【無料公開中】【文芸評論家・円堂都司昭氏】が推薦!一線を越えた国産法科学ミステリのすごい作品はコレだ!

――ミステリ小説において法科学は、鉄板ネタ。ここでは、文芸評論家の円堂氏に、この秋読みたい、法科学ミステリを紹介してもらった。

川瀬七緒の「方位昆虫学捜査官」シリーズ最新作『メビウスの守護者』(左)と、中山七里の『ヒポクラテスの誓い』(右)。どちらも、趣向をこらした作風で読み応えバッチリ!

 法科学をモチーフにした作品は、枚挙にいとまがありません。今の作品の直接的なルーツは、『羊たちの沈黙』などをきっかけとしたプロファイリングブームがあった、90年代に見ることができます。その後、いろいろなバリエーションの作品が出て、00年代以降の警察小説では、組織内部を細かく描くような作品が多数生まれました。その過程で、科学捜査に特化した作品が目立ってきたという印象があります。

 まず15年に刊行された作品だと、江戸川乱歩賞出身の作家・川瀬七緒の「法医昆虫学捜査官」シリーズです。最新作の『メビウスの守護者 法医昆虫学捜査官』(講談社)が10月に出たばかり。昔から「虫愛ずる姫君」のように、「女性なのに昆虫が好きな、変わった人」を扱う作品は脈々とあります。女性法医昆虫学捜査官が主人公の本作もその流れにあり、ひたすら虫に特化した法科学ミステリです。成長株の作家ですし、これから楽しみな存在です。

 そしてもう一冊は、タイトルからしてモロに法医学系な、中山七里『ヒポクラテスの誓い』(祥伝社)。 法医学教室の権威である光崎教授のところに、単位不足の女子学生が研修に行くという設定で、ボンクラ学生視点の連作短編です。

 ミステリのお約束で、検死をする人が解剖しながら軽口をたたくシーンがあります。本作も、主人公が研修先にいる外国人准教授に「あなた、死体好き?」と真顔で言われるなど、そうした笑いの伝統に則っています。

 ちなみに、なぜか光崎教授は「ある死体が出たら解剖させろ」と日頃から言っていて、解剖することが認められていない遺体に関しても、時に強引に解剖していきます。なぜ彼はそうも解剖をしたがるのか? そうした全編を通底する謎も面白く、今年読んだ中でも特にオススメの一作です。

死体をMRIでスキャンする!?

 続いて法科学というよりは、医学・医療の領域の話になりますが、ミステリ作家・海堂尊が書いた『死因不明社会――Aiが拓く新しい医療』(講談社)というノンフィクションがあります。そこで指摘されているのが「解剖すべき死体を、全て解剖しているとはいえない」ということです。事件性があるかどうか曖昧なケースも少なくなく、解剖に回される死体はごく一部。現実では、まんべんなく解剖されているわけではない。

 解剖が難しければ、MRIのように、死体もスキャンすればいいではないか、というのが海堂氏の主張です。

 その点をクローズアップした小説が、「チーム・バチスタシリーズ」の一作『アリアドネの弾丸』(宝島社文庫)です。解剖に匹敵する機能を持つ、新型MRIのある病院で起こる事件をめぐるミステリで、法医学に関する現代的なテーマと、特殊な状況ゆえに成り立つトリックが特徴です。医学・医療の孕む現実的な問題を小説として扱う醍醐味が詰まった作品と言えるでしょう。

 また海堂氏は、島田荘司監修『本格ミステリー・ワールド2013』(南雲堂)収録の座談会で、「『医学ミステリ』は存在せず、あるのは「医療ミステリ』だけだ」という発言をしています。病因や死因など、人間の体の謎を科学的に考えるのが「医学」で、「医療」は人間の治療にまつわるあらゆることにかかわるため、感情や金銭的な問題など、さまざまな要素が絡んでくる。

 海堂氏は、ミステリ小説が対象とするのは、そうした多様な領域をカバーする「医療」である、と言います。例えば「この人が死んだ原因は、この毒物にある」と断定はできても、「それを誰が、なぜ入れたか」の話になると、医学の範疇からはみ出してしまう。つまり、犯罪の因果関係になると、またレベルが違う話になるわけです。

 物語の全てにわたって、専門的な話が入ってしまうと、ミステリとしての魅力を損ねてしまうことにもなりかねません。読者も一緒に楽しめる推理要素が薄くなってしまいますからね。優れた法科学ミステリは、そうしたフィクションとノンフィクションの間を絶妙に突いた作品なのだと思います。

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