【無料公開中】偶像崇拝のタブーなどニ次元には関係なかった!【イスラム法学者・中田考】が語るアニメとイスラム

――2015年末、アニメ『ノラガミ ARAGOTO』の製作委員会が本編内において、イスラム教にかかわる音声の不適切な使用があったと謝罪した。宗教的、文化的違いから、日本のアニメのイスラム圏への進出の難しさがたびたび指摘されてきたが、その真意とは何か?ここでは、イスラム社会、特にアラブ社会をより理解すべく、イスラム法学者・中田考氏と共に、その影響を考えていきたい。

(写真/佐藤裕信)

──今回はイスラム圏における日本のアニメやマンガなどの影響について、中田先生にお話をおうかがいしていきたいと思います。そもそも、先生ご自身もツイッターでアニメなどの話をされていて、かなりお好きな印象があるのですが……。

中田 考(以下、中田) ネットにいろいろと書かれている影響か、私がサブカル好きという噂があるんですよね(笑)。ですが、少し誤解なんです。私は『鉄人28号』や『鉄腕アトム』など、往年の人気アニメをリアルタイムで見てきた世代。そういう意味で、アニメに対しては多少リテラシーがありますが、特別詳しいというわけではありません。それに、最近でこそまたアニメを見るようになりましたが、以前はほとんど見ていませんでしたから。というのも、修士課程が終わって、1987年から8年ほどエジプトやサウジアラビアで生活していましたし、当時は現在と違ってインターネットもなかったですからね。そこで一度離れたので、それから見る機会がなかったんです。

──ちなみに、最近はどんなアニメを?

中田 最近見たのは、『昭和元禄 落語心中』(MBSほか)ですね。もともとマンガを読んでいて、アニメ版も見ました。それから、小説をアニメ化した『アルスラーン戦記』(TBS系)や、西尾維新さんのライトノベルが原作の『物語』シリーズ(TOKYO MXほか)も好きです。中でも『化物語』は、個人的にヒロインの戦場ヶ原ひたぎさんが好きで。あとは『俺ガイル(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。)』(TBS系)も楽しく拝見しました。それから……

──十分、お詳しそうですね(笑)。先ほどお話に出ましたが、中東で生活されていた頃は、日本のアニメやマンガに触れる機会はまったくなかったんですか?

中田 いえ、エジプトにいた時は、日本の少女マンガをよく読んでいました。というのも、当時家庭教師のバイトで暮らしていた私は、現地に滞在している商社や駐在員の方が子どものために日本から購入したマンガを、彼らが読み終わった後にいただいていたんです。「なかよし」(講談社)とかもありましたね。あとは、日本から劇場版『うる星やつら』のビデオなどを持っていって見ていました。

──当時、現地では、まだ日本のアニメは見られなかったんですか?

中田 『アルプスの少女ハイジ』などは、すでに人気でしたよ。80年代、日本のアニメはまず、『ハイジ』をはじめ、『フランダースの犬』や『赤毛のアン』など、日本製に見えないものが、イスラム世界の人々に受け入れられていきました。それまで、中東などイスラム世界におけるアニメといえば、カートゥーン(欧米の子ども向けアニメ)だったんです。代表的なのは『トムとジェリー』。あれは、大人も子どもも大好きで、飛行機の機内放送でも流されていましたから。そうした中で、日本のアニメも“西洋文化のひとつ”として伝わっていったのでしょう。

 その後、日本の作品として認知され、爆発的にヒットする作品も生まれていきます。あちらでは『キャプテン・マージド』[註1]と呼ばれる、『キャプテン翼』(テレビ東京系)がその代表的な作品です。中東で一番人気のあるスポーツはサッカーという背景もあり、私が滞在している際にも、現地で繰り返し再放送され、認知度も高かったですね。そして、最近では『NARUTO-ナルト-』(テレビ東京系)が人気。中東の人たちも、欧米同様、忍者モノが好きなようですね。ただし、現在テレビで放送されている日本アニメはごく一部で、ほとんどの人は、無料の動画サイトで見ているようです。

──イスラム圏でも、日本のように大人もアニメを楽しんでいるのでしょうか?

