読み書き障害(ディスレクシア)とは? その検査や支援の方法とは? 研究と支援の第一人者・河野俊寛さんに聞く
「読み書き障害(ディスレクシア)」という障害があることをみなさんはご存知でしょうか? 近年広く知られている発達障害に含まれ、文字の読み書きに困難さを抱える障害です。
ただし、一口に「読み書きの困難さ」と言っても、その要因はさまざまであることが研究によって明らかになってきています。ある人は音声から文字を想起できない、ある人は目で見て文字の形を認知しにくい、またある人は文字の形を記憶するのが難しい、さらに別の人は目で見たものをきちんと捉えて手の動きと連動させて書くことが苦手……。
そうした複雑な要因があるにもかかわらず、読み書きは自然に当たり前にできることと一般的に思われているために、周りから理解されにくく、「努力が足りない」と偏見を持たれてしまうこともあります。
北陸大学教授の河野俊寛さんは、読み書き障害の研究と支援を行っています。2022年夏、平林ルミさんとの共著『読み書き障害(ディスレクシア)のある人へのサポート入門』(読書工房)を上梓した河野さんにインタビューしました。
現れ方も要因もさまざまな「読み書き障害」
——読み書き障害とはどんなものですか?
河野さん 読み書き障害(ディスレクシア)は、発達障害の一種で、限局性学習障害というものに分類されます。限局性学習障害とは、文部科学省の定義では、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」という6領域のどこかの学習に著しい困難がある状態とされています。なかでも、読み書き障害は限局性学習障害の約8割を占める中核障害と考えられています。
日本では、人口の5〜8%いると言われています(欧米では10〜15%)。ぜんぜん読めない、ぜんぜん書けないのではなく、読んだり書いたりする正確さとスピード・流暢さに負荷や問題がある障害です。例えば、音読が極端に苦手で一文字一文字読むとか、左右逆の鏡文字を書くとか、漢字の読み書きが極端にできないなどがあげられます。
知的障害ではないことも定義のひとつです。知的障害のある人も、文字の読み書きに困難さが見られますが、読み書き障害は、知能検査で計測する知能指数が70以上あるにもかかわらず、文字の読み書きに困難さがある障害です。ただ勉強ができないのは読み書き障害には入りません。
読み書きの両方に困難さを抱える人もいれば、「書き」だけに困難さがある人もいます。読み書き両方が困難な人のなかでも、「読みの困難の程度は軽く、書くほうが難しい」という人もいれば、「読みの困難の程度が非常に重い」という人もいます。
——どのように読み書きに困難さが生じているのか、もう少し説明していただけますか?
河野さん ひとつは、音韻操作の問題です。音韻操作とは、言葉を音の単位で自由に操作できる力のことです。音韻操作がうまく機能する場合には、文字を1つずつ音にして、自分の頭の中にある辞書と照らし合わせて言葉として理解することができます。例えば「ひ」「こ」「う」「き」と文字(音)1つひとつを、「ひこうき」というまとまりにして、自分が知っている単語「空を飛ぶ乗り物ひこうき」と結びつけて理解するという具合です。
検査では、「たいこ」という言葉を「た」「い」「こ」とばらばらにできたり、「た」を取って「いこ」と言えたり、逆から「こいた」と言えたりするかを調べたりします。このような音韻操作に困難さがあることが、読み書き障害の原因のひとつと言われています。
もうひとつは、視覚認知の問題です。視力が正常でも、文章を見ていると、脳の認識によって、文字が踊っている、動く、ねじれるなどして、どこにどの文字があるかわからず、読めない、書き写すことができないといったことが起きます(参考:特定非営利活動法人EDGEウェブサイト「ディスレクシアって?」)。
例えば、私が会ったことのあるお子さんに、丸を見て四角に書き写す子がいました。視覚認知がものすごく特殊で、ご本人には丸が四角に見えているようなんです。ピアノを弾いていても、鍵盤がきちんと分かれて見えていないので、いつも触覚で記憶して対処していました。
私もいろんな当事者と会ってきましたが、驚きましたね。「丸が四角に見えている」というのはかなり特殊な例かもしれませんが、視覚認知の困難さが読み書き障害の要因となっていることはあります。
ほかにも、目で文字の形を捉え、手指をうまく動かして文字を書くことが難しい(発達性協調運動障害)なども書きの困難を引き起こします。読み書きの困難さのために、一般の人よりも読書量が少なくなり、語彙力が低くなることで、ますます読みの困難さが増すケースもあります。
気をつけたいのは、「自分は読めない(書けない)。ダメな人間なんだ」と自尊感情が低下したり、うつになったりすることです。
障害の現れ方が一人ひとり違うからこそ、支援方法もカスタマイズしよう
——読み書き障害のある人への支援のポイントを教えてください。
河野さん まずは障害の要因が多様で、個人差が大きいことを押さえておきましょう。音韻操作、視覚認知、形の記憶など、どのような要因で読み書き障害が生じているのかを把握した上で、大人が良い方法を考え、本人にきちんと説明してから、具体的な支援につなげていくことが大切です。
