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【終末ショート】最後の在宅ワーク

「くそがよ!」
私は暗闇の中、全力で吐き捨てた。女の子が暴言を吐くのはよくないなんてのは過去の話で、この多様性の時代では何を言っても文句を言われる筋合いはない。

社内発表を明日に控え、必死にPCで資料を作っていたのは21時頃だったか。カーテンの向こうで何かが雷のように光ったと思ったら、電灯を始めとした家中の電化製品すべてが火花を発して使えなくなってしまった。
火災にならなかったのは幸いだったが、PCが使えなくては資料作成どころではない。資料が明日の発表に間に合わなければ、中途半端な資料を前に挙動不審な女子が部長の質問に答えることになるだろう。

とりあえずブレーカーを上下させてみたりしたが、復旧する形跡はない。きっと雷による突発的な停電である。
ともかく明かりがなければ話にならないので、まずは懐中電灯を探す。
災害に備えなければいけないと日頃からわかっているが、非常時の荷物をまとめていなかったためになかなか見つからない。「備えておかないとダメヨ」などと言って母親がくれたものだが、どこへしまったか思い出せない。

数十分後、エアコンの止まった部屋でタンクトップをびちゃびちゃにしながら必死で探しまわったあげく、引っ越しの時のまま整理してない段ボールの中で懐中電灯を発見した。しかしスイッチを入れても文明の利器は暗闇を照らすことはなかった。

そこで出たのが先ほどの暴言。致し方ないことである。電池も交換したし液漏れもしていない、斜め45度からチョップしても点灯する気配すらない。
懐中電灯すら停電というわけである。

しばらく途方に暮れていると何やら窓の外が騒がしい。
ベランダに出てみると真っ暗な空に星が瞬いていて綺麗なのだが、下を見ると車の事故が各所で発生している。また一軒家では火の手があがる気配も見える。火花が散って引火する木造住宅もあったのだろう。それで不安になった人々が家から出てきてざわざわしているようだった。

しばらくその人たちを眺めていたら、ふと明かりを持っている人が目に留まる。そこで私の意識はまた資料作成に引き戻された。
そう、ろうそくを持っている人がいたのである。これだ!なんて簡単なことに気づかなかったのか。

確か元カレからもらったアロマキャンドルとマッチがあるはずだ。明かりさえあればチラシの裏ででも資料の草稿を作ることができる。草稿さえあれば明日の朝、会社に行ってPCに打ち込めばいいだけ。簡単なことである。

元カレはどうしようもないクズ男だったがプレゼントだけは役に立つらしい。

そして私はそのうちぬるくなってしまうであろう冷蔵庫からエナジードリンクを取り出し、文豪のごとく、アロマキャンドルの明かりを頼りに紙とペンで草稿の作成にとりかかる。

長く長く続く文明崩壊の一日目のことであった。

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