テロの定義、ラップへの影響ほか「暴走」と「タブー」――イスラム過激派の文化的背景

テロの定義、ラップへの影響ほか「暴走」と「タブー」――イスラム過激派の文化的背景

――イスラム過激派……通常我々は、一部のイスラム教徒を総称し、こう口にする。だが、戒律を重んじるイスラム教徒からも非難を浴びるイスラム過激派とは、そもそもいかなる存在なのか? そしてテロリズムという定義は、誰が唱え、その裏にどのような歴史的背景が潜んでいるのだろうか? その蛮行と危険な思想、そして日々変わる状況、これらに警鐘を鳴らす大手メディアの報道とは異なる視点でとらえた、”サイゾー的イスラム過激派の背景”に迫ってみたい。

※写真は本特集とは直接関係ありません。

 まさかこのような悪夢が現実になるとは──。そんな絶望を抱いた人も多かっただろう。2015年1月20日、かねてから中東へ渡航するも、音信不通だった後藤健二氏、湯川遥菜氏は通称イスラム国(ISIS/The Islamic State of Iraq and al-Shamの略称、別名ISIL)が日本政府と国民に向けたビデオに人質として登場。ヨルダンを介した交渉を行ったにもかかわらず、イスラム国日本人拘束事件は、殺害という最悪の形で幕を閉じた。

 一方のISISは、交渉窓口に当たったヨルダンに収監されているサジダ・リシャウィ死刑囚の解放を要求。これを受けてヨルダンは、ISISに拘束されているパイロット、モアズ・カサスベ中尉の安否を確認するも進展せず、突如、パイロットを惨殺する動画がSNSを通じて配信された。その後ヨルダンはリシャウィの死刑を執行、ISISに対して報復空爆を開始した。

 これらの詳細は連日報道されているが、今回の事件の中心にある「イスラム国」について、大手メディアではイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」と報道することが多い。この「国」という言葉から、一部で誤解を招いているが、あくまで「国」であると自称しているだけで、もちろん国際的に認められた国家ではない。その実態は、シリアとイラクにまたがる地帯を武力で制圧した、宗教的活動組織だ。メディアによっては、「イスラム教スンニ派テロ組織ISIS(自称イスラム国)」といった呼称を使っているところもある。

 そもそもイスラム過激派とはどのような存在なのだろうか。その呼称自体が適当ではないと解説するのは、日本エネルギー経済研究所研究理事で、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日選書)などの著書がある、保坂修司氏だ。

「イスラムの研究者の間では、イスラム全体に対する誤解を避ける意味でも、イスラム過激派という言葉は使わないようにしています。いわゆるイスラムを掲げた過激なテロ活動に関しては、これを”ジハード主義”と”タクフィール主義”の2つに分けて考えます。ジハード主義とは、イスラムの土地に外部から入った異教徒を武力で撃退しようとする活動のことを指します。それに対してタクフィール主義とは、自国に対して向かう活動で、自分の国の大統領や王様が悪政を行っているとして、イスラム教として断罪しようとする動きのことを指します。総称した場合、ジハード主義を用いることが多いです」

アメリカの放送局FOXにより公開されたパイロット殺害動画。殺害は当然ながら、動画を公開したことも世界中の非難を浴びた。

 こうしたジハード主義を標榜するとされる、西側諸国がテロリスト集団、イスラム過激派集団とみなした主だった団体は次ページに記しておくが、次に、その歴史を振り返ってみよう。

『「イスラーム国」の脅威とイラク』(岩波書店)所収の保坂氏の論文「『イスラーム国』とアルカイーダ」によれば、現在のジハード主義の歴史は、1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻にさかのぼる。当時は、ムスリム義勇兵の敵は無神論を掲げる共産主義のソ連であり、ソ連と戦うために、アメリカから軍事援助を受けてすらいた。

 しかし、やがて彼らはアメリカこそが強大な敵であるとみなすようになる。保坂氏の同論文によれば、そのきっかけが、1990年の湾岸戦争。もともとサウジアラビアの巨大ゼネコンの御曹司だった、アルカイダのリーダー、オサマ・ビンラディンは、「イラク攻撃のためにサウジアラビアに駐留したアメリカ軍をイスラムの聖地を占領する十字軍とみなし、アメリカをサウジアラビアから追い出すことこそが、ジハード(聖戦)であり、ムスリムの崇高な義務だ」と考えるようになった。

