“イメチェン”から考える芸能界と日本社会のタブー……演歌界のプリンスが“変身”! 本当の〈氷川きよし〉論

――“演歌界のプリンス”と呼ばれてきた歌手の氷川きよし。このところ、“変身”が見られるとして話題となっている。また、週刊誌で“生きづらさ”を語ることもあった。しかし、これらがいわゆる“カミングアウト”に当たるとは言いづらい。一体、何が起きているのか――。フワッとした報道ばかりの状況下、本誌は徹底的に論じる!

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(絵/サイトウユウスケ)

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上:19年11月、インスタグラムで純白ドレス姿を披露した。「あなたがいるから」の歌詞を添えて。下:同年8月、プロ野球の始球式に美脚を露出したショートパンツ姿で登場。「ORICON NEWS」のYouTubeチャンネルより。

 氷川きよしの“変身”が話題を集めている。2000年に「箱根八里の半次郎」でデビューして以来、“演歌界のプリンス”として君臨してきた彼に、「何かが起こったらしい」と世間がざわめき始めたのは2019年8月。東京ヤクルトスワローズ対阪神タイガース戦の始球式で、20周年記念シングルの新曲「大丈夫」を熱唱したのだが、注目されたのはそのファッション。大きめのユニフォームに、太ももが半分以上露わになったショートパンツ。そこから伸びるのはムダ毛が一本もないツルツルの美脚。肩に付きそうなほど伸びたフワフワの髪をなびかせ、なんとも中性的な雰囲気を漂わせていた。

 19年11月には公式インスタグラムを開設。弓なりに細く整えた眉にアイラインと肌のツヤ感を強調したエレガントなメイク、ウエディングドレスのような純白の衣装姿やスキニーパンツ姿などを見せ、太眉がりりしい“演歌界のプリンス”時代とは大きくイメージチェンジした。

 一体、何が起こったのか?「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)20年1・2月号合併号でヴィジュアル系ミュージシャンのようなグラビアを披露した氷川は、インタビューでこう語る。

「年齢や性別なんて関係ない。常にきれいでいたいし、ミステリアスでもありたい」

「母が『好きなように生きなさい』って言ってくれたんです。『自分の人生なんだから、あなたの好きなように生きなきゃ』って。子どものころから『きーちゃん』って呼んで、ずっと見ていてくれたから、一人で東京に出て、芸能界で頑張っている姿を見て心配していたんでしょうね。母の励ましはすごく嬉しかったです」

 さらに、「週刊新潮」(新潮社)19年12月19日号では、これまでを振り返りつつ次のように語った。

「小さい頃は、ナヨっとして女の子っぽかったから、よく『オンナ!』とか『オカマ!』ってイイジメられて苦労したこともあった」

「本当の自分を出さないように、出さないように生きてきた。女性っぽさとか透明感とか、美について自分は色々な見せ方を持っていても、出しちゃダメと思いながら、精一杯頑張ってきた」

「『演歌の王道』を歩んで欲しい、男らしく生きて欲しいって言われると、自殺したくなっちゃうから、つらくて……」

「40過ぎてどう生きるかと考えた際、もう世間にどう言われようが、足蹴にされようが、しっかり確信をもって表現していこうと決意した」

紅白でも“本当の自分”を曖昧にした理由とは?

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妖艶なメイクとコスチュームでアグレッシブに歌い上げる「限界突破×サバイバー」のライブ映像。日本コロムビアのYouTubeチャンネルより。

「GQ」でも「週刊新潮」でも、氷川はイメージチェンジに当たってのきっかけや決意は率直に語っているものの、その大もとにある“本当の自分”が何かということは一切語っていない。そこに触れることは本人が望まないのか、所属事務所が止めているのか、メディアの自主規制なのかはわからない。ただただメディアは「氷川が変身した」と報じ、氷川は“本当の自分”をにおわせ、受け手は勝手に「どうやら何か隠していることがあるらしい」と解釈している状態である。

 19年大晦日の『NHK紅白歌合戦』では、氷川は「紅白限界突破スペシャルメドレー」と題し、「大丈夫」と17年に発売したアニメ『ドラゴンボール超』の主題歌「限界突破×サバイバー」を歌唱。ばっちりメイクに紅白のスパンコールを付けた着物から、黒いタイトな衣装に早着替えをし、ヘッドバンギングを見せた。

 このときも「限界突破」というタイトルにかけて、何か明確な“宣言”があるのではないかと注目が集まった。だが、リハーサルでの囲み会見でも曖昧なまま。

「もっと自分をプロデュースしたいというか、まだまだ自分らしさを表現したい。自分にはこれといって趣味もないんですけど、美容にしても、子どものときから好きだったんですけど、そういったものを伸ばしたい。それがダメだっていう日本の傾向があるけど、自分の個性、自分自身の命を大事にして、人を励まし続けられるアーティストでいたい」

「これからは、きーちゃんらしく、きよしくんにはもうさよならして」

 氷川きよしは私たちに何を伝えようとしているのか。私たちは氷川きよしの何が知りたいのか。その間にいるメディアはなんの役割を担っているのか――。

 次の記事からは、4人の識者にご登場いただき、それぞれの視点から氷川きよしを論じてもらった。

(取材・文/安楽由紀子)
(絵/サイトウユウスケ)

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