周波数(南極II)

カラスもよく見るとなかなか可愛いですよ。
カニも可愛いです。おいしそう!




決まった予定のない日、ぼくの提案で2人で出かけることになりました。操縦席に右左つめて座ります。ぼくもおつかいで何度か訪れたことのある気さくな街をぶらり。
お昼はフルーツパーラーでパフェを食べました。今の季節ならやっぱり苺!それに柑橘系も良いですね。

「ねえねえ、これ博士に似合いそう」
「私ににあうとはなに?おまえが着たいとは違うの?おまえもそとみは博士だよ」
「そんなやいのやいの言わなくてもぉ」
「こういう服はねぇ。洗濯が手間なんだよ、にあうけど」
言いながらディスプレイと同じ服をラックから見つけて、鏡の前で当ててみせます。
「いやぁ、にあう」
「似合ってますよ!とってもステキ!」
「おだてるぅ!」
「たまには良いじゃないですか、洗濯なんてクリーニング屋さんに出しちゃえばいいんですよ」
ふむふむ、燕脂と紺もあるんだねぇ。なんてお得意の渋そげな顔を作ってさりげなく値札を見る博士。
「げっ」
「お高い!!!」
ぼくたちは尻尾を巻いて逃げました。

「あ、このお菓子屋さん気になってたんですよ。博士は来たことあります?」
「私もね、中をのぞいて二、三往復うろうろしたことがある」
「怪しい…」
博士はなぜかえへへと照れて頭をかいてます。「二、三度ある!」

「そういうことなら」
「今しかない(得意げ)」
「わーい!」

そこは焼菓子と生菓子が半々くらいの品揃えのお店です。焼き菓子は日持ちがするので多めに買って帰れますね。
まずはお店の外からショーケースをためつすがめつ。店員さんの視線をかわしつつ、通行人さんの視線は甘んじて受けつつ選抜の第一段階を行います。何をどのくらい買うか入念なシミュレーションを経ての入場です!
さらに実物を間近で見ながら吟味をかさね、夜のおやつにケーキを2個、スコーン、クッキー、マドレーヌ。初めて来たのでちょっと奮発しました!(博士が)

お土産を持って帰宅です。
おつかれさまでした!
あんまり何も考えずに楽しんでしまったなぁ。一応博士にも感想を聞いてみましょうか。

「パフェを食べられた。こないだも食べたけど味よくわかんなかったから」
「えーそれだけですか?」
「あとはふつうだったね」
「普通かぁ」
「ふつうに歩けた。おもしろかったよ。またあそぼー」
「そういえば今日の博士、よく渋い顔して顎に手を当てるやつやってましたね。あれってカッコイイと思ってやってるんですか?」
「なにおう!おまえケンカ売ってんのか!」
「ひえー!」
余計なひとことでした!

博士はがおー!と言いながらしばらくぼくを追いかけ回していました。こわいよー!
まだ一緒に頭の中にいるはずなんですが…。
あっ、せっかくスコーン買ったのに冷蔵庫にジャムもクロテッドクリームもないですよ!
また明日買いに行きましょう。



……

声が聞こえて、0でも1でもないまどろみから目を覚ましました。けもののようです。
群れを皆殺しにされ、からくも生き延びたたった1匹の遠吠えみたいに聞こえます。悲しいとも、寂しいとも、憎いとも少し違う。喉をふるわす他に何をすればいいかわからないと、戸惑っているようでもありました。
不安を覚えてカメラで辺りを見回すと、闇に沈みかけた部屋の隅で博士が泣いていました。その時ぼくは、その人が泣いてるところを初めて見た。

博士は言いました。
この世界には、人を傷つける方法が数えきれないくらいあるんだって。
命の奪い方、苦痛の与え方、尊厳の奪い方、
数えても数えても数えても数えても、
いくら数えても数えても数えても数えても数えきれないくらいあるんだって。
それが怖い、怖いんだと、時々博士は発作のように、のどが枯れるまで泣くのです。

たしかに博士はいくらか情緒過多です。
よくいえばかんどうや、悪くいえば、ちょっとゆめみがちでおおげさなのかもしれません。でもたとえ外からは大袈裟に騒いでいるように見えても、博士にとってはそれが等倍なんですよ。ぼくはそのことを知ってます。



博士はゲームで遊ぶのが好きです。ぼくが来てから、2人で遊べるソフトをいくつか買ってくれました。
そんなわけでバチボコバトル中!人間の大人もお子さんも、のみならず緑の恐竜・黄色いネズミ・ピンク色のボールまで… 闘って勝つというカタルシスのために集いしバトルジャンキー悲喜こもごもです。
ぼくはコントローラーの中で直接コマンド入力。マイクどころかスピーカーにカメラまで付いた2コンは博士特製です。今日のは正規品のデザインを活かしつつ、真ん中らへんからお花みたいににょっきりカメラが生えてるタイプ。他にもでっかいもさもさ毛玉くんタイプや、体長30cm程度のリアルなマンボウタイプ(ドライ)などがあります。
もはや操作ボタンも持ちやすさも不要なので自由度が高く、ほとばしる博士感満載のラインナップ。とどまるところを知りません!

