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【日記/22】白菜的幸福論

この前、これを作ろうと思って白菜を買いに行ったのだが、


いつも私が食料品を購入しているスーパーではなく、駅前で平日の昼間だけやっている地元の農家のおばちゃんから直接買えるところで購入してみたのである。平日の昼間しかやっていないから、勤め人にはなかなかハードルが高いのだ。

で、結論からいうと、いつものスーパーで買っている白菜よりやはり美味かった。いつものスーパーの白菜より、甘く柔らかい気がした。

しかし、バカ舌で有名な私は自分の味覚にいまひとつ自信が持てない。これは、地産地消的なものが美味しくまた食とは本来そのようにあるべきというイデオロギー、つまりプラシーボ効果がそうさせているのでは? と思い、私は甘くて柔らかい白菜をなんとも疑り深い表情で食したのである。

さて、私の日常とは一事が万事このような状態であるから、なかなか素直に幸せをかんじづらく、可哀想なやつだと思われる方がなかにはいるかもしれない。だけど意外とそうでもなく、私は疑って難癖をつけることが自分の五感を素直に信じることより楽しいのである。そこに喜びや幸せを見出しているのである。……と、素直に書いてみたが改めて書くとひどい。しかし、幸せは人それぞれなので、多くの人が幸せをかんじるところで自分が幸せををかんじられなくてもいいし、多くの人が幸せをかんじないところで自分だけ幸せをかんじても別にいいのだ。

ところで今朝は、夢に高級みかんジュース(架空のメーカーのもの)が出てきたので、せめてもと思いコンビニでポンジュースを買って出勤した。

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チェコ好き(和田真里奈)

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旅と文学について書くブロガー・コラムニスト。AM連載:https://am-our.com/author/103/article書籍:『寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか』