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マウリツィオ・ポリーニ

現代最高のピアニストのひとり。

彼との出会いもまた間違いなく、
僕という人間を作ったことになる。

僕が高校生の頃、母親がNHKラジオの、
クラシック音楽番組を録音した。
そのカセットテープを1日中、
繰り返し聴いている日々があった。

クラシック音楽は、母親が大好きだったので、
それ自体別に珍しいことではなかった。

ただ何故かいつもと違う、
この音はいったい何だろう。

ピアノ独奏である。
が、本当にこれ、ピアノ独奏曲なのか。

いつの間にか母親からテープを借りて、
通学時に自分のウォークマンで聴いていた。

その曲は、ベートーヴェンの、
ピアノ・ソナタ第23番「熱情」である。

演奏していたのが、1986年に、
5年ぶり5回目の来日をした、
マウリツィオ・ポリーニだった。

1960年、18歳でショパン・コンクール優勝、
ここにいる審査員の誰も彼より巧く弾ける者はいない、
と評された話は有名である。

という話は、後になって聞くのだが、
当時の僕には、その「熱情」が、
とてもひとりの人間が、
10本の指で弾いているとは思えない、
音の厚さ、重さ、深さ、速さだった。

自分の耳が信じられない、
それくらい衝撃的な演奏だった。

この時の「熱情」は、伝説になっている。

彼が来日して「熱情」を演奏したのは、
この時が最初で、しかも1日だけ、
NHKホールでの青少年のためのコンサート、
オール・ベートーヴェン・プログラム。

以後、2〜3年に1度来日するが、弾かない。
録音もされないまま、
次はなんと1993年まで待つことになる。
もちろん僕は東京文化会館で、実演を聴いた。

しかし7年ぶりに聴く「熱情」は、
全然違う演奏だった。
カセットテープは擦り切れて聴けないが、
聴き比べる必要もなかった。

研ぎ澄まされた技巧的な演奏か、
感情のこもった情熱的な演奏か。

どちらもポリーニである。
しかし録音がない。
もう86年のノーペダルで弾く、
あの伝説の演奏を聴けることはない。

ようやく2002年に、ミュンヘンで録音された。
ポリーニ・プロジェクトで来日し、
「熱情」ではなく「皇帝」を聴きに行った。

1975年に始まったベートーヴェン、
ピアノ・ソナタ全集録音は、2014年、
32曲目の録音で完結し、発売された。

ポリーニ、39年の軌跡だった。

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