例えば、読みに困難のある人の多くが明朝体で書かれた文章を読むのが苦手であると言われています。フォントメーカーはどんな人にも読みやすいフォントとして、ユニバーサルデザインフォント(UDフォント)を開発し、広く公的な機関で採用されるようになりました。文字をUDフォントにしたときに読み書き障害の被験者の読み速度が上がるかどうかという研究もあります。全体で見ると、確かに少し上がるんです。ところが、個々に見てみると、変わっていなかったり、むしろUDフォントのほうが遅かったりする子がいるんですね。
大切なのは、読み書き障害の当事者が読みやすいフォントを探したり、文字の載っている背景色を何色にすると読みやすくなるかを試したりする支援ではないでしょうか。
また、漢字にふりがなを振る支援方法も知られていますが、誰にでも有効なわけではありません。読み書き障害に視覚認知的な原因がある場合は、漢字という複雑な図形の認知に苦労しているのに、ふりがながあるともっと形が複雑になって認識しづらくなってしまいます。
本当に、1人ひとり違っているんですね。同じ方法が、ある子にはうまくいってもある子にはうまくいかないということは、ごく普通にあり得ます。
先に紹介した「丸が四角に見えている」お子さんは、読み書き障害が生じている要因を解きほぐしていくと、視覚障害のある人(弱視の人)と非常に近い。そこで、視覚障害のある人向けの支援を応用するのがいいのではないかと伝えました。例えば、文字を拡大する(拡大教科書を使う)、文字を白、背景色を黒にする(白黒反転機能を使う)などの方法ですね。
また、一生懸命努力して少し上達できることはありますが、困難さは残ることを理解してほしいと思います。例えば、眼球運動の異常が認められる読み書き困難の場合、幼児期・小学校低学年の時期にビジョン・トレーニングなどを行うことによって、読み書きの困難さもある程度改善すると言われています。ただし、完全に流暢に読めるようになるわけではないので、注意が必要です。
特に、反復練習には注意が必要です。繰り返し読んだり書いたりする練習方法は、読み書き障害のある子どもたちには有効でないことが多く、本人の苦痛を増やすだけになりかねません。
象徴的なエピソードがあります。私の研究で、学齢期に読み書きの困難があった成人8名に、読み書き検査を行い、その結果をフィードバックしたときのことです。被験者のみなさんの感想は、全員が「私の努力不足ではなかったのですね。ほっとしました」でした。読み書きの困難に対して、本人の努力ばかり要求することは自尊心を大きく深く傷つけるだけで、読み書きのスキルを向上させるものではないということがわかる話ではないでしょうか。
——検査やサポート方法として、具体的にどのようなことができますか?
河野さん まずは困難さとその要因を知ること、そしてさまざまなツールを活用しながら本人に合ったやり方を見つけていくことが大切です。
まずは、知的障害か読み書き障害かを調べる必要があります。「WISC-Ⅳ」や「WISC-Ⅴ」、「K-ABCⅡ」といった検査が用いられます。
読み書きの検査には、「改訂版 標準 読み書きスクリーニング検査(STRAW-R)」「特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン」「小中学生の読み書きの理解(URAWSSⅡ)」などがあります。
そして、より具体的に要因を知るために、視覚認知の特性を知るための検査や音韻的な原因を探るための検査などがあります。これらは『読み書き障害(ディスレクシア)のある人へのサポート入門』のなかで、詳しく解説しています。
サポート方法は、特にICTの面で進歩してきています。ちなみに、今回の新刊はちょうど10年前に出版した『読み書き障害のある子どもへのサポートQ&A』(読書工房)をベースに、大幅に改訂した本です。ICTの技術やツール、その活用事例が10年間のうちにかなり増えてきているので、新しく紹介したいという思いが叶いました。
ここで紹介しているサポート方法は、多岐にわたっています。例えば、タブレットやスマートフォンの画面を白黒反転させるだけでも、読み書き障害のある人にとって使いやすくなることもあり、そうした設定の方法も紹介しています。
もちろん、漢字にふりがな(ルビ)を振る方法、文章の文節ごとに線で区切る方法、フォントの設定方法、キーボード入力やフリック入力の方法などの情報も掲載しています。また、作文を書いたりプレゼン発表したりする際に自分の考えやイメージなどを自由に書き出して、それらの関連性をわかりやすく視覚化するためのマインドマップツールや、PDFに手書きで書き込めるアプリなど、さまざまな角度から支援できる方法があり、網羅的に紹介しています。
大事なことは、方法がなるべくたくさん用意されていて、本人の特性や希望に合った方法を選べることだと思います。
——学校における読み書き障害のサポートの現状については、どんなことを感じていますか?
