【無料公開中】何度でもやり直せてしまうのは、長所か短所か? 音楽プロデューサーとエンジニアが語る科学的音楽の功と罪

――歌が下手でも、あとから修正――科学技術の進歩によって、音楽制作の現場に大きな変化が訪れた昨今。D.O.I.とDJ WATARAI、2人のプロフェッショナルがデジタル革命の功罪を説く。

(写真/渡部幸和)

 科学にフォーカスした本特集、本稿では音楽制作現場における科学技術の進歩について見ていきたい。デジタル化をはじめとする技術革新は、どのような影響を与えたのか。その功罪を、レコーディング・エンジニアのD.O.I.氏と、プロデューサー/DJのWATARAI氏に聞いた。

音楽制作における極めて革新的な技術

――まず、お2人が活動を始めてから音楽制作環境の移り変わりを振り返り、技術的にエポックメイキングだった出来事はなんだったと思いますか?

D.O.I.(以下、D) コンピューターベースの制作環境が主流になったことですね。2000年を過ぎた頃からPro Tools【1】をはじめとするDAW【2】がどんどん現場に導入され、当時、数億円かかっていたようなシステムが10分の1以下のコストでセットアップできるようになりました。これは、現場におけるエポックメイキング中のエポックメイキングでしょうね。

 大きいスタジオではSSL【3】のようなラージコンソールを通してテープメディアにレコーディングしていたんですが、よく使われていたデジタルテープレコーダーに、ソニーのPCM-3348というものがあります。これは文字通り48トラック【4】の録音ができる機器なのですが、Pro Toolsのスペックが64トラック録音可能になった時期(98年)……つまりPCM-3348を上回るトラックで録音できるようになった頃から「これは従来のシステムに代わるものになる」という見方が強くなってきました。テープメディアと比較すると、圧倒的にかかるコストも低いし、どの曲のどの部分にもすぐアクセスすることが可能になったので、これには適わないですよね。

DJ WATARAI(以下、W) 僕にとってもPro Toolsの台頭は大きかったです。それまではハードウェアのシーケンサーやサンプラー、シンセサイザーなどを使ってトラック・メイキングをしてきたわけですが、そうするとレコーディングや、スタジオで行う最終調整においても、その機材一式をスタジオに持ち込まなければならなかった。一台一台がそれなりの重量感もあるので、それがかなりわずらわしかったのですが、Pro Toolsを使用するようになってからは、家で録音したオーディオデータをネット経由で送れるようになったので、非常に便利になりましたね。

D ヒップホップのプロデューサーでは、ワタさんが一番導入が早かったですね。僕は必要に迫られて使うようになりました。00年前後、Indopepsychicsというプロデューサー・チームで活動していたんですが、僕の役割としてエフェクターなどのツマミをリアルタイムに動かして録音することが多々あったんですね。一発勝負なので一生懸命駆使して、ミラクルが起こればOK! という感じで臨んでいたんですけど、あとになってメンバーから「やっぱりこういうふうにしたほうがよくない?」みたいな話が出てくるのが当たり前の時代だったんです。「あれは、ミラクル一発で録れたものだから再現することは不可能だよ」って伝えるしかできず……(笑)。

 そんなことで悩んでいた頃、「音量だけでなく、エフェクトのパラメーターもオートメーションで記録できる」という触れ込みで登場したのがPro Toolsだったわけです。

――“ミラクル一発”が記録できる。

D しかも、記録した後に微調整も可能なので、楽曲を作る上でもっとも効率性の高い機能が搭載されたと感じました。

 また、同時期にBUDDHA BRANDというグループのエンジニアリングもやっていたんですが、ヒップホップ・アーティスト特有の感性というか、従来の制作プロセスにとらわれず、思いついたアイデアをすぐに試したいという要望が多く、既存のシステムでは対応不可能だなと感じていまして。彼らの要望を満たせるのはPro Toolsしかなかった。彼らのアルバム『病める無限のブッダの世界~BEST OF THE BEST(金字塔)~』を作っていた時期なので……99年くらいですね。

――とはいえ、まだまだ制作のメイン機器のシステムとして使えるスペックではなかったですよね?

