもらいました。詳細は敢えて省きますが、こちらの思惑以上に、「浮気に狂った父親の言動」を(彼氏さんのイメージで)トレースしてくれたみたいです。思惑以上というより、ちょっと心配になるくらいのレベルで。あとから本人に聴くと「泣きそうになってた」んだそうです。あずきさん本人にも彼氏さんにも申し訳ないことをしてしまいました。
で、それが、録音されたデータとしてどうだったかというと。
いやあ。いいのが録れたと思うんですよ。
幸か不幸か、僕も「浮気されて家族をほっぽり出されて、ちょっとおかしくなっちゃうレベルで『お父さん、どうして』という独り言を吐いてる」知人の姿というのを目撃したことがないので、これもトレースとして正解かどうか判断しかねるのですが、もしそのシチュエーションに追い込まれたとしたら「こんな声が聴ける」んだろうなあ、と想像されるような声が聴けました。――お芝居の話だから敢えて「聴ける」と表現しますが、現実で近しい人から聴きたいとは思いませんよ。もちろん。
なおかつ、「抑制された」「理知的な」あずきさんの声色が完全に消え去った、ということはありませんでした。これは、見方によっては、このシチュエーションでこれだけ理性が残せるのか、もっと制御不能なくらい叫ぶんじゃないか、という疑問があって然るべきだとも思うのですが、でも僕は逆に、ある一定のレベル以上に追い詰められたら、理性云々以前に「叫ぶ」ことすらままならない、ゆえにむしろ理性的にすら聞こえるくらい抑え込まれた声が発せられる、と想像しています。今回のあずきさんの声は、半分以上は後者寄りでしたが、そこに前者の制御不能な要素が――「泣きそう」の要素が、うまい具合に乗っかったな、と見ています。「抑制された」「理知的な」というあずきさんの声の美点に、「お願い。助けて。」という、抑えることのできない感情が乗っかると、とても素敵な「役者さんの声」が聴ける。録音ブースのあずきさんの声を、演出のみりっこさんと一緒にヘッドフォンでモニターリスニングしていた者にとっては、とても嬉しい時間でした。

「エル」というキャラクターに関しても触れておかないとね。前述の通り、CPUキャラクターです。古くはキューブリックの「2001年宇宙の旅」の「HAL」なんかがそうだと思うのですが、現在でもまだまだ一般的なイメージとして、抑えた演技がふさわしいと考えられます。「HAL」の場合は自我に目覚めてからも終始一貫抑えたトーンだったのでむしろ恐怖感が増していた印象がありますね。で、「エル」はどうだったかというと、「自我に目覚める」と言ってもいいのだと思うのですが、プログラムに基づいた自らの言動が果たして正しいのか疑問に感じ始める。その疑問は、原則として人間であるプレイヤーが操っている僕(ダスト)をはじめ、周囲のアバターの人間くささによってもたらされたものと考えられます。事実、最後にダストたちと対峙したときのエルは、ダストたちに与えられた言葉による情報を処理しきれず――あるいは「感情」という、2進法の情報処理とは明らかに異質なタスクにオーバーフロー状態だったように見えます。おそらく「自我に目覚めたAI」の暴走ですが、「エル」の演技に対するあずきさんのアプローチとしては、「2001年」や、捉えようによっては「ターミネーター(特に2)」などのように「抑えたまま」終わるのではなく、感情(と考えられるもの)の表出を抑えてきた「機械」の表情から、最後に「悩み」「葛藤する」という人間くささを露出させる、そんなプロセスを見ることができました。そのプロセスが「ブルグマンシアの世界」には必須だったのかもしれません。少なくともダストにとってはその後の自身の変容のためにも重要なトリガーになりました(そのあたりは「サイ」の章で述べています)。
自我、この場合は「人間くささを始めとする、人間の感情を想像する能力」と言っていいと思いますが、彼女がこれを手に入れた結果、ハレンスというVRのマスターであるサイに消去されます。エルの変容は、サイが理想とするVRのかたちとは相容れないものなのでしょう。多少の意訳あるいは誤読を許していただけるなら、「疑問を抱く」という「人間くささ」は、サイにとって自らのVRを維持するために排除すべきものであったと思っています。一方で、これも語弊を恐れずに言えば、エルの「人間くささ」こそが、ダストたちアバターにとってこの先「人間くさく」それぞれの途を歩むためのバネになってくれた、とも思えます。
ひと言だけ、エルの台詞を引用しましょう。

以下引用
上演台本P20
エル 「・・・・・・でも・・・でもそれでもッ!・・・ここは・・・!
引用以上

たまたまこの台詞の瞬間、ダスト(僕)はエルの表情を見ていなかったのですが、声を聴いてる限り、AIあるいはCPUではなく「人間」――台詞を聴く限り「『処理しきれない』ことそれ自体」よりも「『処理しきれない』ことを『理解してしまった』CPU」という、より高次元の覚醒を感じます。「『理解してしまった』ところで『どうすればいいのか解らない』」という、より高次元の葛藤は、あずきさんの声から十二分に感じられました。
冒頭に述べたとおり、今回以外にあずきさんの舞台姿をまともに拝見したことがありません。その上での想像ですが、こういう人間くさいお芝居も意外と得意なんじゃないかな、という気がします。自我が芽生え始めたこのシーン以前を徹底的に「抑えてきた」からこそより引き立ったという事実はありますが、それはひとつは「エル」の存在を、時系列的に「このシーン」をピークに設定してディレクションした演出の田中愛積の功績であり、もちろんこのサミットを台本に書き起こした斎藤ゆうの功績であり、同時に、またそれ以上に、その台本とディレクションに応えた南あずきのクリーンヒットだと断言できます。

次は抑揚・感情の起伏といったところを「もっと」見たいなあ。
実際に、舞台で。
あ、あくまで僕の個人的な思いですけどね。
とっても楽しみです。


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