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精神病・奇形・差別表現は規制アリ!? ホラーのタブーに挑む【伊藤潤二】が語る禁忌描写

何度殺されても生き返る絶世の美女・富江と、彼女に翻弄される男たちを描いた『富江』、うずまきから派生する呪いに苦しめられる人々の物語で、『富江』同様に映画化された『うずまき』、気球型の首吊り死体というかつてない恐怖のあり方を表現した『首吊り気球』などのヒット作を持つホラーマンガ家・伊藤潤二。その独創的なホラー描写には定評があり、90年代に起こったホラーマンガブームの立役者のひとりでもある。
 
そんななか、マンガの特集である本号において、本誌は長らく追い続けてきた伊藤潤二氏のインタビューを敢行。氏にはマンガ家を目指したきっかけまで振り返ってもらい、マンガ家としての表現を悩ませる"表現規制"と"禁忌"への向き合い方を聞く。
 
ちなみに撮影は、大の猫好きで知られる氏の、ホラータッチに描かれた著書『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』(講談社)に敬意を表し、吉祥寺の猫カフェ「てまりのおうち」にて決行。このギャップ、たまりません。

昼は歯科技工士、夜はマンガマンガ家へ転身したきっかけ

――伊藤先生はもともと歯科技工士の仕事に就いていたと聞いていますが、なぜマンガ家へと転身を図られたのでしょうか?

伊藤潤二(以下、伊藤) 幼い頃から楳図かずお先生や古賀新一先生、日野日出志先生のホラーマンガを読んでいて、幼稚園の年長ぐらいには自分でもマンガを描くようになっていたんです。それからずっと趣味程度でホラーマンガを描いていたんですが、プロになろうなんて思ってもいませんでした。高校卒業後、専門学校に通い、歯科技工士として働くようになったんですが、冷え性だったので指先がうまく動かず、周りの人よりも仕事が遅いことに悩み始めて。ちょうどその頃、少女向けのホラーコミック誌「ハロウィン」(朝日ソノラマ)で"楳図賞"の募集があったので、マンガ家になりたいというより「楳図先生に作品を見てもらいたい!」という気持ちで『富江』を投稿したんです。それで佳作に選ばれたのが、マンガ家としてのスタートになりました。

しばらくは二足のわらじで、昼間は歯科技工士として働き、夜にマンガを描くという生活を送っていたんですが、そういう生活を3年ほど送っていたら、いよいよしんどくなりまして、歯科技工士を辞職し、マンガに専念することにしまして。そのことを当時の担当編集者に伝えたら、運よく連載をもらえました。

――初の連載となった作品も、もちろんホラーマンガですよね?

伊藤 短編の読みきりを毎月描く形だったんですが、その中で時々『富江』も描いて、後にシリーズ化しました。実はシリーズものを集中して描くのが苦手なので、思いついたときに描ける読みきりが、私の性分には合っていたんです。

――現在の作風にたどり着くまでに影響を受けたホラーマンガ家や作品は?

伊藤 楳図かずお先生の絵や物語性からは、たくさん影響を受けたと思います。ホラーだけじゃなく、SFモノも描ける方ですし。『漂流教室』(小学館)なんかも大好きですね。それと、日野日出志先生の作品からも衝撃を受けました。読み手を怖がらせることに全力を注いでいて、『地獄の子守唄』という作品があるんですが、読者に向かって「君はこのマンガを読んで3日後に必ず死ぬ!」と言い放つ場面があるんですけど、初めて読んだときは、「もう僕は死ぬんだ……」と不安になりました(笑)。

――ホラー以外のマンガ家の先生や作品で影響を受けた作品はありますか?

伊藤 大友克洋先生ですね。高校時代に初めて大友先生の作品を読んだんですが、当時は『ショート・ピース』(双葉社)のような日常を描いているマンガはめずらしかったので、とても新鮮に感じました。ペンのタッチが生きるアート系の絵も、それまでのマンガにはなかったものでしたし。それから、藤子・F・不二雄先生のSF短編マンガもですね。小林よしのり先生のギャグマンガも好きですし、山田章博先生はすごく魅力的な絵を描く方だと思います。あとは、高橋留美子先生の『めぞん一刻』に出てくる音無響子さんに恋をしていた時期もありました。

病にまつわる描写は加害者・被害者側で規制に違い

――そうしたマンガ家の方々の影響を受け、楳図賞に応募した『富江』が誕生し、その後、伊藤先生は『うずまき』や『首吊り気球』など、数々のヒット作を生み出してきました。その描写の中には、グロテスクなものも含まれ、時には〝過激〟であると規制が入るケースもあります。これまでに表現や作品のテーマについて、出版社から規制が入った経験はありましたか?