 今回の人質事件で、ISISはネット上に公開したメッセージの中で、「日本はイスラム国に対する十字軍に加わった」と十字軍という言葉を使い日本を非難していたが、この「十字軍」というキーワードこそ、イスラム教社会とキリスト教社会の対立の原点であり、象徴である。

 歴史をひもとくと、十字軍とは11世紀末から13世紀にかけて、ヨーロッパ諸国のキリスト教徒がローマ教皇の権威のもと、聖地エルサレムを奪還するためイスラム教徒に対して行った軍事遠征のこと。

 大きな遠征だけでも8回に及んだキリスト教徒による十字軍遠征は、キリスト教圏とイスラム教圏の間に、1 000年たっても癒えぬ傷を残した。

 そして、現在の双方の関係をより複雑にしているのは1916年のサイクス・ピコ協定である。

 これは、第一次世界大戦中の1916年、イギリス、フランス、ロシアが当時のオスマン帝国の分割を取り決めた協定だ。現在のシリアやイラクの国境はこれに基づいており、ISISは「サイクス・ピコ体制の終焉」を掲げて現在の国境を否定している。

 このような長年にわたる西欧社会とイスラム教社会との軋轢が、2001年の9・11同時多発テロの背景にはある。しかし、今となってはその9・11テロも、さらなる紛争の幕開けだったのかもしれない。

「アメリカやイギリスは、9・11テロの犯行グループを匿ったとして、当時アフガニスタンを支配していたタリバンと呼ばれる武装勢力を攻撃、政権を瓦解させました。さらに03年、アメリカはイラクを攻撃し、サダム・フセイン政権を打倒しました。タリバンという後ろ盾を失ったアルカイダは、組織としては弱体化しましたが、そのイデオロギーは世界中に広まり、アルカイダ的なテロが世界で頻発することになりました」(保坂氏)

 現在、メディアではイスラムの名を掲げたテロが発生するとしばしば「アルカイダ系」と表現しているが、その中にはアルカイダと直接的なつながりはなく、思想的に共鳴しているだけの場合が多い。ISISも、もともとはアルカイダのイラク支部をその源流のひとつとしているが、現在、イスラム国とアルカイダはむしろ対立関係にあるという。

 もちろん、たとえどのような思想や歴史的背景があろうとも、人の命を武力で奪う行為は決して許されることではない。しかし、歴史的なバックグラウンドを知らなければ、彼らの行動の背景にあるものが見えてこないことも、また事実であろう。

 また、このような行為を繰り返すテロ組織は決してイスラム教の本来の姿ではなく、世界に15億人いるイスラム教徒の大部分は、平和を愛する人たちであることも最後に付け加えておかなければならないだろう。

 今回の本特集では、こうした思想や集団のテロリズムにおける定義の問題やアメリカ、そしてパリの週刊誌襲撃事件が起こったフランスの音楽的イスラム回帰主義などにスポットを当て、感情的にとらえられがちなイスラム問題を別の視点から見ていきたい。

(取材・文/里中高志)

主なイスラム過激派

諸説あるものの、全世界には約15億人のイスラム教徒がおり、これはキリスト教につぐ2位の信者数を誇る。無論、テロ行為に走る過激派は、ごくごく一部であるが、主だった組織はどのような活動をしているのだろうか?

