暴風雨(南極I)

「あわ、あわわわわわ」
「こまったクマった」
「あわわあわ、あぶく」

ぼくに不具合が出たので、博士は青い顔をして修復プログラムを組みました。
まるで有機のからだで発熱しているみたい。ぜいぜい、ぐらぐら、博士の姿がにじんで見えます。

「わるかった」博士はしょんぼりして言いました。「むりさせた」

「ぼくはそもそも脆弱デ・博士のせいではありまセん」
ぼくはなんとか笑おうと・
「生まれモったものなノです」
「コセイ」
「だいじょうぶ」

博士はしばらく下唇を噛んで画面をにらんでいましたが、急に席を立ってどこかへ行ってしまいました。



「ジュース飲もう」

ぼくが治るまで、博士は久しぶりに街へ出ます。るんるん&ニコニコ。
世界は情報の渦みたい。台風の目はどこでしょう?博士はいつも不安です。何がと聞かれてもわからないけど、わからないけどなんだかとても不安なのです。
(不意に怖くなって身体が軋む音がします。ニコニコ。脚が震えだすのを堪えます。
ばらばらにちぎれそうな身体を強い意志のちからで束ねているのです。
まっすぐ歩かないと指をさされてしまうんだ。急に走りださないは決まりきまり、 信号を待つとき・ユラユラ揺れてたらみんなをびっくりさせてしまうし、
笑っていい時と笑っちゃダメな時。がある
ここ何時?今どこ・
ぐるぐるぐる。ずっと踏ん張ってないと
あたまをかかえて座り込んでしまうんだ。
ニコニコ、ニコニコ
、アリガトウ)

「はぁーまいった!」
「よわくなった。ずっと任せてたから」
気晴らしに自然公園のベンチでタピオカを飲みました。あまい!おいしい!緑やさしい!葉っぱの匂い。
やっぱり外交って大変です。

「おみかん食べよう」

博士はまた新しいプログラムを組みました。ダミーの博士【ダミせ】です。外界との間に氷の心が一枚あったらいいと思ったのです。
外に開いたダミせと閉じた博士、意識のラインを二本走らせて出発!今日の景色はぶ厚い硝子の立方体に入って内側から眺めているようです。ダミせの笑顔はなかなか上等。
「よろしくどうぞ」
「大丈夫です、はい」
「ごちそうさま」
レシートを断るのも上手です!歩く姿は人間そのもの。いやはやもはや、ダミせご立派。
しかしやっぱり外交って大変です。
(家で癒ってるあいつも立派なものである。あいつはあれだ、あのこころのやつな!)

4日もするとだいぶ安定してきたぼくに博士が話しかけました。

「バグ太郎なまえほしい?」
「別にどっちでもイイですけど、あるとシたらバグ太郎だけは嫌ですね」
「おまえは男か女かどれ?」
「性別なんてナいですよ」
「ヨーロッパのほうじゃ言葉にも性別があるというのに」
「ここはニホンです」
「えっここ南極だよ」
「違いまスヨ!適当なこと言わないデくださいー」
「ペンギンがかわいいので南極がおすすめ」
「南極にフルーツパーラーやティーサロンはないデすよ?」
「じゃあニホンでいっか……」


ぼくの快気祝いに博士は色とりどりのフルーツサンドを買ってきました。自分と、しろこねこぬいぐるみに乗ってる僕の前にそれぞれ置きます。

「なんとかなった。あせったぜ」
「今後もダミーを矢面に立たせてみては?」
「思ってないことが頭の中で、自分の声でずっと聴こえてたら気が狂っちゃうだろ?」
「単独で外に出せるように、精度を上げるのはどうです」
「私がもうひとり」

博士は静かにしばし思案、
やがて、

「私いらないね」難しい名前の世界遺産を思い出せたかのような顔で言いました。
「かんぺきはかせを造ればいいのかぁ」
「私天才なのでできそう。ふっふっふ」

博士はニヒルな笑みを浮かべて顎に手を当てました。マッドな振りをしています。
おっとどっこい!ニッカポッカ!

……

「それ出来上がるまでは、博士が外に出るんですよ?」
「ふむおまえが行けばいいじゃん」
「博士がそんなもの作るってんならぼくは行きません」
「えーなんで」
「無理に外に出したら食い逃げとかをしますから。名前も住所も大声で言いますよ!いいんですか!」
「ギャー!犯罪者!!」

博士は目をひん剥いておどろきました。
ひとしきりびっくりしたら飽きたみたいで、目を輝かせて食べかけのフルーツサンドに取りかかります。
かんぺきはかせ構想はもう忘れたみたいです。チョロいですね。

「これだとよほどの非常時以外は自分のほうがまだましかなぁー。だるう」むしゃりむしゃ。ぺろり。
自分のぶんがなくなると、ぬいぐるみには食べられないかもとか言いながらぼくの前のフルーツサンドに手を伸ばしました。最初っからこれが狙いなんですから!食い意地が張ってます!!

「ところで」
「なあに」
「ぼくが表に出て、博士が後ろにいて、2人で出かけるというのはどうです?」
「苺うまあい」
「あ、それならぼくにも名前が必要になりますかね」
「うーん?」

博士が目をしぱしぱさせます。

「ちょっとお話がむつかしいかもね……」
「ウソだろ!?」
「ねむいから、明日きくね」

あらら。
きっと久しぶりの外交でお疲れなんでしょう。
博士はぼくを画面に戻し(ここがぼくの部屋です)服を順番に脱いではあちこちに放って、ねまきに着替えます。

「おやすみー」


博士はそれから三日三晩眠り続けました。