伊藤 『富江』で精神科病院のシーンを描いたときがあったんですが、ネームの段階で建物に鉄格子を付けたら、それを消すように注意されたことがあります。現代の精神科病院は、明るく開かれた場所であって、鉄格子に囲まれているような暗いイメージで描くのは誤解を招くのでしょう。よく編集者から「"奇形モノ"や"精神異常モノ"などの病にまつわる物語を描く際は細心の注意を払え」と言われました。もちろん、デリケートな事柄だし、差別につながることもあると思いますから。
 
 あとは、ある日突然、ものすごく首が長くなってしまった女の子が主人公の作品を描こうとしたら、ボツにされたこともありましたね。ヒロインの女の子が自分の首が伸びていることに気づいておらず、ほかの人に指摘されて自分の身に起こった異変に恐怖を覚えるという内容だったんですけど、"首が長い"ということも一種の奇形としてとらえられてしまうんです。また、それを"被害者"として描くことが問題視されるのですが、ただ、首の長い少女が妖怪のろくろ首になって人を驚かす"加害者側"であれば、その問題は払拭されるんです。
 
 例えば、楳図先生の『赤んぼ少女』(小学館)に、シワシワで牙のある赤ちゃん・タマミという人物が登場するのですが、作中では人々を恐怖に陥れる加害者の立場なのでOKなんだと思います。何かを患っているキャラクターを登場させるときは、それが加害者なのか被害者なのかで、規制が入るかどうかが変わってくるのだと教えられましたね。

――読み手の恐怖心をかき立てるには、時にタブーに挑むことも重要かと思いますが、規制抜きでも読者に恐怖心を植え付けるコツはあるのでしょうか?

伊藤 登場人物の顔に下からライトが当たっているように描くと、額や輪郭に影ができてホラー特有の表情になります。あとは、人物の目を描くときは黒目を小さくし、白目の割合を増やす。そうすることで、暗い雰囲気が出るんです。少女マンガでも狡猾なキャラクターは黒目が小さめで、ヒロインは黒目が大きかったりしますよね。

気球が人間を襲ってきたらアグレッシブだなと思った

――90年代のホラーマンガ・ブーム以降、近年はホラーマンガがピックアップされることが少なくなりました。伊藤先生は、恐怖心を演出する要素として、昨今のホラーマンガに不足しているものがあるとしたら、それはなんだと感じていますか?

伊藤 マンガである以上、無理な話なんですが、やはり"音"ですかね。いろんな擬音を使って恐怖を増幅させるようにしていても、効果音が使えるホラー映画には勝てません。かの有名なホラー映画『エクソシスト』では、悪魔の叫び声に豚が屠殺される瞬間の声をアテレコすることで、悪魔が持つこの世のものとは思えない不気味さを表現しているとか。そういった表現のバリエーションはマンガでは到底無理ですからね。

――とはいえ、伊藤先生の諸作品は、『首吊り気球』など、奇想天外なテーマを扱うことで知られていますが、ホラー的インスピレーションの源というのは?

伊藤 日常生活から思いつくことが多いです。例えば、ラジオを聴きながらDJの話を斜めからとらえたり、真逆の意味だったらどうなるかと考えてみたり。アイデアによって、物語はギャグにも恋愛にも路線変更はできる。私の場合はホラー要素を肉付けしていく形ですね。

――単なる日常のヒトコマを、どれだけホラーテイストにしていけるかということですね。

伊藤 ちなみに『首吊り気球』は、気球から首吊り死体がぶら下がっていたら面白いんじゃないかというところから始まりました。次に、首吊り気球が街の上空を横切ると、その街に奇怪な事件が起こるという設定を考えましたが、その"事件"がなかなか思いつかない。そこで視点を変え、「気球が人間を襲ってきたらアグレッシブだな」とか、「自分そっくりの気球が存在したら怖いよな」など、恐怖を感じるポイントを加味していきました。

