写真美術館のミントティー

【旅の製図法/29】『ONE PIECE』53〜61巻(頂上戦争編)感想文

感想文シリーズも4回目となった。『ONE PIECE』、順調に読み進めております。前回分はこちら。なお、この感想文シリーズはネタバレ上等で書かれているため、閲覧は自己責任でお願いいたします。

今回私が読んだのは53〜61巻、俗にいう「頂上戦争編」である。ルフィが世界貴族「天竜人」を殴り飛ばしてしまったことをきっかけに、海軍大将「黄猿」や王下七武海バーソロミュー・くまなどなど、シャボンディ諸島に強敵がぞくぞくと集結する。ルフィたち麦わらの一味は、バーソロミュー・くまの攻撃を受け、それぞれが別の島に飛ばされてしまい、仲間は一時的に離れ離れとなってしまうのだ。

……と、内容に入る前に、今回は先に、1つ確認しておきたいことがある。この一連の『ONE PIECE』感想文を私は、「これまで考えられてこなかった角度から『ONE PIECE』の作品的価値を再検討する」というスタンスで書いている。……というとだいぶカッコつけているが、ようするに、基本的には『ONE PIECE』は面白い! というために、『ONE PIECE』を擁護するために、書いているのである。

『ONE PIECE』の国内発行部数は、累計3億2千万部を突破しているらしい。並大抵の漫画では到底かなわないレベルのヒット作品であるということは、だれの目から見ても明らかだろう。しかしその発行部数に反して、この作品の価値や意義について語っている人の数は、決して多くない。その理由は何かというと、あえて反感を買ういい方をするのであれば、『ONE PIECE』とはつまるところ田舎のDQNの漫画であり、都会のインテリにはほぼ黙殺されてきた作品なのである(繰り返しますが、あえて反感を買ういい方をしてますからね)。

『ONE PIECE』が都会のインテリに嫌われている原因の1つとして、この作品のジェンダー観が、かなり保守的であることがあげられるだろう。そして、今回の53〜61巻を読み進めるに当たって、この『ONE PIECE』のジェンダー観の問題を、避けて通ることはできない。なぜなら、バーソロミュー・くまによってルフィが飛ばされた先の島は「女々島」という男子禁制の女性の島であり、またサンジが飛ばされた先の島が「カマバッカ王国」というオカマだらけの島だからである。ジェンダーの問題がこの付近に集中している。

結論からいうと、このあたりは擁護しようにもしきれないくらい、時代錯誤なジェンダー観にもとづく描写が続いている。「女々島」の女性たちは、男がいないからか胸の部分をばーんと露出して仕事に励んでいる人が多いのだが、このあたりは女子高を覗き見されているような不快感があった。また、ルフィに恋してしまうボア・ハンコックも完全にお色気担当である。「カマバッカ王国」の描写については、尾田栄一郎のLGBTへの理解が浅いということを指摘している人が他に何人もいるので、私からは多くは語らない。あとこれは53〜61巻に限った話ではないので今更だけど、ナミとロビンの胸を強調しすぎる描写もどうかと思う。『I”s』とか『To LOVEる』は「これはエロです」と書いてあるから別にエロくてもいいのだけど、「これはエロです」と書いてはいない漫画でそういう描写を当然のようにやられてしまうと、認知が歪みそうである。

……というわけで、ポリティカルコレクトネスという概念を持ち出すと、残念ながら『ONE PIECE』は「完敗」といわざるを得ない。尾田栄一郎はもちろんのこと、こういうご時世なのだから、編集者がそのあたりにもう少し気を配っても良かったのではないだろうか、と思う。古き良き日の少年漫画をという気持ちも理解できなくはないが、それをこのご時世にやるのはあまりにも無邪気すぎるだろう。

とはいえ、個人的にはこの53〜61巻、「ポリティカルコレクトネス的にNGである」として読み捨てるにはあまりにも惜しいと考えている。なぜかというと、この「頂上戦争編」のなかで語られるルフィの少年時代の回想場面に、私はなかなか感銘を受けたからである。

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