月でもインターネットが使えるようになる?――2025年の月面探査「アルテミス計画」への期待[Interop Tokyo 2023レポート]
米国NASAが進めている「アルテミス計画」では、2025年以降に有人の月面着陸を成し遂げ、さらに長期滞在して持続的な活動を行うことを目指している。その実現に重要な役割を果たすのが通信インフラだ。果たして、月にもインターネットが構築できるのだろうか。
Interop Tokyo 2023は「宇宙」に注目
インターネットは世界中に普及し、人類の生活圏に広く浸透している。さらに、人工衛星などを使って海洋上や山岳部など、地球全域を網羅するための取り組みも進められている。そして今、その広がりは宇宙へと向かっている。
2023年6月14~16日、千葉市の幕張メッセでネットワーク技術の総合イベント「Interop Tokyo 2023」が開催された。1994年に初開催され、30周年となる今年の注目テーマとして揚げられたのが「宇宙」だ。
6月15日に行われた基調講演「The Interplanetary Internet - 宇宙へ広がるインターネット市場 -」では、Interop Tokyo実行委員長の村井純氏をモデレーターに、IPNSIGでチェアパーソンを務める金子洋介氏が、宇宙開発におけるインターネットの取り組みを紹介した。
惑星間インターネットの実現を目指すIPNSIG
講演タイトルにある「Interplanetary Internet(インタープラネタリーインターネット)」とは、「惑星間インターネット」を意味する。地球と月、そして火星といった惑星間でネットワークがつながるということだ。この取り組みを行うのが、金子氏が所属するIPNSIG(Interplanetary Networking Special Interest Group)で、国際的な非営利組織ISOC(インターネットソサエティ)内のグループとして1998年から活動している。
講演の冒頭で村井氏は、当初は3人で登壇予定だったことを明かした。その3人目とは、インターネットの中核技術であるTCP/IPを発明し、IPNSIGを設立したヴィントン・サーフ氏である。
サーフ氏はビデオメッセージで登場し、宇宙開発における通信基盤の取り組みについて語った。その中で重要とされたのが、遅延や中断に耐えられるプロトコル(通信規格)の開発だ。
惑星間規模の距離となると、光速であっても遅延が大きな障害となる。例えば、地球と火星の通信は、近い位置にある時でも4分、遠い時は20分もかかる。さらに、天体の遮蔽によって通信できなくなる問題もある。宇宙船が月の裏側に行ってしまうと、地球との通信が中断してしまうのだ。
このような環境では、現在インターネットで使われているTCP/IPのままでは問題が出てきてしまう。
この課題を解決するための技術は既に研究されており、「DTN(Delay and Disruption Tolerant Networking:遅延耐性ネットワーク)」としてIETF(インターネット技術タスクフォース)とCCSDS(宇宙データシステム諮問委員会)で標準化が進められている。
間近に迫るアルテミス計画
宇宙は、人類にとっての新たな経済活動圏として期待されている。地球低軌道と呼ばれる高度2000kmには国際宇宙ステーションが浮かび、民間ロケットが次々と打ち上げられている。将来的には商業の宇宙ステーションも登場するだろう。数年先とは言わないが、一般人が宇宙へ行ける時代は確実に近づいている。そして、次の舞台となるのが月だ。
ここ数年で月への注目が急速に高まっているが、その背景には2019年に発表された米国のアルテミス計画がある。これは、2025年に有人の宇宙飛行と月面着陸を成し遂げ、さらに着陸後も月面で持続的な活動を行うという計画だ。
1960~1970年代のアポロ計画では、月面着陸をして研究サンプルを採取したらすぐに帰還した。しかし、今度のアルテミス計画では長期滞在を目指している。さらに、米国単独ではなく、日本を含む国際的なパートナーや産業界からの参加もある。ビジネス活動も期待される中にあって、通信インフラの構築の必要性も高まっている。
アルテミス計画では、水の発見をはじめさまざまなミッション活動が予定されている。このような活動を行うに当たり、地球におけるインターネットのような通信インフラが必要になる。
実際、月での通信インフラ構築に向けて、ESA(欧州宇宙機関)の「Moonlight」やNASAの「LunaNet」といった、通信や測位のインフラを構築するためのプロジェクトが進められている。