D そうですね。ノウハウが蓄積した機材からいきなり代わるはずもなく、あくまでサブ機としての使用が多かったです。今はそれが最高で768トラックまで録音できるので、雲泥の差になりましたね。

――Pro Toolsが一番最初にリリースされたのは91年のことですから、十数年でプロの現場に浸透していったわけですが、最初からスムーズに導入されていったわけではないですよね?

D 90年代までは「これは一過性のもので、主流にはならない」というのが大方の意見でした。音楽制作には、それまで何十年にわたって培ってきた技術やノウハウがあったので「デジタルに頼って大丈夫なのか?」という人が多かった。もっとも、これは人間の本質といえるもので、新しいものに対して肯定的な考えを持つ人は2割程度で、8割程度は否定的な考え方を持ってしまうそうです。

技術革新が招いた音楽制作の功と罪

――先ほどWATARAIさんが「録音したオーディオデータをネットで送る」という話をされましたが、利便性が上がった一方で、プロデューサーやアーティストがエンジニアと顔を合わせる機会は減ってきていると聞きます。昔は立ち会いが基本だったと思いますが、楽曲の質はあまり関係ない時代なのでしょうか?

D 先日、ニューヨークにあるスターリング・サウンド(世界でもっとも多忙なスタジオといわれ、マドンナやエリック・クラプトンなど海外の大御所から、宇多田ヒカルや坂本龍一などの国内アーティストからの信頼も厚い)というスタジオのエンジニアであるトム・コインという著名なエンジニアと話をしたとき、「最近、ミキシングの立ち会いがなくなって楽だろう?」と聞かれたんです。僕は「いや、ほぼ毎日立ち会っていますよ」と答えたら、「俺は今年、(立ち会い)ゼロだ。今の時代にずいぶん特殊なエンジニアだな」と言われたくらいです(笑)。

――オーディオデータのやりとりのみなら、時間も場所も問わないですし、グローバル化も進むということでしょうか?

D それはあると思います。もちろん、国内のアーティストが海外のプロデューサーに依頼するとき、渡米することは今でもよくあります。しかし、ミックス作業をしていて何かしら問題があった場合でも、プロデューサーに連絡して1時間後には修正されたオーディオデータが受け取れたり、時間軸でいえば、過去と比較すると断然早くなりました。

 グローバル化という意味では、3~4年前から日本のヒット曲の多くは海外の人が作っていたという事実がありますね。

――具体的にどのようなことですか?

D コライト【5】という文化があり、トップライナーと呼ばれる作曲家、ミュージシャン、トラックメイカーなどが1カ所に集い、ライティング・キャンプを行うんですね。そこで精度の高いデモを作り、それを日本のレコード会社などにプレゼンして気に入ったものを買ってもらい、日本語詞をつけてリリースするわけです。

――確かに、楽曲のクレジットに外国人の名前を見かけることが増えました。作詞・作曲・アレンジまでする大御所プロデューサーもいますが、今は作詞・作曲もアレンジも分業で違うクリエイターに依頼し、最終的なジャッジを下すのがプロデューサーの役割だったりしますからね。あらゆることが身軽にスピード感を持って展開するのも、テクノロジー進化の恩恵ともいえそうです。

D そんなライティング・キャンプが盛んな時代であっても、国内でも新しい才能も見つかっていて、三代目J Soul Brothersの「R.Y.U.S.E.I.」をプロデューサーのSTYと共作しているMaozonくんは、今の所属事務所である「ディグズ」が企画したリミックス・コンテストに応募してきた作品がきっかけで発掘された新進気鋭のクリエイターです。当時まだ19歳で、四国の田舎に住んでいたらしいんですが、初のメジャー仕事で「日本レコード大賞」受賞作を作ってしまったという。むしろ、彼のような若い世代は、DAWが定着して制作時間が短縮された分、いちから音色を作り出す作業に時間を費やしているみたいですね。