河野さん 「読み書き障害」の認知度が少しずつ上がっている感触があって、学校の先生が気づく場合もよくあります。「どうもこの子は怠けているのではなくて、読み書きで困っているらしい」と、学校の先生から指摘されて私のところに検査に来るお子さんも増えているんです。
一方で、GIGAスクール構想のもとで子ども1人に1台の端末が配られ、タブレットは入ってきているけれども、読み書きの補助に使える新しいアプリを入れるのが自治体のルールや制度としてなかなか難しかったり……。
ただ、若手の先生を中心に、ICT機器の利用に慣れている先生も増えています。読み書き障害のある子どもが先生のサポートを受け、自分に合った機能をうまく使えているケースもあるので、今後はもっと広げていきたいですね。通級指導教室などで、読み書きに関わるICTスキルを教えていただけるといいなと思います。
——今後、読み書き障害を取り巻く環境について、どのようになっていくのが望ましいでしょうか?
河野さん まずは、読み書き障害の検査を実施できる人が足りていないので、検査ができる人を増やすことが必要です。私と平林さんが開発研究者として関わったURAWSSⅡという検査キットがあるのですが、発達障害者支援センターの相談員などに声をかけて、検査ができるよう、研修会をやっています。一般社団法人読み書き配慮や認定NPO法人エッジも同じ課題に取り組んでいますね。URAWSSⅡは20分ほどで個人でも集団でもできますので、「あぁ、この子どうかな」と思ったらすぐ検査ができ、支援にスムーズにつなげられるというわけです。
それから、学校でもその他の場所でも、ICTの支援を充実させたいです。読み書き障害のICTでの支援はさまざまあるのに、使い方を教えてくれる場がとても少ないんです。例えば、文字を音声化する「読み上げ機能」はiPadには標準搭載されている機能ですが、ウェブサイトの情報など文章を読むために使える機能だと知っている人は少ないかもしれません。
キーボード入力も、ローマ字入力でなくてもいいですよね。音声入力もあるし、タブレットにはひらがな入力もあるし、手書き入力もあります。本人にとって何が一番合っているのか、支援者が本人と一緒に操作しながら考え、読み書きのスキルを教える場が必要です。今、私は福井県の小児科クリニックでiPadを使った支援の方法を月に2回教えています。そうした場所も増えていくといいと思います。
最後になりますが、読み書きで苦しんでいる子どもたちに、私は「もう学校を休め」と伝えることがあります。
当事者自身が読み書き障害に気づくきっかけは、不登校やうつが多いのです。子どもの場合、不登校になり、まわりの大人があせっていろいろ調べているうちに読み書き障害に気づくことも多い。だから、極端な話かもしれませんが、読み書きが困難なのになかなか認めてもらえず苦しんでいるのなら、まず休んでしまうのも手です。休んだことによって、大人や学校がはじめて本人の困難さに気づくきっかけになるかもしれませんから。
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読み書き障害を中核障害とする学習障害は、自閉症スペクトラム障害やAD/HDなどの他の発達障害と比べるとまだまだ認知が進んでいません。だからこそ、「努力が足りないのではないか」「反復練習すればできるだろう」と言われ理解されず、本人の自尊心が損なわれてしまうこともあるでしょう。
河野さんは、「できないことをできるようにしよう」と「できないことはICT機器などを使って補おう」という2つの考え方を、お互いに補い合って選択していくことが大切だと言います。「ひらがなの習得だけはなんとかクリアしてもらいたいですね。最低限それさえできれば、ICT機器を使って作文を書いたりできるようになりますから。ひらがなだけの文章でも、書けば内容で評価をしてもらえるんです。そこから道が開けます」。
河野さんはもともと獣医師で、それから大学の哲学科へ。そして教員の道へと進み、発達障害のある子どもたちと出会ったことがきっかけで、研究を始めました。異色のキャリアを歩んできた河野さんの研究室に伺うと、壁や棚にはいくつものアート作品が飾られていて、専門書籍のほかにも哲学書や「文字」についての本が並びます。
さまざまな角度から人間を見つめてきた河野さんが研究・支援する「読み書き障害」について、ぜひ本を手に取り、知っていただけたらと思います。
取材協力:遠藤光太
内容構成・編集:読書工房編集部