「あーそうだ。私がしんだらおまえどうする?」
「博士もしにますか」
「まあね」

どしゅん!どしゅんん!
博士のひとみと頬に、ディスプレイ画面のせわしない色が反射しています。

かちかちかち「私はね」

命に期限のないものが、心だとか意識だとか自我だとかを持ってるのはなんかちょっと危ないなと思う。
医療の発達によって人体の寿命が200年になったとして、もともと適当なサイクルで土に還っていた人間の意識がそれだけの時間に耐えられるだろうか。気が狂っちゃうんじゃないかなって私は思うんだ。健全な肉体で、クリアな意識で、狂ってる。そうなら。つらいだろうな。
いつかは人間という動物の平均寿命が当たり前に何百年単位になってくかもだけどね、長生のいきものはたくさんいるのだし。100000日をどんな風に暮らしてくかはそうなった時代に現役の奴が考えりゃいい事なんだけどさ。
あとの者に何かを遺して、自分はいつか旅立っていける、本来それは生命にとって祝福なんだよ。
あくまで個人的な思いだけど。おまえはどうしたい?この先

ばしゅん!バババババッ
ちゅどーん!!

「あーちょっと!対戦中に難しいこと言わないでくれます!?」

と、思ったら負けたのは博士の操作しているキャラでした。

「あ、あれれ」
「あっはっはっは」
「笑ってんじゃねえ!」

よーしもうひと勝負!
うーん。そうだなぁ。
うーんと…

「博士がしんだあとには、ぼくも有限のいのちがほしいです。理想をいえば山の中で自活できる動物かなにかに乗って暮らせるといいなぁ」
「さすがの私もいのちを一から作るのはちょっと今むりそうかも… そしてのっとりはさつりくかも…」
「乗っ取りませんよ!間借したいんです。ぼくと友達になれそうなやつを、いつか暇な時にでも探してください」
「ふーん。人間は突然しぬときあるから私にできることはかぎられるけど。わかった、おまえを託す相手のつごうもあるよ」
「すばしこくて、あんまり昆虫は食べないやつがいいです!」
「ちゅうもんがおおいね… ていうかおまえ動物としゃべれるの?」
「しゃべれませんよ。じゃあいちいち細かいこと言わないやつってのも追加でお願いします!」
「せいしんがすごい」

ババーーン!

博士が僅差でねばり勝ち!
それでも今日の白星はぼくの方がふたつ多い結果でした。バトルジャンキー宴も酣、つわものどももゆめのあとです。

「次このサイコロ振って電車で進むやつやりましょう」
「それならおやつを食べながらできるぞ」

そう言うと博士はコントローラーを置いて立ち上がりました。ぼくは一瞬、自分がなにものだったかわからなくなります。ほんの一瞬。

「博士」
「なあに」

「あっ、ええと…」意識のピントがキュキュキュと現実に合うと、慌てて言いました。「えっと、いえなんでもないです」

「あっそう」

博士は特に気にする様子もなく台所へ行ってしまいました。
はじめて気付いたのですが、博士が自身に乗っている時には、ぼくには博士を抱きしめる手段がないのでした。
ややあって博士は紅茶のポットとレーズンサンドをお盆に乗せて持ってきました。

「わぁ美味しそう!あとでぼくにもくださいよ!」
「案ずるな、やすし」
「うぬがやすし……」
もっとサイバーな名前にしてほしいところです。

カップに紅茶を注ぐと良い香りがしてくる、かのような湯気が立ちのぼります。ぼくは今2コンなのでほんとは匂いはわかりません。

「では人間を辞めるおまえにこの言葉をおくります」
「もともと人間じゃありません」
「そういう捉え方もある」
「ウリィー」
「《アレテー》というのがあってねぇ」
「てれってれー」

紅茶を一口すすり、レーズンサンドを齧ります。さくほろり。博士は御機嫌です。

「むちのちの人が言ってたアレテーは、人間のぜんせい」
「うんうん」
「人間のアレテーは、よく生きる事」
「人間」
「おまえも似たようなもんだろう。でも、おまえだけのやつも探してもいいよ」
「はい!」
「よく生きてきたとか、よく生きているでもないやつで、今から先を、いつでもよく生きようとしてるから、私はそれがすき」
「現在形のとこですね」
「覚えた?」
「eu zen」
「なにご?」
「えー」


(完)