W 技術の進歩によって、若い世代の台頭はもちろん、作業時間もだいぶ短縮されましたよね。昔はドラムの音を録るだけで1日かかったりしていたけど、今はファイル化してライブラリとして保存できるので、曲の方向性が決まれば、それに見合ったドラムをライブラリから呼び出せばいい。その分、参考になる音源を探したり、アイデアを貯めたりする時間が増えた気がしますね。

――技術革新によって作業効率が上がり時間が生まれた。これは大きなメリットだと思いますが、逆に失われてしまったものはありますか?

D これも“時間”なんです。ハードウェアの場合は、ツマミの位置などが変わってしまうので、ひとつの作業は基本的にその日のうちに終わらせなければいけなかった。しかしPro Toolsの場合は、いつでも修正が可能になってしまうので、一度OKが出たものにも再修正が入ってくる。多いときは10回以上になることもあります。1回あたりの修正は30分程度で済むこともありますが、累積すると膨大な時間になってしまう。メールだと深夜でも関係ありませんから、夜中の3時に「明日、必要な素材があるので、午前中までにお願いします」といった要望も格段に増えたので、「私はこれからオフラインになります」と宣言でもしない限り、延々と作業が続いてしまうんです。

W Pro Toolsの登場は利便性を向上させましたが、細かいことが気になってしまうという弊害も生まれましたよね。重箱の隅をつつくというか、聴いて問題ない箇所でも波形が気になるとか、楽曲自体のかっこよさよりも、そういう部分に意識が向いてしまいますよね。

――扱えるトラック数の増加、音程やリズムを簡単に修正できるようになったことで、クリエイティビティが失われてしまったと感じることはありますか?

W そういった点に異を唱えるクリエイターもいますが、ミックス作業でテンポ感が変わったりすることはよくあるので、その都度修正できることは、プロデューサー的視点からいえば助かります。

D エンジニアリング視点でいえば、トラック数の増加は時間を奪われることにつながります。今は「ひとつのトラックにひとつの楽器音」という感じではなく、例えばギターの音だけでもエフェクトや奏法の変化に応じてトラックが分けられている。音が重なっているわけではなく、交互に出てくる感じと言えばわかりやすいでしょうか。合わせて聴くとひとつのギターでずっと弾いているように聴こえますが、実は数トラック使っていたりするんです。それらがちゃんと鳴るように管理しなければならない仕事なので。

――極端な話、AKB48のような大所帯グループだと、ボーカルトラック数だけでも膨大になりますよね。

D 最近担当した仕事では、EXILE TRIBEの「24World」のトラック数がダントツに多かったですね。「24karats」はシリーズ作品なので、ボーカリストやラッパーも含め、10人以上のトラックがあるパターンも。その各々が数トラックずつ使うので、必然的にトラック数は多くなりますね。

――ピッチのズレたボーカルの修正ではなく、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅのように、元からオートチューン【6】で加工された楽曲や、初音ミクのようなボーカロイド作品に対しては、どのような見解を持っていますか?

D 曲として優れていれば、面白いと思ったことを形にしたクリエイターの勝ちだと思います。実際にそういった楽曲が台頭して以降、ミックスのときに「ここ、なんかつまらないので、何かできませんか?」とリクエストされることも増えました。Perfumeの影響もあるかもしれませんが、ダフト・パンクのような海外アーティストの功績も大きいんでしょうね。

W 録音したボーカリストの声だけを部分的に切り取り、ピッチを変えて、違う場所へ素材的に貼り付ける。海外はもちろん、国内の音楽でもそういった使い方をする曲が格段に増えてきたと思います。

テクノロジーの進化でDJプレイにも大きな変化

――音楽制作だけでなく、DJの現場にも00年以降デジタルの波が押し寄せ、従来のアナログ・レコードでのプレイからCD、PCでのプレイへと移り変わりました。DJでもあるWATARAIさんにとって、一番の恩恵というのは?

