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100日後に死ぬ鍵村三段

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実在の人物、団体、女流棋士とはまったく関係ありません。
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記事一覧

101日目

「飯干さん、ちょっと相談が、あ、違った。飯干さんじゃなくて、一般男性だ!」

「いや、だから、そう呼ぶなと」

「めっちゃニュース出てるじゃん、彼女!」

「彼女じゃねーよ。嫁だよ」

99日目

ゴールラインを通るとともに、スマホのボタンを叩く。

ランニングの記録は今までで最速を叩き出した。

これなら、マラソン大会に出ても恥をかくこともあるまい。

厚底シューズの効果か、膝も痛めることなく、快適に走ることができている。

隣で修平も汗をぬぐう。彼も走るのが趣味で、時間が合うときには夕食後に一緒に走る。

走る距離はわたしが10キロ、彼が5キロだったのだが、そのことを知った後の「絶対追い

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88日目②

取材が終わって、彼の勤め先の病院に向かう。

今日は彼も半休を取っているらしいし、奥様と合流して師匠の様子を見て、まだ帰っていなければ神四冠に挨拶をしよう。足取りは軽い。

神四冠に対して憧れを抱いているのはわたしだけではない。将棋界にいて、彼に特別な感情を抱いていない人はいない。

シンプルな理由。全人類で最も将棋が強いのは神四冠だ。

憧れと羨望、嫉妬、尊敬、憧憬……

人によっては憎悪や殺意

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88日目

神清十郎四冠といえば、将棋界のウルトラスーパースターであり、第一人者であり、かつて七冠制覇を成し遂げた大人物だ。

彼が彼の兄弟子である木村七段と奥様である君野女流六段、そして、俺飯干修平と同じ病室にいる。

神四冠は持ってきたフルーツ詰め合わせを病室に置いた。昨日やっとHCUから出ることができ、一般病室に移動できたのだ。そのため、面会も制限が解かれ、家族ではない人でも面会できるようになった。

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78日目②

いつ頃から、その想いがあったのか。奨励会初段、二段、三段と経過とともに大きくなり、3期目の三段リーグで四段に届かなかったあの夜には明確に自分の中にその想いは確実に存在していた。

それは彼と同棲を初めて、3日目の夜だった。

彼は腹を立てていた。

わたしの多忙さに対して。

三段リーグ在籍しながら、女流五冠のタイトル戦をこなさねばならない。対策、トレーニング、受け答えやメイクも大事だし、スポンサ

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78日目

勝った時、負けた時、どう対処するのかというのは棋士にとって永遠の課題の一つだ。

浮かれすぎず、落ち込み過ぎずを掲げる者、思い切り酒や遊興に溺れる者、ひたすらに鍛錬を重ねる者。

鍵村夏芽のルーティンは決まっている。17時までの対局終了であれば可能な限り徒歩で、それ以降は交通機関で帰宅し、食事を摂り、ランニングする。

勝ち負けで一喜一憂する必要はないが、タイトル戦などの時には後援会の皆様が食事を

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51日目

木村重信師匠が倒れたのは5月のゴールデンウィークが過ぎてからすぐだった。

木村師匠は身体が弱く涙脆く優しくて将棋が大好きな人だった。勝負師としてはプロ棋士としてギリギリで棋戦優勝やタイトルなどとは縁がない人だったが、解説が上手で地元の大盤解説会にはよく呼ばれており、初心者向けの入門書を数多く執筆し、地元の将棋教室も運営している。ちなみに夏芽も地元の将棋教室の出身だ。

師匠は48歳の頃に夏芽を弟

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42日目

修平の我が家への挨拶を近所のちょっとした料亭で行った。

彼はスーツを着てその場に臨んだ。が、まぁ、拍子抜けするほどすんなりと終わった。

結婚を前提としていること、それに向けて期限を切っていること、医療専門職の正社員である彼が自分の仕事に誇りを抱いていること、この時点で母は彼に合格サインを出していた。

酒好きである修平と父が昼間から飲み比べをして、酔い潰れた父を彼が背負って連れ帰られるという失

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39日目

「生活様式変更の提案があります」

と、夏芽が告げたのは俺の家の近くにあるファミリーレストランでだった。

平日の夜に呼び出されるのは初めてだ。修平は食べ終えた定食を片付けてもらってから、「ふむ」と相槌を打った。

「長い話になる?」

「なるわ。確実に」

「麦酒飲んで良い?」

「駄目よ」

「んじゃ、珈琲でも頼もうか」

珈琲が到着するまでの間、彼女はノートPCを起動し、何らかのレジュメに赤

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34日目③

エビフライカレーはレトルト食品であり、美味しくも不味くもなかった。というか、よくわからなかった。

「ちなみに、長考って、あとどのくらいかかる?」

「わからないわ」

「先に風呂入ってきたら?」

答えられなかった。入浴するということは服を脱ぐということで、2人きりのラブホテルでそれは危険過ぎる。

沈黙していると修平が大きくため息をついた。時計を見る。1時間を越える大長考をしてしまっているので

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34日目②

鍵村夏芽は合理主義である。

基本的に言葉は信じない。行動や経歴ならば信じる。将棋においても、駒得や即詰みは信じるが形勢判断はいつも信じるに値しないと思っている。

この状況でどうすればよいのか?

ラブホテルの一室で夏芽はソファに座っていた。膝を閉じて、独特な甘い香りのする部屋の中で固まっている。

「注文できるけど、何食う?」

彼がメニューを提示してくるが、そちらを見ることもできない。赤い絨

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34日目①

「……あのさ、もしかして、修平さんって水難の相でもあるの?」

「……何故だろう。割と頻回に聞かれるな、それ」

「そうなのね」

「水族館でイルカから水掛けられてたよね」

「飼育員の指示以外であんな水しぶき出すんだな」

「それでスマホ壊れてたよね」

「その前の博物館で子供がぶつかってきて、ズボンがジュースまみれになったな」

「凄いよね」

「どこのぞ女流棋士からゲロ掛けられたりするしな」

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5日目

「鍵村さん、少しいい?」

声を掛けられたのは将棋会館から出ようとした時だった。

その場にいたのは君野ゆかり女流六段。すでに引退しているが、初めて女流棋士となった偉大な大棋士だ。ちなみに夏芽の師匠の奥様にあたる人だ。

彼女は浅黄色の着物を上品に着こなし、いつものように微笑みを浮かべている。

騙されてはいけない。勝負の世界では穏やかな人物の方がよほど恐ろしいのだ。

「構いませんが、何の御用で

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2日目④

「落ち着いた?」

「少しは」

鍵村夏芽は深呼吸をした。3月の昼下がり、先ほど失態を犯した焼肉屋のそばの公園のベンチに座る。

ちょっとした言葉に泣いて、吐いて、おぶさって、座れるところまで連れてきてもらった。

彼が買ってきたミネラルウォーターを飲んで、一息つく。

空を見上げた。3月の空はぼんやりと晴れている。

「もう疲れちゃった」

ぽつりと口が溢れた。駄目だ。甘えちゃ駄目だ。独りで生き

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