中田 基本的には、アニメを見ているのは子どもたちだと思います。アラブにもトルコにも、いわゆる“オタク”と定義できるような大人たちはいるのですが、その数はまだごく少数。イスラム国(IS)に行った時にも、『るろうに剣心』(フジテレビ系)が好きでコスプレを楽しんでいたタタール系のロシア人[註2]がいましたが、日本のサブカルチャーが、今後どこまで広がるかはわかりません。特に中東は、マッチョで家父長的な文化が根強い。子どもっぽいものは、馬鹿にされる風潮がありますので。

──15年にISによる日本人拘束事件が起きた後、日本のネットユーザーがISのメンバーに対し、ツイッターで『ラブライブ!』(TOKYO MXほか)のキャラクターの画像を送りつけたり、処刑画像をアイコラしたりと、“ISイジリ”が起きました。あれらの行為は、かなり反感を買ったのではないかと……。

中田 そうした行為を見てどう受け取るかは、千差万別だと思いますよ。ISというのは名称以外のなにものでもなくて、中にいる人たちはものすごく多様です。イラクとシリアでもまったく違いますし、指導的立場にいるアブー・バクル・アル=バグダーディー氏らは、“イスラム的に”というよりも、そもそも生きてきた環境自体がものすごく厳しいので、テレビやメディア自体にそもそも触れない。つまり、そういう冷やかしやイジリも目にすることが少ないだろうし、例え見たとしても、アニメのリテラシーがないので、行為の意味を理解できないでしょう。

 一方で、ISの中にはヨーロッパから来た20代の人々もいる。彼らはイスラム系移民の2世、3世なのですが、自分たちが生まれ育った文化を背景としながらも、各国で差別されて社会に馴染めず、イスラムに回帰したという経緯があります。そういう人たちなら行為の意味を理解できるでしょうが、しかし、批判としては受け取られないのではないでしょうか。彼らは“オタク”がそういう人たちだと、ある程度理解していますから。

 似たような風刺の話でいえば、シャルリー・エブドのほうが問題だったと思います。ああいう低俗かつ敵意むき出しな風刺は、不快な思いをする人も多いはず。なんてレベルの低いものなんだと思いました。教義的に良い悪いではなく、日本のマンガ文化の水準に慣れた身には単純に創作物として面白くありませんので。

──厳格な環境下ではそもそもリテラシーがないという一方で、『クルアーンを読む』[註3]でも触れていらしたように、湾岸諸国の富裕層が日本のマンガをたくさん買い込むなど、今後のマーケットとして中東に注目する向きもあります。

中田 中東の社会的影響力を持った人たちの間で、日本のアニメやマンガが人気を博しているという現象はあります。例えば、私が12年にカタールに行った際、村上隆氏の個展[註4]が開催されていました。どうも、当時のカタール首長の妹であるマヤッサ王女が村上氏のファンだったようで、企画されたとか。私も観には行きましたが、村上作品の良さはあまりわかりませんでしたし、その個展にもお客さんはほとんど来ていませんでしたけど(苦笑)。また、UAEのドバイには紀伊國屋など大きな書店があるのですが、日本のマンガの日本語版、英語版が置いてありますし、日本のコミケにアラブの富豪が現れたりするとニュースになります。そういう現象が、一部日本に伝わってきているのではないでしょうか。

『アサクリ』が気づかせた布教におけるアニメの有効性

『The 99』はすでにアニメ化もされており、英語の字幕付きで、YouTubeなどで見ることもできる。

──07年頃、クウェートを拠点に中東で活動する出版社「TESHKEEL COMICS」が『The99』という作品を出版し、イスラム圏発のオリジナルヒーローものとして話題になりました。イスラム世界では、アニメを通じてヒーロー像や教義を伝播しようという動きはあるのでしょうか?