W 純粋に、多くの曲を持ち歩けるようになったことですね。レコードとなると300枚くらいが限度でしたし、機材のハードウェア同様、重量も大きな問題点でしたから(笑)。

 今はPCの中に、常時2万曲くらい入れています。ここ最近は“オールミックス”という言葉も聞かなくなったほどジャンルの横断が進んでいるので、曲の数とバリエーションがなければ、DJプレイも対応できないんですよね。

D “1本WAV DJ”という言葉も誕生しましたからね。あらかじめミックスされたWAV【7】データを再生するだけのDJのことを指すそうです。

W ショウを盛り上げるという意味、最新技術という意味ではアリなのかもしれませんが、予定調和にしかなり得ませんよね。近年ではYouTubeの音源をリッピングしてプレイするDJも出てきている。こうした“お金のかからない”技術的進歩が、功罪の罪の部分かもしれませんね。DJプレイも多様化していますが、高価な機材とレコードを買いそろえて苦労し、アナログ時代を体験してきた身としては、寂しいものがあります。

(文/北口大介)

DJ WATARAI(DJわたらい)
95年よりトラック・メイキングを始め、これまでにNITRO MICROPHONE UNDERGROUND、MISIA、AI、CHEMISTRYなどのプロデュース/リミックスと、多くのヒット作を手がけてきたプロデューサー/DJ。最新作はHappiness「フレンズ <2015 ver.>」を担当。

D.O.I.(どい)
エンジニアとして秀でた才能を発揮し、これまでにBUDDHA BRANDやMURO、RHYMESTERといったヒップホップ・アーティストから、安室奈美恵、倖田來未、EXILEなどのポップ・アーティストも手がけ、業界では絶大な信頼を置かれている。

【1】Pro Tools
楽曲制作の打ち込みから録音、編集まで、すべてを担うソフトウェア。誕生当初は「デジタルは信用ならん」と迫害されていたが、今やクリエイターの必須アイテムで、レコーディング・スタジオ標準装備のド定番ソフトとして君臨している。

【2】DAW
〈Digital Audio Workstation〉の略。ハードウェアありきで行われていた音楽制作の現場を、PC環境での制作・編集を可能にした統合型楽曲制作ソフトウェア全般を指す。Pro Toolsをはじめ、CubaseやLogic、など、さまざまなDAW製品が販売されている。

【3】SSL
Solid State Logic社が開発した、音楽をはじめ、映画などでも使用されるアナログ/デジタル・オーディオ・コンソール。社名の頭文字を取って「SSL」と略される。今もなお、全世界3000以上のレコーディング・スタジオで愛用されている。

【4】トラック
録音する際に、ボーカルやドラムなど複数のパートやサウンドを個別に独立させて録音・再生させるための記録領域を指す。00年前後で最大64トラック数だった限度が、現在は最大768トラックまで記録が可能。

【5】コライト
作詞・作曲・編曲家がチームを組んで一箇所に集い、共同で楽曲を制作するスタイル。欧米ではポピュラーな制作スタイルで、ライティング・キャンプとも呼ばれる。日本ではなじみの薄い文化だが、徐々に浸透してきている。

【6】オートチューン
本来はボーカリストのピッチのズレを補正するために生まれた音楽ソフト。現在はPerfumeらの中田ヤスタカ制作楽曲に顕著で、つんく♂が手がけるハロプロ楽曲などでも多用されている。

【7】WAV
無圧縮の音楽データファイル。劣化しないと言われているが、高品質の再生機器でもない限り、圧縮されたMP3データと聴き分けるのは困難。

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