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「伝わるウェブ」でやさしい日本語化―多文化共生時代のウェブと情報発信

同じ日本語の文章でも、子どもが読める簡単なものから専門的で難解なものまで、使う語彙や漢字、表示の仕方によって違いがある。「伝えるウェブ」は、日本語を母言語としない人でも分かるように、ウェブサイトの文章を「やさしい日本語」に翻訳するサービスだ。

みんなに伝わりやすい「やさしい日本語」

ウェブサイトの制作や運営コンサルティングなどを行うアルファサードが開発・提供する「伝えるウェブ」は、ウェブサイトの「やさしい日本語」化を支援するサービスだ。

伝えるウェブを使うと、既存ウェブサイトの日本語文章に対して以下を実現できる。

- 簡易な日本語表現への翻訳
- 漢字への振り仮名(ルビ)付け
- 分かち書き(文節の切れ目ごとに余白を設ける)表示
- 音声読み上げ

限られた語彙への置き換え、短い文章への分割、振り仮名の追加、分かち書きなどの処理は、機械学習によるAI技術を活用して自動化している。同社では、伝えるウェブを使うことで、日本語が母国語ではない人や難しい漢字が読めない子ども、さらに読み書きが困難な人たちにとっても理解しやすい、やさしい日本語での情報発信ができるとしている。

やさしい日本語とは、文字どおり誰にとっても簡単で分かりやすい日本語表現・文章のことで、多文化共生の観点から政府も推奨している。よく、互いに母言語の異なる者同士が、共通のツールとして基礎的な英語を使って意思疎通することがあるが、そのように使うための日本語とでも考えればよいだろうか。ガイドラインでは以下のように説明されている。

やさしい日本語は、難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語のことです。日本語の持つ美しさや豊かさを軽視するものではなく、外国人、高齢者や障害のある人など、多くの人に日本語を使ってわかりやすく伝えようとするものです。

(「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン(2020年8月)」p.3、出入国在留管理庁、文化庁)

在留外国人をはじめ日本語が母言語ではない人々を想定した情報発信の必要性は増しつつある。公共施設の掲示物や配布書類が、日本語に加えて英語や中国語、韓国語などに翻訳されているのは当たり前の光景になってきたが、対応言語には限界があるし、すべてを翻訳するにはコストと時間がかかる。これは災害など、住民すべてに正確な情報を迅速に伝えなければいけない緊急時には、特に切実な問題だ。

そもそも、やさしい日本語の必要性が議論されだしたのは、1995年の阪神・淡路大震災以降の度重なる災害がきっかけになっている。そういった点でも、やさしい日本語化は現実的な落とし所でもあるのだ。

ルビがあるだけで印象が大きく変わる

アルファサードでは、伝えるウェブの提供とともに、その実証サイトとしてやさしい日本語についての情報をやさしい日本語で紹介するメディアサイト「やさにちウォッチ」を運営している。伝えるウェブややさしい日本語がどのようなものかを実際に体験できるし、やさしい日本語に関する情報も得られる。

以下は、直前の段落の内容を、伝えるウェブで翻訳したものだ(ルビ表示はnoteのルビ機能を使って再現)。

アルファサードでは、しらせる ウェブの 提供ていきょうといっしょに、その 実証じっしょう ウェブサイトとして やさしい日本語にほんご情報じょうほうを やさしい日本語にほんご紹介しょうかいする メディア ウェブサイト「やさにちウォッチ」を 運営うんえいしています。しらせる ウェブや やさしい日本語にほんごが どのようなものか 経験けいけん できるし、やさしい日本語にほんご についての 情報じょうほうることが できます。

文調がです・ます調(敬体)になり、いくつかの単語が簡易なものに置き換えられ、文節に余白が追加されている。なお、サービス名である「伝えるウェブ」が「しらせるウェブ」になってしまっているが、固有名詞の判別はせず、機械的に一括置換しているためだろう。

ルビが付いて分かち書きされているだけで、どこか簡単でやさしい文章のように感じられるのではないだろうか。子ども向けの本のように見えるからなのか、「読めない漢字があっても大丈夫」という安心感からなのか、文節判断の処理負担が減るからなのか。

理由や感じ方は人それぞれだろうが、実際に日本語に不慣れな人や漢字が苦手な人、ディスレクシア(発達性読み書き障害、読字障害)を持つ人にとって、大きな助けになることは想像できるだろう。

ウェブサイト制作時に考慮すべき項目に

アクセシビリティや公共性の観点から、類似の機能を実現するソリューションは以前から存在する。伝えるウェブややさしい日本語は、さらに広範囲な人々が情報を取得する際のハードルを下げる、言語コミュニケーションにおける広義のアクセシビリティと位置づけられる。

企業サイトなど、日本語でウェブサイトを運営しているなら、従来のアクセシビリティに加えて、今後はやさしい日本語への対応も考慮すべき項目の一つになるのではないだろうか。多様な顧客やステークホルダーを想定した社会的配慮という意味合いはもちろんだが、それだけではない。

使用語彙が少なくて文章構造がシンプルなやさしい日本語は、コンピューターにとってもやさしく、自然言語処理で正しく意味をとらえやすい。例えば、低コストな機械翻訳でも実用的な精度が出せるのではないか。ウェブサイトの多言語化、世界に向けた情報発信の基礎としても可能性を持っているのだ。


文:仲里 淳
インプレス・サステナブルラボ 研究員。フリーランスのライター/編集者として『インターネット白書』『SDGs白書』にも参加。

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