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文化は人類史の最長老、行く末の切り札

 ブローデル『物質文明・経済・資本主義 15-18世紀 世界時間』の最初の章、『ヨーロッパにおける空間及び時間の分割』を読んでいきます。

 人間のあらゆる行動には、経済的・社会的・文化的・政治的側面がある。そのため経済のみを取り出してみるのでは不十分であり、そもそもそれらは繋がっているため不可能だ。ブローデルは、この巻の目的を、経済とそれに関する諸要素を時間・空間のなかに据えることだ、という。

 そのためにこれまでよりも一歩踏み込み、世界時間を成り立たせる法則を示す。シュンペーター曰く、経済を研究するには、歴史・理論・統計の3通りのやり方があるというが、ブルーデルは、もちろん歴史によってそれを試みる。

第1法則:空間はゆるやかに変化する

 歴史を眺めてみると、時代時代で中心となる都市や仕組みが作られる。それらは空間・制度・文化・経済と結びついており、一旦形成されるとそのまま持続する。一方、その中心となる世界=経済(weltwitschaft)の時空周辺には、動きの少ない不活性な領域が存在する。その境界を超えて、変化することが得になるのは、例外的な場合に限られる。

 例えば、近隣地域の領域支配から、ヨーロッパが15世紀末に大航海時代に入り、その境界を大幅に広げたのは奇跡的なことだった。そのためにどれ程の新しい努力が必要だったことか。その後の市場経済への変化も同様である。

第2法則:支配的資本主義都市は移り変わる

 資本主義都市は、並外れて電圧が高く、その生存のために植民地化した縁辺地帯を携える。従属を繋ぎ止めておくことができなくなると、他の都市に中心が移る。

 ベネチア、アントワープ、ジェノバ、それからアムステルダム、ロンドンと支配的都市は変化した。14世紀末には、ベネチアが商業都市として、アントワープが海運、ジェノバが金融で中心を務めた。その後、アムステルダムとロンドンが登場して初めて、制海権、商業、工業、信用の全域を手中に収めた。その後、ロンドンは、米国に向かい合ううちにちっぽけなイギリスにすぎなくなった。

第3法則:不均等な要素が階層的に組織立てられる

 長い時間をかけ、局所的・地方的市場は組織化された。それらは、これまでの旧習によって活動するうちに、周期的に統合・整理された。結果として利益を得るのは、支配的な都市だった。1580年ごろベネチアは、オリーブオイルの生産のために、ベルガモ地方を活用した。優位的な経済は、生産を包み込み、市場を仕切る。成功のためには、あらゆる手段が使われたのである。

 中心には、都市が一つ、その周りには発達した第2次的地方がいくつか、その周りに広大な外縁がある。中心は、最も先進的で、最も分化したものが集まっている。その周辺には、一部のみしか有しておらず、みどころのある二流が位置し、そのまた周辺には、たやすく他人に搾取される地域が広がる。中心には、市場経済そのものがあり、周りはその引力に引き寄せられるのである。

こでまでのコンドラチェフ波動

 1350年を頂点とする経済状況は、黒死病で減速し、ヨーロッパでは地中海・北海に囲まれるベネチアが優位性を確立していった。新大陸の発見後、1650年を頂点として、アメリカの鉱山状況が変化する中で、アムステルダムが中心になる。1817年、貴金属不足になる中で、ロンドンに中心が移る。そして1973-74年に始まる景気後退。

 これらの世紀単位の景気後退は、文化の爆発に対して有利な働きをする。1600年を過ぎてからのイタリアの秋の開花。1815年を過ぎてからのロマン主義による精神の若返り。大衆にとっての状態改善は、農業、医学の進歩などの技術による。前世紀の産業革命によって、大幅に拡張した人類の前進の水準には、まだ行きついていないのではないか。エネルギー革命が起こって、仕組みをかえない限りはこれ以上の前進はないのではないかと、ブローデルは予測する。

感想にかえて

 中世から見てみると、国ー貿易ー金融ー技術ー自然・エネルギーへと、優位性の源が移り変わっているようだ。近代化が進むにつれ、経済的優位の重みが増すと、ブローデルはいう。経済的優位は、他の諸秩序を方向づけ、不均等を拡大し、他の要素に役割を割り当てた。この分業は、本性にかなったものではなく、ゆっくりと歴史の中で固まってきた遺産だ。「国が貧しいのは、その国がすでに貧しかったからである」と。さらに、「階層制度のない社会はない。」奴隷制・農奴制・賃金制は普遍的な問題に対する解決案だと。

 1985年に亡くなったブローデルは、1970年代を近年の波の最盛期だと位置づけた。その頃に起きたオイルショックを一つの世界変換のトリガーと見た。産業革命の余波から拡大した世界=都市が繁栄を極め、この時期からくだっていき、エネルギーの仕組みを作り上げる新しい中心の登場を予測した。

 この見方には、現在を生きる私たちには異論もあろう。しかし、ものの時代から情報・無形へ、欲望に基づく交換と拡大を目指す価値創造から地球の限界を考慮した価値共有へと経済のシステムが大きく変化する中で、資本主義経済の中心ロンドンの次に世界=都市として君臨するのはどこかは興味ある問いだ。アメリカか、中国か?それとも、そんな物理的な可視領域ではなく、バーチャルのコミュニティ都市に集う環境アクティビストたちが、異次元の発想で挑戦を恐れない起業家たちが、既に我々の行く末を舵取りしているのかもしれない。

 市場経済は、資本主義の十分条件ではなく、単なる必要条件。私たちの未来は、私たちの紡ぎ出す文化に係っているのである。貨幣・信用という交換の共通言語を創った私たちの行く末に、加わるのは何か?それを創り出すのは、経験的現実の中にあり、生きて感じ想像する私たちに依存する。そのヒントは、文化が物質的・精神的財貨でできていることにありそうだ。


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