中田 そうした動きは出てきていますが、結果としては失敗しているものが多いというのが正直なところです。中東のイスラム世界は政治的自由が大きく制限されているので、本当に正しい意味でのイスラム的ヒーロー像を、サブカルに投影して描くというのは難しいのです。ただ、『AL FATIF(ファーティフ)』というマンガは注目していいかもしれません。これは、イスタンブールを征服した、オスマン朝のスルタン・マハメドという人物をモデルにした歴史マンガです。作品作りを牽引しているのは、イスラム解放党のメンバーで、カリフ制再興を訴えているフェリックス・ショーという人物。彼はインドネシアの華人で、もともとはキリスト教徒でした。後にイスラムに改宗し、出版社を作って、マンガという形で子どもたちにイスラムの教義を伝えるという試みを始めています。『ファーティフ』のテイストはアメコミに近いのですが、マンガというメディアを利用して、イスラム教とカリフ制[註5]を伝播していこうという意図が明らかにくみ取れます。

──ちなみに、イスラム教の考えを伝えるにあたり、中田先生がオススメできる日本のアニメやマンガはありますか?

中田 うーん、こじつけならいろいろあると思うのですが(笑)。個人的には『キングダム』[註6]が好きですね。あれは中国が舞台ですが、いくつにも分かれている国を、国境をなくしてひとつの法によって統一するというストーリーは、まさにカリフ制の再興を連想させます。そういう意味では、『秘密結社鷹の爪』[註7]はさらにオススメですね。鷹の爪団の総統は、世界征服の理念を「くだらない国境を取り払って、世界をひとつに結び」といつも言っています。あれこそ、政治的思想として人類に必要なもの。メッセージを読み取れる人は読み取れると思います。『キングダム』以上に壮大ですよ。

──中田先生はご自身でも『オレの妹がカリフなわけがない!』[註8]というラノベ作品を発表されています。サブカルチャーは詳しくないとおっしゃっていましたが……興味を持たれ、活動に取り入れるきっかけはなんだったんですか?

中田 同志社大学に在任中、学生が『アサシン クリード』[註9]というゲームをやっていることを聞いて、サブカルチャーというものに興味を持ったんです。「アサシン」というのは、そもそもイスラム教のイスマーイール派という暗殺教団がモデルになっているのですが、その時、ゲームにもストーリーや世界観があるということを初めて知りました。ただ、私はゲームはまったくわからない。そんな時、私の教え子で、現在はイスラエルにいる優秀な研究者が、ツイッターでラノベ原作のアニメ『はがない(僕は友達が少ない)』(TBSほか)を絶賛していたことがきっかけで、アニメは見るようになって。そうした経験を通じて、若者にとってはラノベやアニメ、ゲームなどが立派なメディアだと気づいたんです。何かメッセージを伝えるのであれば、それらのメディアを利用したほうがいい。いわゆるメディアミックスですね。ただ、実際、マンガは描くのが難しいですし、アニメやゲームは制作にお金がかかる。でもラノベだったらということで書き始めたんですよ。なかなか手を挙げてくれる出版社がなく難儀していまして、仕方なくコミケで出したんですけど(苦笑)。

──本以外にもメッセージを伝えられるメディアは、どんどん増えていますよね。

中田 イスラム圏でも、若者の活字離れは深刻な状況です。例えば、サウジアラビアの若いイスラミスト[註10]と呼ばれる人たちは、車の移動中にイスラムの説教のCDを聴いていたりして、本を読むという人はほとんどいません。中東諸国も日本と同じで、忙しい、また急がせる社会になってきていることも、ひとつの要因でしょう。同時に、イスラムは文字をすごく大切にしてきたせいで、厳密なアラビア語の知識がないと本を読めないという状況にもある。そういう中で社会に何か伝えるとなると、大衆性がなければなりません。メディアを選ぶということは、非常に重要だと思うんです。

 例えば、逆にラノベにしか書けないこともありますよね。カリフ論を学問的に書いていくなら、アラビア語の専門用語を使い、古典や現代の研究書を引用し、抽象的な議論を展開しなければなりません。ですがラノベなら、日本の女子高生がカリフになるという、身近な世界でありながら奇想天外な出来事を描く中で、それがイスラム的に可能なのか、不可能だとすればなぜか、といった話をわかりやすく解き明かすこともできるのです。

 私が今、情報を発信したい相手は、主に10代。それ以降になると、現在の日本社会の枠組みでは、既成の考えに絡め取られてしまう。日本では、ものをゆっくり考えられるのは大学時代までです。大学進学前にイスラムの重要なメッセージに触れて、興味があれば大学時代にゆっくり学んでほしいと考えています。

──ちなみに……コミケでの反応は?

