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ウクライナ・ロシア情勢から考えるインターネットの公平性と中立性

ロシア軍によるウクライナへの侵攻で、各国の政府や企業がロシアへの経済制裁を実施している。ITやインターネット業界でも、ロシアに対する製品やサービスの提供を停止・制限する動きが出ている。そんな中、ウクライナはインターネットのドメイン名などを管理するICANNに対してロシアの排除を要請し、ICANNはこれを拒否した。今回はインターネットの公平性と中立性について考えてみたい。

経済制裁としてのインターネットサービス停止

2022年2月24日から始まったロシア軍によるウクライナへの侵攻は、10日間が過ぎた現在も続いている。いかなる理由であれ、武力による争いは止めるべきだし、市民が犠牲になることは避けなければならない。一刻も早い停戦と平和的解決がなされることを願っている。

日本を含む多くの国がロシア政府を批判しており、経済制裁としてさまざまな施策を実施している。

各国政府だけでなくITやインターネット業界もこれに続き、アップルやマイクロソフトなど多くの企業がロシア国内での製品やサービスの提供を停止している。

グーグルはGoogleニュースからロシア政府系メディアを排除しているが、ロシア市民の情報アクセスを考慮して広告販売以外のサービスを提供し続けている。

また、メタ・プラットフォームズはSNSのFacebookやInstagramにおいてロシア政府や国営メディアによる投稿をプロパガンダ防止のために制限しているが、ロシア政府はこれを批判してロシア国内からの同サービスへのアクセスに規制をかけている。同じくTwitterもロシア政府の措置によってアクセスしづらくなっている。

ロシア政府に不利益を及ぼすことで、侵攻を止めさせることが経済制裁の目的ではあるが、ロシア市民にまで不便を強いてしまうのは悩ましい(もちろん、その不満が結果的にロシア政府に対する圧力になることも狙いの一つではあるが)。

一方、政府が情報統制や検閲を行うような環境では、偏向のない情報への自由なアクセスこそが市民にとって必要であり、それが結果的に戦争を止め平和をもたらすことになる。少なくとも、ジャーナリズムの精神を持ってメディアや情報提供サービスを行う人々はそう信じている。

ICANNによる判断の妥当性

3月1日に、ウクライナはロシアに対する制裁手段の一つとして、ICANNにロシアのトップレベルドメイン(TLD)と関連するSSL証明書の取り消し、さらにDNSルートサーバーのシャットダウンを要請した

ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)とは、ドメイン名やIPアドレスといったインターネット関連資源の管理や調整をグローバルに行っている非営利法人。ニュース等では核兵器の話題も出ているため紛らわしいが、核兵器廃絶国際キャンペーンの「ICAN」とは別だ。

ウクライナの要請は簡単に言えば、ロシアのウェブサイトやサーバーをインターネットから排除するということだ。要請したのは、ICANNウクライナ代表のナボク・アンドリー氏とウクライナ副首相兼デジタル変革相のミハイロ・フェドロフ氏で、ロシア政府によるプロパガンダやウクライナのITインフラへの攻撃を防ぐことを理由に挙げている。

しかし、ICANNはウクライナの要請を拒否した。もちろん、ロシア政府の肩を持ったわけではなく、インターネットを支える公平で中立的な存在としての対応である。ウクライナの困難な状況を考えると、ICANNの対応を批判したくなる人もいるかもしれないが、筆者もこの対応は間違っていないと考えている。

インターネットは、プロパガンダやフェイクニュースの流布にも利用されるが、権力の規制をかいくぐって市民が必要な情報を得たり、コミュニケーションを取ったりできる。インターネット上で提供されている個別サービスが使えなくなることも大きな不便かもしれないが、インターネット自体にアクセスできなくなるのはそれ以上に致命的だ。

ロシア国内で市民による反戦運動が生まれていることを考えると、インターネットアクセスは維持すべきだろう。

ICANNの公平性と中立性とは

インターネットの基盤となっている通信ネットワーク技術は、米国の研究組織によって開発されたものであることは広く知られている。そのため、ICANNは米国の主張や意見が反映されやすい組織と思われているが、それは大きな誤解である。

これまでICANNは、インターネットの重要資源を全世界的に調整する役割を公平・中立的な立場で担ってきた。ただし、設立の歴史的経緯からNTIA(米商務省電気通信情報局)によって監督される立場であったことも事実だ。しかし、それも2016年9月30日までの話で、同年10月1日以降はグローバルなインターネットコミュニティーが直接監督する体制に移行している。

米国政府が持ち続けていたインターネットに対する特別な地位は、このタイミングで消滅し、名実ともに中立的な組織になったと言える。

このICANNと監督権限にまつわる話は、「インターネットガバナンスの動向」として『インターネット白書』でも定期的に伝えてきた。特に監督権限が移管された直後に発刊された『インターネット白書2017』では、JPNIC(日本ネットワークインフォメーションセンター)の前村昌紀氏による詳細な解説を掲載しているので、ぜひご一読いただきたい(「インターネット白書ARCHIVES」でPDFを無料公開中)。

『インターネット白書2017』「インターネットガバナンスの動向」前村昌紀

インターネットとは、特定の国が所有・管理するものではなく、ICANNをはじめとする世界中のインターネットコミュニティーによって維持されている、公平で中立的な存在なのだ。これらのことを踏まえれば、ウクライナの要請への対応も納得できるのではないだろうか。



文:仲里 淳
インプレス・サステナブルラボ 研究員。フリーランスのライター/編集者として『インターネット白書』『SDGs白書』にも参加。

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インプレスホールディングスの研究組織であるインプレス・サステナブルラボでは「D for Good!」や「インターネット白書ARCHIVES」の共同運営のほか、年鑑書籍『SDGs白書』と『インターネット白書』の企画編集を行っています。どちらも紙書籍と電子書籍にて好評発売中です。