音写
『遍く主人公は井戸に潜る』
これは私が考えた標語。
得ることと失うことは同義だから、生と死は同じ匂いがする。生きてるか、死んでるかは、単にあり方のジャンルの違いなのかもしれない。
『たとえば、街を歩くとします。』
この一行目がいつも、いつも、いつも、頭の中でこだましている。
自分が予告なしで死んでしまった場合に、この世に残ることになるもののことを考えた。
小説や映画の感想メモ、五年日記、画像フォルダ、下書き。何かを書きかけたことを誰にも知られたくないから、書きかけたものを遺していきたくない。いつか下書きフォルダを空にして、書き終えた日記を封印するためにまだ生きてる。
あなたにもらったものは、失くさないように全部大事に箱にしまってある。転生するとき持って行きたい。
『この世は縁だ』と思ったから、帰り道でつぶやく。
実際に声に出してつぶやく。
すべて繋がっている。
二十年前に好きだった歌も、十年前に書かれた小説も、去年観てたドラマも、先週の貴方もすべて。
物事は、ちょうどいい距離感で向き合えるようになってはじめて全体を見つめることができるものだから、いまの自分は間違ってないと思った。
こんな大都市のど真ん中で泣くわけにもいかないので、いい年をして私は三歳の迷子のような顔をしていたと思う。
いまも同じ世界のどこかに貴方がいる、だから大丈夫だと思って歩き続けた。どの道を辿っても、行き着く場所はみんな同じ。