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つまらない話

リリは顔だけめっちゃいい男の浮気相手を三人掛け持ちしてる。そいつら三人の誰もつかまらない日に時々私に構われに来る。
しょーもねえ女! 私はいつも思う。

「かなちん、あーそぼ」
「いーよ」

リリは発育がよい。私は貧相で、髪を短くして唇の赤みを消して制服はネクタイとスラックスにしている。この女はいとも簡単に隣にいる人間と手を繋ぐから、街かどのガラスに映りこむ自分たちを一瞬、青春カップルと見間違う。

「相変わらず?」
「こないだKくんにホテル代けちられた」
「どれが誰だかわかんないけど。そいつはなんだ、学生か」
「わりととしうえ」
「なんだよそいつ。やだわーその話」
「そうなんだよねぇ」
「本妻に刺されんなよ」
「え? 女が刺すのってたいてい男の方じゃない?」
「わかんないけど、なんかそうかも」

以前からリリが観たがってた映画につきあうことになった。
キラキラ恋愛映画。
好きな役者が出てると言っていた。

しみひとつない善良美形、おめでたい連中が揃いも揃ってマトモの範疇。
この手のやつらはどことどこがくっつこうと、誤差だ。誰と番おうがどうせ似たような幸せを噛み締めて似たような傷を負って、いずれ似たような別れ方か似たような結ばれ方の二択の末「かけがえのない時間をありがとう」だ。
私はそう思う。
するとリリは言うのだ。かなちんは理想が高いなぁ、この世界に代替できない人間なんていないんだよ?

「面白いのこれ?」
「食わず嫌いはだめだよぉ♡」このハートマークに敵わない。

映画はやっぱりつまんなかったから、私はずっとリリのことを考えていた。ほんとしょーもねえ女!
でかいおっぱいしやがって。
甘ったるい声しやがって。
濡れてふくれた唇しやがって。
私は『あえて頑張ってないけどもし頑張ったら結構かわいいに違いない』という自尊心を隠し持ち、対外的にはgirlを降りて生きているのだ。なんの価値もないと分かっていても、どうでもいい匿名の多数に「可愛いね」ってちやほやされてみたいって、なんの価値もないんだけど、誰にも言わないけど思ってる。だからリリを見てるとじりじりする。
リリはリリが似合ってて、うらやましい。

そっと隣を盗み見ると、リリはまるで蟻の行列でも見るかのような顔でスクリーンのやわらかな色彩を浴びていた。一度向き直り、びっくりしてふたたびリリを見た。ひじかけに乗ったリリの手をおそるおそる指の背でたたく。かすかに向けられた顔に頬を寄せて、小さな声で尋ねた。

「ねぇ、これって面白いの?」
「思ってたよりかつまんない」

私たちはそのままキスをした。リリの肩にもたれて、真面目に観てたら吐き気を催しそうな映画の続きを薄目で眺めた。人差し指の第一関節と第二関節の間だけ、すべらかな手の甲に寄り添わせたまま。
耳が温かくて眠りかける。途切れた意識の波間に、リリのおっぱいがぷかりと浮かんで光っている。狼が満月に向かって吠えるように私は左手を伸ばしていた。その手をリリがばっと掴んで止める。リリの怒ってる顔をはじめて見た。

まどろむ薄暗がりからむかでのように這い出ると、外はまだ明るかった。今日が少し巻き戻されたようでちょっと得した気分。

「つまんなかったね」
「ほんとな」
「てか胸触んのほんとやめて」
「…ごめんなさい」

途中の地面にぽとりと落ちる、目を逸らしたままのかすれた謝罪じゃリリは納得しなかった。
私は本気で頭を下げて、やり直した。

「ごめんなさい!!」
「いーよ!」とリリが言った。

私たちは駅で別れ、違う電車に乗る。
座るとすぐにリリからLINEが来た。

「こないだ言ってたまんが貸してっていうの忘れてた」
「明日持ってく」
「わーいかなちん好き」

かっとなって「がっ」と喉が鳴るのをあやうく呑み込んだ。
「私も好き」って返そうか迷ってから、「把握した」と送信し壁にもたれて目を閉じた。