地球のインターネット発展を参考に
IPNSIGには、人類の共通資産としての通信インフラを作るというビジョンがある。それが持続的な宇宙探査、新たなビジネスの創出を可能にすると考えている。そのためには、政府の機関だけでなく、民間企業の参加も望まれる。前述のMoonlightやLunaNetに加えて、民間のネットワークも構築され、それらが相互につながるようなイメージだ。
金子氏は、その将来像を地球のインターネットの歴史になぞらえる。宇宙での相互接続を想像すると、地球のインターネット黎明期に、それまで個々に存在していた多様なネットワークがTCP/IPで相互につながった事実は、アナロジーになるのではないか。
インターネットの成功には、重要なことが3つあったと金子氏は考えている。
TCP/IPという単一の技術的方式の存在
オープンフォーラムな場で標準化を進める仕組み
「マルチステークホルダー」方式でのガバナンスの教訓
金子氏は、インタープラネタリーインターネットも同様の道を歩むと考えている。最初は、政府や宇宙機関が所有する基幹ネットワークに、一部の商用ネットワークが接続される。次に、商用や学術の基幹ネットワークが登場し、それぞれがIX(インターネットエクスチェンジ)でつながるようになる。その後に、ほとんどの基幹ネットワークが商用となり、すべてのユーザーが利用するようになる。
これは、地球で発展したインターネットが、来るべき宇宙時代のために貢献することでもある。
地球の常識が通用しない宇宙
月にもインターネットが構築できるとしたら、どのような姿になるのか。現在のインターネットで使われている技術は、非常に成熟している。従って、既存技術を利用し、これまで培ってきた知見を生かす方が、開発は楽だしコストも抑えられる。そして何よりも時間短縮になる。すぐに使えるものがあるなら、新たな投資をする必要はないのだ。
一方で、まったく同じものになるかと言えば、そうもいかない。IPアドレスの空間をどのように定義して割り当てるのか。地球のインターネットと共通化するのか。DNSのような仕組みはどうなるのか。議論すべきことは無数にある。しかし、だからこそ今が面白い状況にあるとも言える。
地球との違いで非常に分かりやすい例は、時刻(タイムスタンプ)やタイムゾーンに対する認識だ。地球では1日は24時間だが、月ではそうではない。金子氏によれば、2週間が夜でその後2週間が昼間といった形になるという。
どの技術が流用できて、新たに何を開発する必要があるのかを考えなければならない。村井氏は今回のInteropを、参加した多くの人々が宇宙インターネットを知り、どのような貢献ができるのかを考え、議論する場にしたかったと語った。
宇宙インターネットへの参加を
講演の最後に、金子氏は要点として次の3つのメッセージを語った。
宇宙進出において、すべての活動を支えるものとして通信インフラが重要であること
これまでのインターネットの発展の歴史から多く学べるということ
市場で発展した技術が宇宙の通信インフラを作っていくということ
月面にWi-Fiや携帯電話網を展開する話が、もう具体的に出始めている。Interopの場に集結する技術や製品が、将来の宇宙インターネットを作ると言っても過言ではない。金子氏と村井氏の2人は、この取り組みにぜひ多くの人々に参加してほしいと締めくくった。
宇宙を考えることは、持続可能性について考えることでもある
こじつけのように聞こえるかもしれないが、筆者は常々、宇宙開発とは究極のサステナビリティ活動だと感じている。実現するまで数十年~数百年かかるようなことに本気で取り組む。脱炭素も、数十年先の人々のための取り組みだ。人類の遠い未来について考え、地球どころか他の惑星について思いをはせるのだから、究極の長期的思考と言ってもいいだろう。
また、人類が月や火星へと活動の場を広げることは、気候変動をはじめとする地球の問題を解決することにつながるかもしれない。少々SF的ではあるが、SF思考やバックキャスティングは、まさにSDGsでも必要とされている。
宇宙に関心が集まることは、SDGsにも良い影響を与えるのではないかと期待している。
文・写真:仲里 淳
インプレス・サステナブルラボ 研究員。フリーランスのライター/編集者として『インターネット白書』『SDGs白書』にも参加。
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