デジタルの日スペシャル: 人にやさしいデジタルの基盤「アクセシビリティ」に注目
10月10日と11日はデジタルの祭典「デジタルの日」。今年初めて創設されたこの記念日にちなみ、「D for Good!」では、「人にやさしいデジタル」の視点で注目サービスや重要トピックを紹介。今回取り上げるのは「人にやさしいデジタル」と関係の深い「アクセシビリティ」だ。
「アクセシビリティ」とは「人へのやさしさ」
デジタル庁発足に伴い、記念日「デジタルの日」が創設された。テーマは「#デジタルを贈ろう」で、この日を何らかの形でデジタルに触れるきっかけや機会にしようという趣旨だ。デジタル庁が目指す「人にやさしいデジタル社会」を踏まえると、まず思い浮かぶのは「アクセシビリティ」である。
アクセシビリティとは、高齢者や心身にハンディキャップを抱える人も含めて、誰もが同じように施設やサービスを利用できること。ニュアンス的には、バリアフリーやユニバーサルデザインなどとも近い。
コンピューターやインターネットといったICT分野では、機器の操作や情報アクセスについての容易さを指し、それを実現するためにさまざまな規格や基準が整備されてきた。
公共機関が運営する自治体や図書館、学校などのウェブサイトでは、アクセシビリティが考慮されていることが多い。「文字サイズの切り替え」や「テキスト読み上げ」機能、「色覚障害に考慮した配色」といったアクセシビリティ機能を体験したことがある人は多いのではないだろうか。
専門用語なのでなじみのない人もいるかもしれないが、要するに「アクセシビリティ(の高さ)」とは「人へのやさしさ」のことである。
デジタル領域のアクセシビリティは発展途上
「インターネット白書ARCHIVES」で「アクセシビリティ」を検索すると、1990年代から記事がヒットする。
『インターネット白書 '98』(1998年)には、慶應義塾大学の中根雅史氏によるインターネットアクセシビリティの解説記事があり、W3C (Wold Wide Web Consortium)による仕様策定や啓蒙活動、1998年3月開催の長野パラリンピック冬季競技大会での取り組みが紹介されている。
ただし、当時は黎明期であり、成果よりも課題を浮き彫りにした面が強く、社会のアクセシビリティに対する関心や重要性に対する意識をさらに高める必要があると結ばれている。
それから20年以上を経て開催された2021年の東京オリンピック夏季競技大会では、アクセシビリティは重要トピックの一つとなり、大会のアクセシビリティガイドラインにはウェブサイト基準やインターネット環境整備が当然のように盛り込まれている。
このように、コンピューターやインターネットを支えるデジタル技術とアクセシビリティはずっと近い関係にあり、共に発展してきたといえる。
デジタル技術革命でアクセシビリティも発展
アクセシビリティの重要性を疑う余地はないが、どうしても限られたマイノリティー向けと位置づけられるため、ビジネスの場における優先度は低くなりがちだった。
一般向けに提供される製品やサービスで、アクセシビリティ関連の機能が目玉になることはまれで、社会的意義や義務感からおまけ的に付けられるものだった。多くの利用者にとっても「自分には関係のない、知る人ぞ知る機能」でしかなかった。
この背景には、それ以前のアクセシビリティ機能は、できることやクオリティが低かったという理由がある。技術的に発展途上だったうえ、上記のようにビジネス的優先度も低いために、市場で積極的な投資や開発がなされなかったのだ。
しかし、デジタル技術の発展と成熟によってアクセシビリティ関連技術も大きく向上した。今や万人にとってのデジタル機器の代表といえばスマホだが、この分野を牽引するアップルやグーグルは自社の製品やサービスにさまざまなアクセシビリティ機能を盛り込んでいる。それらの中には、ハンディキャップの有無にかかわらず、純粋に便利で有益なものも多い。
アップルとグーグルの両社が互いに競い合い、差別化のためにマイノリティーに向けたアクセシビリティ関連にも力を入れて開発する。市場規模があまりにも巨大なため、その中のマイノリティといってもそれなりのユーザー数が存在する。投資に見合うメリットを得られるので、さらなる投資を惜しまない。何よりも成長産業で莫大な収益を得ているが故に、原資は潤沢にある。技術革新も目覚ましく、それらの成果を投入できる。
また、アクセシビリティ技術の研究開発はR&Dとしても重要だ。例えば、もともとアクセシビリティ機能として発展してきた音声入力や音声操作は、現在ではスマホやスマートスピーカーに応用され、多くの人にとってなくてはならないものになっている。
まだまだ改善の余地はあるものの、このような好循環がアクセシビリティ技術の発展を後押ししている。
バージョンを重ねるごとに強化されてきた
iPhone(iOS 15)のアクセシビリティ設定
パソコン用OSのWindowsにも、もちろんアクセシビリティ設定がある
さらに、サステナビリティやエシカルさ、ダイバーシティ&インクルージョンといった価値観が重視されつつある昨今、アクセシビリティの捉え方も変わりつつある。今後は、「おまけ」などではなく、製品やサービスの売りとしてアピールすることが、世の評価やブランディング向上につながる世界になるだろう。
障害者差別解消法や合理的配慮など、社会的ルールによる動機付けももちろん一つの手ではあるが、やはり理想は能動的に取り組みたくなる環境になることだ。大手からスタートアップまで、参入者が増えることで、さらに充実・成熟した人にやさしいデジタルが増える。
高齢者やハンディキャップを抱える人々にとって使いやすいものは、そうでない人々にとってはより使いやすいはずだ。つまり、アクセシビリティが注目されることは、いいことずくめというわけだ。
デジタルサービスを作って提供する立場の人には、ぜひともこのような視点でアクセシビリティを重視していただきたいと願っている。
アクセシビリティ機能を体験して、贈ってみよう
アクセシビリティについていろいろ書いてきたが、私自身も“自分ごと”として意識し始めたのはつい最近のことだ。幼い頃から近視で、数年前から老眼が進み、緑内障も発覚した。さらにここ数か月は、五十肩でつらい思いをしている。親は、耳が遠くなってきたという。
要するに加齢による衰えだが、これは誰にでもやって来る。超高齢化社会の日本では、そういう人々がマジョリティーになるので、むしろ何かしらのアクセシビリティ機能を使うことが当たり前になるのではないか。
そんなことを考えながら思いついたのが、手元のスマホやパソコンでアクセシビリティ機能をいくつか試して、実際に体験してみることだ。設定アプリの「アクセシビリティ」ページにある気になったものを、軽くいじってみるだけでもいい。
なじみのない機能に、デジタル技術の可能性を感じられるかもしれない。常用したくなる便利な機能が見つかるかもしれない。それらの機能を本来必要としている人々のことを、少し理解できるかもしれない。
そして、家族や友人に、それらの機能が役に立ちそうな人が思い当たるなら、早速教えてあげよう。これも一つの「デジタルを贈る」ではないだろうか。
文:仲里 淳
インプレス・サステナブルラボ 研究員。フリーランスのライター/編集者として『インターネット白書』『SDGs白書』にも参加。
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