――ご自身の作品で、一番気に入っている作品や描写、コマなどありましたら、ぜひともお聞きしたいのですが。

伊藤潤二氏が自身の作品で最も気に入っていると話した『死びとの恋わずらい』(朝日ソノラマ)におけるヒトコマ。丸々1ページを贅沢に使用した圧巻の"四つ辻の美少年"。(c)2001 Junji Ito

伊藤 『富江』はマンガ家になったきっかけの作品なので、とても大事な作品のひとつですね。あとは、短編ものになりますが、『阿彌殻断層の怪』(『ギョ』収録。小学館)での描写、コマでいうなら『死びとの恋わずらい』(朝日ソノラマ)の右1ページを使った大ゴマが、非常に気に入っています。――ちなみに、若手のホラーマンガ家で、注目している人物はいますか?伊藤 昔から注目しているのは、『青空の悪魔円盤』の呪みちるさん。異形のデザインセンス、描写力が非常に優れていると思います。それと、『死人の声をきくがよい』のひよどり祥子さんは、最近のマンガ家にはめずらしい、湿度を感じさせる絵柄を描く方だなと思います。ほかにも、『不安の種』の中山昌亮さんや『機巧童子』の鯛夢さん。また、押切蓮介さんの『ミスミソウ』に登場する"業を背負ったキャラクター"などは、私に描くことはできませんね。それから駕籠真太郎さんや高港基資さんなど、思いもよらない奇抜な発想を持ったマンガ家の方たちもたくさんいますね。――最後に、伊藤先生がこれからのホラーマンガ界に望むことがあるとすれば、それはなんでしょうか?伊藤 「ハロウィン」が創刊されたときのようなホラーマンガブームがまた来てほしいですね。私がマンガ家としてデビューしたばかりの頃、犬木加奈子さんがホラー業界を盛り上げてくれていたように、若手の人たちが規制の枠を飛び越えて、何かしらの新しい動きを起こしてくれることを願っています。

(田口瑠乙/文)
(梅川良満/写真)

伊藤潤二(いとう・じゅんじ)
1963年、岐阜県生まれ。歯科技工士として勤務するかたわら、ホラーマンガ家を目指し、1986年の「ハロウィン」第一回楳図賞投稿作品が佳作に入選。以後、マンガ家一本へ転身し、『富江』や『うずまき』などのヒット作を生む。最新刊『溶解教室』が昨年末に発売されたばかり。

『地獄の子守唄』
日野日出志/アース出版局(95年)/1728円
日野自身が主人公として登場。「もしこれを見て気分が悪くなったり あなたの身の上になにかがおこったとしても わたしは一切責任をもたない」との恐ろしい忠告も。

『青空の悪魔円盤』
呪みちる/ソフトマジック(01年)/1080円
巨匠・日野日出志やミュージシャンの大槻ケンヂ、タレントの佐藤江梨子らが絶賛した呪みちるの短編集。ホラーマンガの枠にとらわれない斬新な表現方法は一読の価値あり。

『死人の声をきくがよい』
ひよどり祥子/秋田書店(12年)/596円
死んだ人間の姿が見えるヒロインの高校生・岸田純を軸に展開していく、正統派ホラーマンガ。画のタッチとはギャップのある昭和風ホラー描写が、恐怖心をくすぐる。

『不安の種』
中山昌亮/秋田書店(04年)/756円
『PS-羅生門-』などで知られる中山昌亮の作品。2013年に実写映画化された。数ページ完結型のショートホラーオムニバスで、謎のキャラクター"オチョナンさん"が人気。

『機巧童子』
鯛夢/ぶんか社(10年)/648円
"最恐"のからくり人形〈万物万能丸〉を修復するために必要なものは、人間の心に潜む“陰”。謎の少女・ナツメが繰り広げる新感覚のホラーマンガ。

『ミスミソウ』
押切蓮介/双葉社(13年)/885円
『ハイスコアガール』問題で揺れ動く押切蓮介の作品。ホラーとギャグを掛け合わせたマンガを数多く手がけてきた押切だが、この作品は完全なるシリアスホラー。

『溶解教室』
伊藤潤二/秋田書店(14年)/734円
悪魔に魅入られた青年・夕馬と、史上最凶の妹・ちずみが現れる場所で巻き起こる恐怖の数々。溶解教室シリーズほか、2作品を収めた短編集。

撮影協力/てまりのおうち

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