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【日記/73】幸せになるにはどうすればいいか、私は知っている

二十年ぶりくらいに、水着の跡がくっきり残るタイプの日焼けをしてしまった……。ビーサンでぺたぺた歩くのも、同じく二十年ぶりくらいな気がする。

さて掲題の件だが、「幸せになるにはどうすればいいか」という問いに対して、私はある絶対的な解答を知っている。「あなたの幸せの定義はあなた自身が決めるのよ」などというまどろっこしい話も、今回はナシだ。

ずばり、それは「なるべくあったかいところで美味しいものを食べながら暮らす」ことである。

やりたい仕事がうんたらとか、人からの承認がうんたらとか、年収やステータスがうんたらとか、そういうごちゃごちゃした細かいことは瑣末なことでしかない。あったかいところで美味しいものを食べながら暮らせたら、人間はだいたい万事オールオッケーなのである。我々は、そもそもそんなに高尚にはできていない。

というと、「それができないから苦労してんだよ」という批判が飛んで来そうだが、これは健康の問題にもよく似ている。健康でいるためには、食事と運動と睡眠に気を遣えばよくて、それはもう十分すぎるくらい明らかなことである。だけど、これも同じく「それができないから苦労してんだよ」なのだ。が、できないからといって食事と運動と睡眠、これを軽視していいことにはならず、やはり事実は事実として君臨している。幸せになるには、あったかいところで美味しいものを食べながら暮らすのがよい。幸せというと、何やら価値観とか夢とか愛とか複雑なことが絡んできそうだが、実際は別にそんなことはなく非常にシンプルだ。まずはこのシンプルな事実をとっとと認めてしまうことから話は始まる。話を複雑にしているのは我々自身であり、それは一本の糸をわざわざ絡ませて自分であえて引っかかってコケているようなものだ。

ところで、なぜ「あったかいところで美味しいものを食べながら暮らす」と幸せなのだろう。これについても私は一応の解答を持っているのだけど、まず、あったかいところは、あちいのである。

あちいということは、身に付けるものはビーサンとTシャツと短パンがあればよくて、日常生活にそれ以外の衣服は必要ない。綺麗な柄のシャツとか、凝ったデザインのワンピースとか、ブランドのバッグとか靴とか、ああいうのは寒いところで見るからこそ素敵なのだ。南の島でそんなのを見ても、「あちいからいいわ」としか思わない。ビーサンとTシャツと短パン、それもスコールや海水や砂や汗で汚れてもいいように、なるべく安くてテロテロした素材のダサいやつがよい。あちいからそれでいいのだ。服装をシンプルにすることは、幸せの価値や考え方をシンプルにすることと、少しつながっている。

次に食べ物についてだが、南の島はやはり、凝った料理というものが少ない。魚を海でとってきて焼くとか、肉を串に刺して焼くとか、フルーツを切ったまま出すとか、そんなんばっかりである。凝った料理が少ないのは、素材そのままで十分美味しいということ以外に、長時間火を使って調理するのがやっぱりあちいからなのかもしれない。もうほんと、あちいのはやだよね。

10分歩いた海の中には食べきれないくらいの魚がいて、朝は鶏の鳴き声で目覚めて、そこらへんを散歩していると木にバナナやココナッツがなっている。もうこれは、どう考えても飢え死にしない。飢え死にしないということは、とりあえず何があっても生きてはいけるということである。すると、じゃあもう何でもいいや、という気分になってくる。

もちろん、南の島の人だって100%陰りなく幸せということはないし、そもそもそんな幸せはこの世界にはありえない。

だけど、南の島に生きる人はやっぱりのんびりしていて、みんなどこか呑気である。馬車を引くおっさんも、宿の兄ちゃんも、ジェラート売りのお姉さんも、鶏を追いかけて遊ぶ子供も。とにかく、「もうあちいから何でもいいや。だってあちいんだもん」という世界なのだ、ここは。

しかしここまでいっておいてアレだが、私はこれからも、南の島で暮らす予定は一切ない。旅行でたまに行くくらいだろう。それはなぜかというと、そもそも私はこの人生において、幸せであることをあんまり重視していないからである。もちろん不幸でいるよりは幸せでいるほうがベターではあるが、まあその程度でしかない。他人から不幸そうと思われても(たぶんあんまり思われてないと思うが)別に気にしない。他人の中の私が不幸でも、それは私の中の私とはまったく別人なので、どうでもいいのである。

で、じゃあ私はこの人生において何を求めているのかというと、とにかく面白いことを求めている。面白いこと、そして真実が知りたいと思っている。私の中の価値では、「幸せ」よりも「面白い」のほうが、何十倍も重い。面白くないと生きていけない。面白くないと死んでしまう。「面白い」と「幸せ」どちらか選べといわれたら、私は迷うことなく前者をとる。

だから、私は南の島では暮らせない。複雑なことを考えるのが大好きで、堅物で理想主義的で机上の空論ラバーだから、気質的にはむしろ寒いところのほうが向いているだろう。事実、私は日本の夏が大嫌いだ。

わざわざ異国の南の島まで来て「やっぱあちいの無理だわ」とぶつぶつ文句をいいながらビーサンで海岸線を歩いている私は、なんだかもう救いようのないバカである。何しに来たんだよって感じである。まあいっか、ごはん美味しいし。

幸せを望んでいるはずなのに、南の島に移住する気がまったくわかない人がいたら、もしかしたらその人は幸せとは別の何かを求めているのかもしれない。あるいは、こんな簡単な事実を認めたくない特別な事情でもあるのだろう。だってここにいると、本当にだいたい万事オールオッケーだなと思うし、幸せってすごくシンプルなことだとわかるから。

まあ、繰り返すように、私自身はシンプルなことにそんなに興味ないんですが。たいてい、複雑なことのほうが面白いからね。

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チェコ好き(和田真里奈)

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旅と文学について書くブロガー・コラムニスト。AM連載:https://am-our.com/author/103/article書籍:『寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか』