愛を誓う

ぼくの人生を君に捧げよう。
ぼくがこの世でいちばん愛する人。
この愛をすべて君に捧げよう。
今日ぼくは、ここに君への愛を誓う。

ぼくの故郷は都会的ではないけれど、自然に恵まれた朗らかな場所だ。春には澄んだ薫りのする淡いピンクの花が咲く樹々。天使がこぼして回ったように、野原には白や黄色の花がぽつぽつとはにかんでいる。
君は花が好きだった。花を見つめてほころぶ横顔に、ぼくは恋をしていた、それが恋だと知るずっと前から。

幼馴染だったぼくたちが結婚したことを、互いの両親もよろこんでくれた。君のパパなんて「はじめから息子同然。とくべつ感動もないもんだ」と笑ってたくせに、純白のドレス姿の君を見て誰よりも泣いていた。君のママはいくつになってもパパにぞっこんで、ふたりは憧れの夫婦なんだ。ぼくの母さんが君に「ほんとは娘がほしかったのよ」と耳打ちしたのをこっそり聞いたよ。あきらめきれず、赤ん坊のぼくに女の子の服を着せたことも。もちろんそんなのはほんの冗談で、母さんは息子であるぼくをとても大切にしてくれた。
寡黙な父さんも、喜んでくれてるのがありありとわかった。父さんはぼくらが十三歳の頃、事故に遭い車椅子になった。君も覚えているだろう。父さんは不器用な人だったから、誰かに頼るというのは難しかったみたいだ。思春期の頃はよく喧嘩をした…… ぼくはぼくで、背も伸びきらないうちから父を見下ろすことがつらかったんだ。でも父さんは人として常にぼくよりも大きくありつづけた。変わらず尊敬し、感謝している。

君と、君の家族と、ぼくの家族。みんなが家族になった。こんなに素晴らしい人たちを愛することができる人生を、ぼくは心の底から誇りに思う。






死んだ男の首にはタグが下がっていた。
そこにはshoという名前と故郷が刻まれていた。

男の故郷は乾いた空気の吹きすさぶ寒寒とした場所だった。不毛な丘にしかたなく眠りつづける樹々。嘆く神が落とした涙のように、みすぼらしいあばら屋がぽつぽつと取り残されてある。そのうちのひとつに暮らす足の不自由な老人が、死んだ男の父親だった。
男はぼろぼろにすり切れた数枚の便箋を持っていた。そこに書かれていたのが先の文章だ。運良く手元に返ってきたのを、父親はインクのにじみに苦戦しながらなんとか読んだ。
ショウの母親は、彼を産んですぐに姿を消した。父親はひとりで彼を育てた。ショウはとても内気な子供であった。よく近所の子に口下手なのをからかわれ、友達はひとりもいなかった。彼が十三の時、父親が仕事中の事故で足を悪くした。それでショウは学校を辞め、父の世話をしながら働くようになった。知人や親戚を頼ろうにも、みな多かれ少なかれ生活は厳しく、難しかった。日々余裕がなく喧嘩が絶えなかった。二十歳の誕生日の前日に、ショウはすべてを捨てるようにして兵士になった。それが親子の最後だった。

父親は考える。息子は人生のうちで一度でも恋をしたことがあったのだろうか。誰かを愛したことが? これは戦地であいつの心を支えた夢だったんだろうか。あるいは、あいつに何も与えてやれなかった俺への当てつけのようなものなのか。わからない。

ショウの部屋の扉は長く閉ざされていた。中に入ると、積もった埃が暮らしの跡を清らかな雪のように覆っていた。ベッドに机、すかすかの棚がひとつ、それだけでいっぱいの狭い部屋だった。
父親は机の上から分厚い事典を手に取った。自分が買い与えた数少ない贈り物のひとつだった。咳込みながら表紙を開くと、一枚の写真と、もう枯れはててしまった押花がひとつ挟まっていた。写真には十歳くらいのショウと、同じ年頃の女の子が映っていた。女の子はニッカリと笑って、ショウは少し離れて不貞腐れている。

「この子は……マリー。そうだ、マリーだ」

思い出した。息子がたった一度だけ、家に友達を連れてきたことがあった。それがあんまりうれしくて俺が写真を撮ったんだ。
マリーは母親に連れられて突然やってきた。この町で息をひそめるように生活し、半年も経たないうちに、来たときと同じく突然いなくなってしまった。彼女は利発で、植物に詳しかった。ショウが言葉を選ぶのをただ自然に待っててくれる子だった。


もしも、ここにある言葉が、言葉そのものだけは真実だったとしたら。もしも真実の誇りが息子の心を満たし、神に誓うに値する愛がほんとうにあったならば。彼の頬をつたう涙は熱かった。ささやかな希望の涙だ。だがそれもすぐさま氷のように冷え、やがて乾いて肌をひきつらせる。