[アルカイダ]
アメリカをはじめとする西側諸国に対するテロを主張するスンニ派過激組織。80年代にオサマ・ビンラディンによって設立、01年には9・11テロを引き起こした。11年5月、ビンラディンが米軍によって殺害されると、アイマン・アル・ザワヒリが指導者に就任。アルジェリア・ソマリア・イエメン・インド亜大陸など世界各地に支部を持つが、アルカイダのイラク支部の流れを汲んでいたイスラム国を破門するなど、戦術・戦略・イデオロギー的には一枚岩ではない。

[タリバン]
アフガニスタンでイスラム神学生を中心に結成され、96年に首都カブールを制圧して政権を掌握。イスラム法を厳格に適用し、偶像崇拝禁止を理由にバーミヤンの石仏を破壊するなどした。01年、庇護下においていたアルカイダが9・11テロを起こし、ビンラディンをかくまったとして米軍の攻撃を受け、タリバン政権は崩壊。幹部は逃走したものの、駐留米軍やアフガニスタン政府テロを実行している。復活したタリバンをしばしばネオ・タリバンと呼ぶ。

[アラビア半島のアルカイダ]
「AQAP」とも。イエメンを拠点とする組織。もともとサウジアラビアを拠点としていたが、09年に同国から駆逐されてイエメンに逃れ、同国の過激組織と合併。アムステルダム発のアメリカ旅客機で爆破テロ、サウジアラビア内相爆殺テロなどを図るも失敗。また、オンラインの英語雑誌を発行。13年のボストン・マラソン爆破テロの犯人はこの雑誌から爆弾製造法を学んだといわれる。パリの風刺雑誌襲撃事件の犯人はこのグループに影響を受けたとされる。

[ヌスラ戦線]
12年1月、「イラクのアルカイダ」(のちに、ISISへとつながる)の支援を受けて結成された。指導者はシリア人のアブー・ムハンマド・アル・ジャウラーニーとされ、勢力は約1万人と推定。結成後、首都ダマスカスなどで爆弾テロを実行したほか、12年にはシリア軍の基地のひとつを制圧するなどした。13年にISISが一方的にヌスラ戦線との統合を発表、それに反発した指導部はアルカイダ本体に忠誠を誓い、アルカイダのシリア支部となった。

[イスラム国]
「イラクと大シリアのイスラム国」(ISIS)とも。もともとはヨルダン人テロリスト、ザルカウィの組織で、イラク戦争直前からイラクに拠点を移し、04年にアルカイダのイラク支部となったイラクのアルカイダが06年にほかのジハード主義組織と合併してできた組織。現在シリアとイラクにまたがる土地を支配下に置き、その規模は3万平方キロとも9万平方キロともいわれる。また多数の外国人戦闘員を集めていることでも知られている。

[イスラム・マグレブのアルカイダ]
「AQIM」、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」とも。アルジェリアなどを拠点に活動するスンニ派過激組織。アルカイダに忠誠を誓い、隣接するニジェール、マリなどで欧米権益を標的にテロを実行。13年1月にアルジェリア東部の天然ガス施設を襲撃、人質を取って立てこもった覆面部隊は、AQIMから事実上独立したベルムフタールによるもの。アルジェリア軍の急襲で実行犯は全員殺害、逮捕されたが、日本企業「日揮」の社員ら日本人10人が犠牲に。

[パキスタン・ターリバン]
パキスタン北西部を中心に活動する過激組織。アフガニスタンのタリバンとは直接的なつながりはない。活動目的はイスラム法の施行および、その実現のためのパキスタン軍および同国政府に対する攻撃の実行。実際に、パキスタン政府および軍関連施設に対する攻撃や、政党関係者の殺害などを実行している。また、米軍も主な攻撃対象とし、パキスタン国内の米国関係者および関連施設に対するテロを実行している。

[東トルキスタン・イスラム運動]
中国の新疆ウイグル自治区、中央アジア、東アジアが主な活動地域。東トルキスタンの独立を標榜する武装組織。トルキスタンとはトルコ系民族が居住する中央アジアの地域で、東トルキスタンは清朝以来中国の支配が続いている。中国政府は同運動が「タリバン」や「アルカイダ」とも関係を有していると主張。11年7月に新疆ウイグル自治区のホータンおよびカシュガルで起きた警察官と一般住民に対する襲撃事件に関し、犯行を認めたとされる。

参考文献:公安調査庁ホームページ/『現代用語の基礎知識2015』(自由国民社)/『世界を標的化するイスラム過激派』(宮田律・角川oneテーマ21)/「ニューズウィーク日本版」(2015年2月3日号・CCCメディアハウス)/『「イスラーム国」の脅威とイラク』(吉岡明子、山尾大編・岩波書店)

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