中田 コミケでは150部くらい売れました。出版社で出す著作と比べるとあまり売れないなという印象でしたが、コミケに20年も通っているといった人たちからは「これだけ売れるのはすごい」と励ましてもらって、それで少し、心を強くしました(笑)。ここから、何か火がつけばよいなと思っています。

──最終的に、『オレの妹がカリフなわけがない!』のアニメ化も視野に?

中田 そうなればうれしいですかね。アニメ化、期待しててください!(笑)

(文/河 鐘基)


中田 考(なかた・こう)

1960年、岡山県生まれ。イスラム法学者。東京大学人文科学研究科宗教学宗教史学修士課程修了後、カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程を経て、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員として活動。山口大学や同志社大学などで教鞭を執り、現在は、同志社大学客員教授、一神教学際研究センター客員フェロー。『日亜対訳 クルアーン』(作品社)を監修し、著書に『私はなぜイスラーム教徒になったのか』、橋爪大三郎共著『クルアーンを読む』(共に太田出版)など。

[註1]『キャプテン・マージド』
アラブ諸国における80年代の日本アニメ人気を牽引し、いまだ多くの支持を集める『キャプテン翼』のアラビア語版。「マージド」はアラビア語では一般的な男性の名前だが、サウジアラビアの有名なサッカー選手、マージド・アブダッラーから取ったという説も。

[註2]タタール系のロシア人
タタールと呼ばれる人たちは多様で、その名を用いる場所や時代によっても異なる。中でも、東ヨーロッパではモンゴル帝国の崩壊後にロシアの周縁で継承政権を形成したムスリム(イスラム教徒)の諸集団をタタールと称したとされている。彼らが現在のロシア・東ヨーロッパのタタール民族につながっている。

[註3]『クルアーンを読む』

太田出版より、社会学者・橋爪大三郎氏と中田氏の対談形式にて、クルアーン(コーラン)の読み方を解説した書。キリスト教との比較によって、クルアーンの正しい姿を示した。

[註4]村上隆氏の個展
12年、前カタール首長の妹で、カタール美術館庁の総裁を務めるマヤッサ王女(シェイハ・アル=マヤッサ・ビント・ハマド・アール=サーニー)の企画によって村上隆氏の個展が開かれた。当時、村上氏の希望する規模の展示スペースがカタールにはなかったため、王女はアル・リワーク展示ホールをわざわざ新設し、村上氏を招いた。

[註5]カリフ制
イスラム法により、イスラム共同体から選任されたカリフ(元首)の下、支配に服するすべての領域が単一の法によって治められる。また、政令は、民選の諮問議会により作成されるが、元首の裁可によって施行されることを原則としたもの。

[註6]『キングダム』
「週刊ヤングジャンプ」(集英社)にて連載されている原泰久氏によるマンガ作品。中国の春秋戦国時代を舞台に、大将軍を目指す少年・信と後の始皇帝となる秦王・政の活躍を中心に、戦乱の世を描いた。12年、13年には、NHK BSプレミアム、またNHKにてテレビアニメも放送された。

[註7]『秘密結社鷹の爪』
世界征服をたくらむ秘密結社「鷹の爪団」と、彼らの野望を阻むよくわからないヒーロー「デラックスファイター」とのやり取りを描いたコメディアニメ。もともとは、テレビ朝日系列で放映されたアニメ番組『THE FROGMAN SHOW』内で放映されたものだった。

[註8]『オレの妹がカリフなわけがない!』
カリフ制再興の重要性を訴えるべく、中田氏自ら書き下ろしたラノベ作品。神の預言者の後継者「カリフ」として生徒会長に立候補した愛紗(アイシャ)の選挙戦を描く。

[註9]『アサシン クリード』
第3回十字軍が派遣された12世紀末のエルサレム周辺一帯を舞台に、暗殺集団「アサシン教団」の一員として、任務を遂行していくアクションアドベンチャーゲーム。

[註10]イスラミスト
イスラム法を国家の法体系として導入し、統治の基本に据えようとする考えを持つ人たちのこと。

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